どうか目を離さないでください。東北には、今なお続いている問題が山積しているのです -- アンドリュー・グライムズさん

私たちは現実を見る必要があります。震災から5年経ち、被災地の外に住む人たちから東北への関心は薄れているのを感じるからです。

ある日、私たちは一人の男性からメールをいただきました。

「私はあなたのウェブサイトや、そこに掲載されているインタビューに大変感動しました。もし私をインタビューしていただけたら、誠にありがたいです。私は、東北では何万人もの人々が、子供を含めて貧弱な仮設住宅に住み、放射能の恐怖に怯えているという現状を、広く日本国内に伝えたいのです」

このメールを下さったのは、イギリス出身のアンドリュー・グライムズさん。東京で約30年、心理学者や心理療法士として活動されてきました。アンドリューさんは自身の活動以外に東北支援の非営利団体を運営しており、その活動を通じて被災者の心のケアを続けています。

私たちMy Eyes Tokyoも、震災後インタビューを通じての東北支援を試みていました。ある時は宮城まで赴き、被災地支援活動を行う外国人女性にお会いしてお話をお聞きしたり、それ以外にも国籍問わずあらゆる人たちの震災体験をお聞きしました。だから私たちは、今回のアンドリューさんのお申し出にお応えすることにしました。

このインタビューを通じ、震災後に発生した問題は全く解決されていないことを感じました。あの日から5年が経ち、復興を遂げた姿を見せる街もあります。しかし実際は問題が依然山積しており、中でも心の問題はその典型です。

日本を心から愛する心理療法士は仲間と共に、長期戦を強いられる課題に取り組み続けています。

*インタビュー@東京カウンセリングサービス(下北沢)

■ 311が遺した問題に立ち向かう

私は東京で約30年活動している心理療法士および臨床心理学者です。2011年3月11日に起きた東北での震災直後、地域住民を悩ます問題が発生しました。それは子供たちにも及んだPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの心の病です。PTSDはひとつ、または複数の、精神に強く衝撃を与える出来事に直面することで起こり、精神的に不安定な状態が続きます。

それに加えて、アルコール摂取の問題も浮上しました。地元の漁師さんや農家の人たちの飲酒量が、震災を境に増えたのです。このアルコール摂取量増加は、やがてドメスティック・バイオレンスにつながります。

この状況を、私がこれまで培ってきた技術や知識、経験で何とかしなければ、と思いました。現地の人々は助けや治療、教育を求めているのではないか・・・こうして私は非営利団体「アプリコット」を立ち上げました。

■ 被災地支援団体を支援

私たちの団体「アプリコット」は、寄付を通じて資金を調達し、その資金を他団体にご提供させていただいています。でもゆくゆくは、チャリティイベントなどでの資金調達も試みたいと考えています。また寄付金は、スタッフには一銭も渡りません。全てのお金が東北の各地域、地域活動に奉仕している人、看護師、先生などを支援している非営利団体に届きます。

例えば、子供たちや親御さんを前向きな気持ちにするプロジェクトを検討中の団体さんがいれば、20〜30万円をお渡しします。この原資となる資金は、東京にいる方が集めやすい。だから私たちは東京を拠点としているのです。

私たちが団体さんに向けて行っていることは、被災者や避難民をケアする臨床心理士さんや地域の看護師さんといったプロの方々を支援することです。私たちが実際に現場に行き、被災地で活動する彼らの声に耳を傾けます。彼らに対しては支援を行い、そして彼らからは東北での体験を聞くという循環ができています。

また私たちは彼らの日常生活や、被災地の人たちを支援するという彼らの日々の仕事に寄り添い、参加しながら支援することもあります。

私たちはこれまで福島県伊達市南相馬市、岩手県のある村の方々の支援をさせていただきました。以前は時々被災地に伺っていましたが、私たちは普段は東京にいるため、大変残念ながら今は頻繁には行けないのが実状です。

かつては被災地の公民館など子供たちや親御さんの遊び相手をしたりしていましたが、その時にご協力いただいたのが、福島県臨床心理士会の成井香苗先生でした。先生のご協力のおかげで、今も現地に伺う機会に恵まれ、現状を把握することができています。

被災地では今もたくさんの子供たちが悩みを抱えながら仮設住宅に住んでいます。そして東京には多くの福島からの避難民もいます

■ 耳を傾ける前に まずは信頼を得よ

西洋のメンタルケアの専門家たちは「悲しい出来事に遭遇した人たちには、とにかく彼らの出来事を話させることが大事」と考える傾向にあります。彼らの身に降りかかってきた出来事を話させることで、気持ちが楽になるのだと。確かにその方法は、欧米であればある程度機能するでしょう。

こういうことがありました。実際に海外からプロの心理療法士が東北に来て、海岸沿いの地域にテントを張り、カウンセリングセンターを設置しました。しかし、誰もそこには行きませんでした。

東北、特に少し奥まった場所に住む人たちには、自分のことについて多くを語るという習慣がありません。彼らは漁師さんや農家さんであり、自らの感情について話すことに慣れていません。とてもストイックな人たちです。だから別の方法を探る必要があります。

私はある日本人心理学者と知り合いました。黒岩誠先生という方です。先生は学生時代、よく東北地方にハイキングに行っていたとのこと。だから東北のことをよくご存知でした。そのため地域の看護師さんともすぐにつながることができました。

先生は「事を性急に進めてはいけない。信頼を得るためには時間をかけて段階を経る必要がある」ということをご存知でした。

日本全国から心理学者が東北に集結し、すでにあるつながりを基に小さなグループに分かれました。それぞれのグループで震災に関することや「人々を励ますために話すことは効果的である - ただし人にその心の準備ができている時に限る」といったことを学ぶ勉強会が開かれました。なぜそれを学ぶ必要があるかと言うと、多くの被災者は依然ショックを受けている状態であり、しかも多くの人たちが彼らのご友人やご家族を亡くしているからなのです。

■ 被災地でのピザパーティ

黒岩先生は地域の看護師さんと仮設住宅を訪問しました。それは、近くで開催するピザパーティへのご案内のためでした。さらに先生は、震災を潜り抜けた住民の方々に、バラを添えたメッセージを渡しました。先生にはお花屋さんを経営するご友人がいたため、そのようなことができました。

そしてパーティの日。なんと200人もの人たちがいらっしゃいました。彼らにとっては、朝起きたら自ずと破壊され荒廃した町の姿を目にしてしまうような、過酷な現実から解放される良い息抜きになったことでしょう。先生たちは、このような方法で人々とつながっていったのです。

今も先生と看護師さんはその場所を訪れ「震災の時に何をすべきか」「震災後に人はどのような心理状態になるか」についての、日本人の心理学者たちによる講義を主催しています。これは大変実用的な関係構築の進め方です。私たちはこのように、地域住民との関係構築と、日本人心理学者による講義の開催の両方を行っています。

■ 山積する課題

私たちが震災後に聞いたのは「一部の家族は仮設住宅に6年間住むことを余儀なくされる」ということでした。これは彼らが小さな場所に住まわされることを意味するのではなく、避難民同士の離散問題も含まれます。

ご主人たちは被災地に止まり、奥さんとお子さんは放射能の影響を恐れて東京へと移り住む。つまり両親が別居状態になります。そのストレスが奥さんにのしかかり、そのストレスのはけ口は子供たちになります。そういう問題も含め、問題は山積しているのです。

このような状況を目の前にしても、私たちは小さなNPOのため、できることは限られています。私たちができるのは、種をまくことだけ、小規模のプロジェクトを支援することだけです。

例えばこのようなことがありました。震災の翌年、ウクライナのチェルノブイリから東北の子供たちに招待状が届きました。実際に現地に行くための旅費などを政府に申請し、子供たちの分の旅費は降りました。しかし現地語の通訳者の分までカバーするものではありませんでした。そこで私たちは20万円をご提供させていただきました。

たくさんのアイデア、たくさんのプロジェクトが生まれています。もし彼らにお金さえあれば、それらを形にできます。

しかし実際に資金を得たとしても、それが十分な金額でなければプロジェクトは成立しません。そのわずかに足りない資金をご提供させていただくのが私たちの役割です。

■ 東北から目をそらさないで

一方で私たちは現実を見る必要があります。震災から5年経ち、被災地の外に住む人たちから東北への関心は薄れているのを感じるからです。そのため、資金調達が難しくなってきています。

しかし私たちが直面している問題は、1週間などで解決できるものではありません。東北の人々は2011年の震災以来、今もなお過酷な現実に向き合っています。大規模な支援を今も必要としています。

しかしメディアなどでは、子供たちの心のケアについてはほとんど触れられていないように思います。日本の一部メディアには取り上げていただいていますが、欧米のメディアは放射能の影響を恐れて日本を去り、真実を伝えるのは日本のメディアのみ・・・しかし残念ながら日本語だけで、です。それらの記事は英語に翻訳されることはありませんでした。だから海外から被災地にはほとんど目が向けられていないのが実状です。

だから英語を話す者として、私は海外メディアや英語メディアに東北の今の状況を伝えなければならないと思っています。東北を過去のものにしてはいけないのです。

だからどうか、東北の子供たちや親御さんのことを忘れないでください。東京オリンピックが近づいていますが、世界各地からオリンピック取材に来るジャーナリストたちに、東京からわずか200キロしか離れていない仮設住宅に住む人々の姿をぜひご覧いただきたいと思っています。


【アンドリューさん関連リンク】

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(2016年3月8日「My Eyes Tokyo」に掲載された記事を転載)

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