「アメリカが見えない」パナマ文書

情報提供者が、調査報道で知られるNYTではなく、ドイツ語の、しかも購読部数が40万部弱の南ドイツ新聞に接触してきたのはなぜだろうか。

1150万点と伝えられる大量の「パナマ文書」のリークで、世界中の企業や個人が21万を超えるペーパーカンパニーを租税回避地、パナマに作っていたとスクープしたのはミュンヘンに本社がある南ドイツ新聞(発行部数、約37万部)。

ホイッスルブローアー(情報提供者)から南ドイツ新聞の記者に接触があった後、5人しか入ることを許されない特別室が設けられ、ドアには厳重なセキュリテイーシステムが設置された。最終的に2.6テラバイトという厖大な量の文書が送られてきたため、電子メール、PDF、写真、口座明細などが蓄積されたハードドライブは、部屋の中に設置された金庫に保管された。

同社の特別記者チームはアメリカ、ワシントンDCにある非営利組織、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)に協力を要請し、世界80カ国、400人の記者が文書を分析、事実関係を確認するために一年間を要したのはすでに知られるところだ。スキャンされた文書はoptical character recognition ソフトウエアといって、文字認識をするソフトで、名前、社名、固有名詞など重要と思われる言葉をフィルターし、調査が進められた。

ドイツの新聞は基本的に地方紙で、戦後、長らく全国紙といわれる媒体がなかった。そのような中、南ドイツ新聞は全国紙をめざし、数年前からデジタル部門を強化。ニューヨークタイムズとも提携し、週一回、NYTのダイジェスト版を英語で本紙にとじ込み、読者に配布している。

数年前、市内の本社屋を郊外に移転し、ビルに建て替えたとき、見学する機会があった。副編集長は「新聞という媒体では珍しいほど部数が伸びている」と誇らしげに語っていた。

では、情報提供者が、調査報道で知られるNYTではなく、ドイツ語の、しかも購読部数が40万部弱の南ドイツ新聞に接触してきたのはなぜだろうか。

実は南ドイツ新聞は、1990年代末、コール元首相をめぐるCDU(キリスト教民主同盟)の献金疑惑をめぐり、シュピーゲル誌から敏腕記者を引き抜き、地道な調査報道でスクープを連発した。以後、機会があるたびに企業のオフショア口座に関する報道で、CDU寄りといわれる競合紙、FAZ(フランクフルター・アルゲマイネ紙)にはみられない報道を続けている。

ウイキ・リークス(2010)、オフショア・リークス(2013)、ルクセンブルク・リークス(2014)、スイス・リークス(2015)と、ページ数を多く割いてきている。

南ドイツ新聞はテーマ別のフィーチャー記事で紙面をたっぷり使うことで知られ、ページ数も多い上に広告が少ない。パナマ文書に関する南ドイツ新聞の記事は、4月4日から一週間で全部で40ページ近くもあった。文字数からみても先進国のクオリテイー・ペーパーの中で一番多いのではないかと思う。

パナマ文書が流出した経緯が、「モッサック・フォンセッカ」が主張するようにハッキングによるものではなく、情報提供者の接触によるとすると、近年の南ドイツ新聞のこういった傾向を少なくとも熟知していたのではないか、ということが想像される。

*ドイツ・コネクション

ところで、オフショア企業の設立の手助けをする法律事務所、「モッサック・フォンセッカ」の設立者、ユルゲン・モッサック氏(68才)はドイツ、フュルト生まれ、パナマ育ち。ドイツ人だ。フュルトは南部のバイエルン州の地方都市で、元国務長官、ヘンリー・キッセンジャーが生まれ育った街でもある。

モッサック氏の父親は元機械工だったが、戦争中、ナチスに入党。武装親衛隊の第三SS装甲師団(トーテンコプフ、"どくろ団")の伍長で、終戦では米軍捕虜となった後、スポーツ記者に転身。その後、パナマに移住し、一説によれば自分からCIAに売り込み、キューバにおける共産党員の活動を報告していたという。(かつドイツの諜報機関であるBNDにも協力していたという説もある)両親、弟、妹は70年代にドイツに戻り(両親は1990年代に死亡)、弟は2009年から在独パナマ名誉総領事を務めている。

モサック氏は13才でパナマに家族で引っ越し、パナマとロンドンで法律を学んだあと、1977年に同法律事務所を設立。80年代以降、富裕層が増え、グローバルな取引きをする企業と市民の節税願望にいちはやく目をつけたことは先見の明があったのだろう。

グローバル・法律事務所となった、「モッサック・フォンセッカ」法律事務所のモットーは、「金持ちが金持ちであり続けられることを保証する」サービスを提供することで、基本方針は匿名・機密厳守である。

「モッサック・フォンセッカ」と同じようなビジネスモデルの法律家は、パナマだけでも2万2千人いるという。

*アメリカについての記述が少ない?

南ドイツ新聞のある記事で、80年代にパナマの大統領を務めたニコラス・バレッタ氏(のちに世界銀行の副総裁に転身)が言及されていた。

それによれば、1989年、米軍がパナマに侵攻、国の立て直しのためにバレッタ氏をはじめパナマの政治家が着目したのは銀行規制を緩和によって、米国の「裏庭」にあってフィナンシャル・センターとなることだった。

規制緩和が功を奏し、1970年にパナマには銀行が10行であったのが、十年後には125行になったという。興味深いことに、当時、バレッタ氏など政治家たちが参考にしたのは、米国、デラウエア州の法律であった。

デラウエア州は会社が設立しやすく、所得税、フランチャイズ税、固定資産税など、法人税に関しては極端に寛容なことで知られる。面積では50州の中で49番目に低いのにもかかわらず、25万社、一説によれば100万社が企業登録をしている。

グーグル社、アップル社、GMなど、デラウエア州に拠点があるのは知られているが、米国で上場している企業の半分以上がデラウエア州に「メール・ボックス」のみで存在しているという。米国にはほかにもネヴァダ州、ワイオミング州が「ビジネス・フレンドリー」な法制度を備え、企業誘致を促している州がある。

つまり、アメリカには国内にタックス・ヘイブン(租税回避地)がある、なにもパナマに行く必要はない、というのが、パナマ文書に、アメリカに関する記述が少ないという一つの説明である。

パナマ文書には、アメリカからはわずか211人(住所なのでアメリカ人か不明)しかいないという。その中には、雑誌フォーブスで挙げられている富裕層から29人がリストアップされているというが、これまで南ドイツ新聞に名前が出ていたのはハリウッド関係者のわずか二人。あまりにも少なすぎるような印象だ。

*タックス・ヘイブンの影響は身近にもある

むろん、タックス・ヘイブンはほかにもいくらでもある。英国領ヴァージン・アイランド、バハマ諸島、セイシェル諸島に、聞きなれないところでは南太平洋のニウエ島。

オフショア口座を作る動機としては、税金回避のほかに、収賄、マネーロンダリング、武器輸出など、理由はそれぞれらしい。

他には財を成した者(ほとんどが男性)が、離婚のときに妻になるべくとられないよう、資産を匿名の「シェル・カンパニー」としてオフショアにする。たとえば、ヨットまでも「所有者は夫ではない、オフショアにある財団だ」と主張することで、総資産を少なく見せることで、慰謝料を少なく見積もる。

美術品では、オークションで買ったいわくつきの作品(ナチスによる略奪美術品)を持ち主からの返還請求や裁判で「自分の所有ではなく、xx会社の所有」ということで、スイスの倉庫にほとぼりが冷めるまで何年でも「眠らせる」。このためにオフショア企業が利用されるケースがある。

ネットでオフショア・アカウントと入力すると、あらゆる広告が出てくる。ヘッジ・ファンド業界ではむしろ、オフショア企業の設立はあたり前となっている。わずか千ドルから口座開設が可能で、これ自体は全く合法である。

しかし、「ペーパーカンパニー」は、案外、身近なところでも関係してくる。

たとえば、ドイツにあるスーパーマーケットのチェーン店、最大大手4社の土地は、93%がイギリスの不動産投資家、残りの7%がペーパー企業の所有とあって、ドイツで固定資産税を全く払っていないし、おそらくイギリスでも払っていない。

近年、ドイツでは海外の大投資家による不動産投資が増え、大規模なプロジェクトを進める一方、価格が高い不動産が軒並み増えている。こういった投資家が納税を回避し、市民は徴税を強化されているということで、なおさら不動産に手が届かなくなった一般市民が増えている。

ホテル、オフィスビル、マンション、そして介護施設までこういったオフショア口座を持つ大手投資家の所有であるために、ドイツ経済省は推定で年間300億ユーロの税金収入が不足しているとみている。

介護施設でさえオフショア口座と関係しているとは驚きであるが、モッサック・フォンセッカは、「これからドイツが高齢化するのは確実で、投資するには安心」と介護分野への投資を勧めていたという。

フランスのある経済学者が算定するには、タックス・ヘイブンにある資産は世界の総資産の8%に相当し、そのうち四分の三が租税を回避しているということだ。

*規制には各国間の協力が必要

「モッサック・フォンセッカ」に関していえば、実は二年前からケルンの検察庁が脱税の疑いで捜査を始めていた。これまでにも、ドイツの検察庁が情報提供者から顧客リストのCDを多額の料金を支払って購入し、捜査の証拠としている手法は何度かにわたってみられた。

このため、近年はドイツとスイス、ルクセンブルクの一部の銀行間で口座情報を交換する機会があった。情報交換に関しては、2017年度から100カ国が一致して口座データの情報交換をすることになっている。(ルクセンブルクは2018年から)つまり、ヨーロッパで匿名の秘密口座を持つことは規制強化で困難になってきている。

ドイツの政治家は「公正な法人税」課税をめざし、これまでのようにオフショアではなく、利益があった国で納税するべきスタンダードを作るべき、登録制度を国境を越えて作るべきであると提案している。また、企業がどこで法人税を納めているか、トランスパレンシー度を強化すべきだ。

さらに、ドイツ政府はタックス・ヘイブン(租税回避地)を利用した企業に対する税制優遇措置の撤廃を検討するというが、実際、国境を超えた措置をどのようにとるのか。

特にマネー・ロンダリング撲滅のため、今後、不法なマネーの動きを許すオフショア口座をどう「取り締まる」べきか。「モッサック・フォンセッカ」の件だけでも、世界中の500の銀行が関与している。欧州の難民問題と同様、これは到底、一国で達成できることではない。はたして、先進国が一丸となって規制強化をすることが、可能であるのだろうか。

税金に詳しいある研究者は言う。

「たとえば高速道路に130キロの時速制限の標識をたてようが、ヴィデオカメラや警官が足りなければ、それをすり抜ける人がいると同じように、すべてを取り締まることはできない」と。

この意味では、パナマ文書は始まりにすぎないのかもしれない。

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