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2018年11月15日 11時29分 JST | 更新 2018年11月15日 11時29分 JST

小さな悔恨と、映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

男性に話しかけようか迷って、結局私は話しかけなかった。

『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』
(C) 2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved
『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

先日来、心に引っかかっていることがある。埼玉県川口市で開かれたトークイベント「『心の国境』に橋をかける」に参加したときのことだ。

住人約5000人のうち半数が外国人(その多くが中国人)である芝園団地を擁し、中国人住民が増加の一途をたどる川口市。トークゲストは、2014年から芝園団地に移り住み、2017年4月より自治会の事務局長を務める岡﨑広樹さんと、芝園団地で多文化共生・高齢化対策に取り組む学生ボランティアグループ「芝園かけはしプロジェクト」代表の圓山王国さん。トークは「近所に挨拶できる人が5人以上いるか」など、参加者への質問を交えたワークショップ形式で進められた。

芝園かけはしプロジェクト
トークイベント「『心の国境』に橋をかける」の模様

私の隣は、杖を持った70代と思しき男性だった。「それでは、家の周りで挨拶できる関係の人をもっと増やしたいと思う人は?」という問いかけに手を挙げた男性は、その理由を問われてこう答えた。

「川口に越してきて3年になりますが、挨拶できると言っても管理人ぐらいですからね。わびしいんですよ」

休憩時間に「川口にお越しになる前はどちらにお住まいだったんですか」と男性に話しかけようか迷って、結局私は話しかけなかった。

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『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

現在、フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』が公開中だ。

1967年のデビュー作以来、様々な角度からアメリカを見つめてきたワイズマンが40作目に選んだのは、ニューヨーク州クイーンズ区に位置するジャクソンハイツという町だった。ここでは167もの言語が話されており、映画の冒頭から英語ではない言語が聞こえてくる。

実に189分の本作では、街頭や集会の場に居合わせる人たちの顔が矢継ぎ早に映し出される。はじめは「この人はどこの国の人だろうか」などと考えていたが、一定のリズムで移りゆく顔を眺めていると、そんなことを一々考えるのは無用な気がしてきて、ただそこに人が暮らしているのだという事実が実感として立ち上がってくる。

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『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

人々はジャクソンハイツで食事をし、身なりを整え、労働をし、お酒や音楽を楽しみ、誕生日を祝い、老いや自身の悩みを吐露する。文化の違いはあれど、大まかに見れば私たちの日々の暮らしと大差ないのである。日常のシーンの合間には「BID」(Business Improvement Districts、字幕では「経済発展特区」と訳)なる耳慣れぬ単語が登場し、大企業の進出によって立ち退きの危機が迫る個人商店主らの痛切な訴えが差し挟まれる。そんな光景も、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて再開発まっただ中の東京と、どこか重なる。

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『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

11月2日の上映後には、都市計画が専門で龍谷大学政策学部教授の服部圭郎氏によるトークが行われた。特定の地区から徴収した税金を、その地区の清掃や活性化に用いることができる「BID」や、再開発などによる富裕層の流入により町が洗練され地価が上昇する「ジェントリフィケーション」は、地主などの社会的強者にとっては歓迎すべきものだという。

そんなジェントリフィケーションの波は日本にも押し寄せており、魅力ある個人商店が集う東京の下北沢でも、再開発による地価の上昇に対して商店をどう存続させていくかが課題であるという服部教授の指摘に、ジャクソンハイツで暮らす彼らがますます自分と重なって見えてくる。

NAO KIMURA
服部圭郎教授によるアフタートークの模様

映画は再開発の問題だけでなく、出自の異なる相手や性的少数者への差別の問題も映している。立場の異なる人たちが共存はできても、共生は難しいのだと思わされる。

川口市のトークイベントでは、最後に「あなたは外国人との『共存』あるいは『共生』のどちらを望みますか」という質問がなされた。回答は、予め配布された用紙の「共存」か「共生」のいずれかに丸をつける形で行った。

結果は「共存」が5名で「共生」が25名。用紙を回収する時に盗み見た隣の男性の用紙には「共生」に丸がしてあった。

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『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』

日本人同士だって他人と分かり合うのは難しい。ましてや、文化を異にする外国人となれば共生のハードルは高い。でも、人とのつながりがないのは「わびしい」のだ。私は、男性が杖をついてトークに出掛けてきたこと、また杖をついて一人で帰っていく姿を想像して、一言話しかけなかったことを後悔した。声くらい、かけたって良かったではないかと。

ワイズマンがもし、今の日本にカメラを向けたらそこにはどんな人たちが映っているだろうか。私の暮らす町は、私の周囲の人は、私は、生き生きとしているだろうか。映画を見終えた今、小さな悔恨を胸に、ジャクソンハイツで暮らす人々の顔を思い出している。

『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』は、シアター・イメージフォーラムにて公開中ほか全国順次ロードショー。