今を生きるすべての人にーー書籍『ふたつの鼓動』

JR福知山線脱線事故と事故から13年間のあゆみ。事故後を生きる人たちの苦悩や喜びを伝えてくれる。
『JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動』
『JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動』
NAO KIMURA

人生には不思議な出会いがあって、小椋聡さん、朋子さんとの出会いも、そのひとつだ。

私が聡さんを知ったのは2014年4月。NHK BSで放送されたドキュメンタリー番組「Brakeless JR福知山線脱線事故9年」で、事故車両2両目の生存者として取材に応じる聡さんを、テレビ画面を通じて知った。

番組では、聡さんが事故直後の車内の様子を描いた絵画や模型も映っており、それが強く印象に残った。そして、事故の記憶が薄れつつある今、この絵や模型を見る機会があったら、あらためて事故について考えることができるのでは、と思った。

普通であれば、そこから聡さんと私が知り合うことにはならないのだろうが、番組を見てから半年後、私は当時イラストレーターとして仕事をしていた聡さんの連絡先をネットで見つけ、聡さんの絵を見たときに思ったことをメールで伝えた。

そこからの詳しい経緯は省くが、このメールがきっかけで私と聡さんは知り合い、2015年4月に、聡さんの絵画や模型、関係者らへのインタビューなどで構成した展覧会『私たちのJR福知山線脱線事故ー事故から10年展』を東京で開催した。

『わたしたちのJR福知山線脱線事故ー事故から10年』展の外観
『わたしたちのJR福知山線脱線事故ー事故から10年』展の外観
MASARU KAIDO
『わたしたちのJR福知山線脱線事故ー事故から10年』展の展示風景
『わたしたちのJR福知山線脱線事故ー事故から10年』展の展示風景
MASARU KAIDO

聡さんの妻である朋子さんとは、展示の準備でお二人が暮らす兵庫県多可町を訪れた際にお会いした。突然現れた見も知らぬ私を出迎え受け入れてくれた朋子さんのお陰で、緊張の続く取材も乗り越えられたように思う。

前置きが長くなったが、そんなお二人が事故から13年目の昨年9月に『JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動』という書籍を出版された。事故と事故から13年間のあゆみが、聡さん、朋子さん、それぞれの視点でつづられた一冊だ。

小椋聡・小椋朋子著『JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動』
小椋聡・小椋朋子著『JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動』
NAO KIMURA

本書でも記されているが、朋子さんは事故後、事故で亡くなった方の最期の乗車位置を探す取り組みなど、聡さんや遺族の方々とともに事故に関わっていくなかで、自身も被害者同様の精神的ストレスを受け、双極性障害を患った。「完治は難しく、一生治らない」と言われているという。

事故を報道で見聞きするとき、被害にあった当人が苦しむであろうことは想像できても、その家族が何を思い、事故後の人生をどう生きてきたかまでを思い描くのは難しい。他の被害者や報道関係者、加害企業の職員など、事故を機に生まれる関係もあるが、そうしたことに気づかぬまま事故の記憶は薄れていってしまう。

展覧会開催にあたって私が知り合ったのは、聡さん、朋子さんを始めとするごく一部の人で、私が知り得た事故の姿もほんの一側面にすぎないのだと思う。それでも負傷者に会い、負傷者の家族に会い、記者に会い、弁護士に会い、加害企業の人に会い、それぞれの話を聞き、実に様々な人が事故に関わって生きていることを知った。『ふたつの鼓動』もまた、事故後を生きる人たちの苦悩や喜びを伝えてくれる本である。

聡さんは、この本は事故に関心がある人だけでなく、あらゆる困難に直面している人に広く届いてほしいと希望している。報道関係者や医療従事者には大いに参考になるだろうし、家族や友人と日々を楽しく生きる人にも、あるいは一人ぼっちで人生に意味を見出せない人にも何か響くものがあるのではないかと思っている。

『JR福知山線脱線事故からのあゆみ〜ふたつの鼓動』はコトノ出版舎、もしくはAmazonより購入可能。

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