不安だらけの「入管法改正案」と新在留資格の創設

日本は自国の歴史という意味でも、世界的な移民政策という意味でも「未知との遭遇」の範疇に入った。
金属加工工場で勤務するベトナム人技能実習生=9月3日、東京都大田区
金属加工工場で勤務するベトナム人技能実習生=9月3日、東京都大田区
時事通信

11月2日、「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律案」が閣議決定されました。現時点で私は法案全文を入手できていませんが、骨子を見る限り不安材料が満載です。

既に過去の数々のブログで、昨今の日本における外国人・移民受入れ政策の問題点を指摘してきていますので、以下の過去のブログもぜひ併せてお読み頂きたいのですが、本ブログでは、私が今まで繰り返してきた主張のうち特に主要なものを、今回の入管法改正案骨子に添った形で今一度おさらいしたいと思います。

【関連する過去のブログ】

不安材料その1:受入れ企業・雇用主任せの受入れ態勢

今般閣議決定された法律案の骨子によると、外国人材受入れ後の種々の支援は「受入れ機関」または「受入れ機関から委託を受けた登録支援機関」が責任を持つことが想定されています。この受入れ機関とは端的に言えば受入れ企業であり、今般想定されている14業種(例えば介護、建設、造船、宿泊、農業、漁業、外食など)における雇用主です。そのような事業主・雇用主が「外国人に対する日常生活、職業生活、社会生活上の支援を実施する」となっているのですが、どれだけ現実的でしょう?

事業主・雇用主は慈善団体ではなく企業ですので、一義的にはどれだけ安く労働力を酷使し利益を最大化できるかに基づいて活動します。今までも外国人労働者の「社会保険の加入手続きを行っていない事業所等も存在する」ことは、日本政府自身が策定した「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」でも指摘されています。事業主・雇用主主導の受入れ態勢は、とりわけ労災などの際に外国人労働者に対する著しい人権侵害に繋がっていることは周知の通りです。

恐らく現政権としては「今般の外国人受入れ策は安価な労働力不足を訴えた企業側の要請に基づいたものなのだから、受入れ企業が従業員の面倒を見るべき」というロジックなのかもしれませんが、根本的に利益追求型の企業が、従業員となる外国人に対して「生活支援を施す」などというシナリオは、理想論としては美しいですが、実現性・実効性に乏しいと言わざるをえません。

また、骨子で示されている「企業から委託を受ける登録支援機関」が具体的にどのような団体を想定しているのか明らかではありませんが、例えばNPO法人や地域の国際交流協会等であれば、確かに一般企業や事業主よりはずっと外国人支援において造詣の深い団体は数多く存在します。しかし、それら「登録支援機関」の活動費はどこから賄われるのか、骨子からだけは明らかではありません。もし出資元が外国人を受入れる企業側であれば、当然費用をできるだけ安価に抑えようという強い圧力が働くでしょうし、中央政府ないしは地方自治体だとすると、どこの省庁・部局がどういう根拠に基づいてどのような予算額・費用項目を計上しているのか、既に来年度の予算折衝は実質的に終わっている時期ですが、興味のあるところです。

いずれにせよ、労働者の権利保障より利益追求が大前提となる受入れ企業が外国人労働者の生活支援の責任を持つというシナリオは、1990年以来の日本における外国人受入れの経験に基づくと、様々な問題を引き起こしそうだということは容易に想像がつきます。

不安材料その2:国境管理を管轄する法務省入管局が受入れ体制の司令塔となるという矛盾

次に気になるのが、今回の新たな外国人受入れ政策において、法務省が外国人受入れ環境整備の統合調整と司令塔になると想定されていることです(7月24日閣議決定「外国人の受入れ環境の整備に関する業務の基本方針について」)。確かに今回の閣議決定は「出入国管理及び難民認定法及び法務省設置法の一部を改正する法律案」ですので、法務省入国管理局の出入国在留管理庁への格上げとその任務の規定が中心となるのは不思議ではありません。また過去5年間の外国人入国者数の加速度的増加や国境管理の重要性に基づき、入国管理局を出入国在留管理庁に格上げすること自体については、私は個人的に賛成です。

しかし、以前のブログでも述べた通り、法務省入管局は本来、外国人(移民)受入れ政策において「線」である国境管理・在留資格管理を専門とする部局であって、「面」である入国後の受入れ体制(つまり社会統合政策)についての責任や知見を有している部局ではありません。ここで言う「社会統合政策」とは具体的には、日本語教育、日本社会のルールや文化・社会制度に関する相談体制の整備、労働環境整備、住環境整備、医療保健福祉サービス、子どもの就学、年金や保険などの社会保障制度の整理などです。これらは国境管理の範疇を完全に超えており、日本では厚生労働省、文科省、総務省などが主管当局となってきている分野です。少なくとも歴史的には法務省入管局には殆ど経験も責任もない分野で、かつ他省庁が主管である分野において、司令塔として「統合調整機能」を負うのは、実務上様々な矛盾・軋轢・隙間が生まれることが懸念されます。

日本の今までの外国人受入れの経験(例えばインドシナ難民や日系ブラジル人・ペルー人等)および諸外国の失敗と好事例に基づけば、外国人受入れ体制は、内閣府内に司令塔となる「統合調整および実施機能」を備えた部局(例えば「移民庁」など)を置き、包括的な受入れ体制整備と司令塔としての実施機能に必要となる予算措置を講じるのが理想的です(例えばドイツで言うBAMF)。そうでなければ、内閣府部局はあくまでも統合調整機能のみとして、実働部隊となる厚生労働省、総務省、文科省、法務省、外務省などがそれぞれの管轄内で予算措置をとり、生活者としての外国人支援や受入れ促進を行っていくのも次善策として考えられるでしょう。今回閣議決定された法務省設置法一部改正案は、そのいずれでもない「いびつな構造」になっており、外国人受入れ体制だけでなく(以下で述べる理由から)日本社会全体に大きな禍根を残す結果になるのではないかと懸念します。

不安材料その3:後手後手スカスカに見える受入れ態勢

上で述べたことと関連して、今回の閣議決定からでは、日本への外国人受入れをスムースに進めるために絶対不可欠な「社会統合政策」がどのように進められるのか、完全に後手後手スカスカに見えることが不安材料その3です。社会統合政策とは、日本語教育の充実、相談体制の整備、医療・保健・福祉サービスの整備と提供、住環境の整備、子供の就学問題、労働環境整備、社会保障制度の整理、受入れ企業への支援・監督、語学・技術水準確認のための試験体制の設置などなど、列挙しきれないほどの項目があります。

これらの重要事項が既に政府内で討議され始めていることは、法務省の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策(検討の方向性)」などから見て取れます。しかし、それら一つ一つの項目について、どの程度日本自身の外国人受入れの成功と失敗から学び考え抜けているのか、よくわかりません。これらは単に「外国人支援」という意味だけでなく、「日本社会の根幹と一体性を保持する」という観点から死活問題となる点を多々含んでいます。

例えば日本語能力。一体どのくらいの程度を「生活・就労に必要」と見なし、どの段階までに習得していれば良いとするのでしょう?日本語教育の費用は誰が持つのでしょう?既に以前のブログでも述べた通り、諸外国では語学能力と在留資格の付与・変更・更新をリンクさせている国が増えています。一部の西欧諸国では、自国民の配偶者として入国・在留しようとする外国人にでさえ、一定の語学能力の証明を義務付けている国さえあります。また、既に入国した外国人に600時間超の語学研修を無料で提供したり、費用の一部を外国人に負担させたり、語学試験に受かれば授業料全額無料としてみたり、諸外国でも外国人に自国語を学ばせようと試行錯誤しています。

これは、長年の外国人受入れにおける大失敗という苦い経験から諸外国が絞りだしてきた知恵でしょう。私自身、日本語で意思疎通のできない外国人が大量に日本に増えることは社会的軋轢を生む大きな不安定材料になると感じます。受け入れる地元の日本人住民も不安でしょうし、来日した外国人も自分達の権利や義務を守る上で日本語が分からなければ充実した社会生活を送ることは困難です。どこまでの日本語能力を外国人に求め、どこまでを受入れ側で負担するのか、中央政府なのか、自治体なのか、受入れ企業なのか、どの程度政府内で真剣な議論が行われているのでしょうか?

次に健康保険。「不安材料その1」で述べた通り、一部の受入れ企業では費用削減の観点から、外国人従業員の社会保険加入を渋る傾向があることが明らかになっています。また出身国での保険制度の不整備や日本の諸保険制度が複雑なことから、国民健康保険にも入っておらず高額医療費を払えなくなってしまった外国人も実際にいます。中には実質的にやむを得ない「医療費踏み倒し」に繋がってしまうケースも少数ながらあり、放置すれば大きな社会問題に発展するでしょう。

また日本社会としても、日本の公的健康保険制度は高齢者医療のための莫大な負担増から危機的状態にあり、より多くの外国人の若者が健康保険制度に加入してくれることは日本の危機を救うことになり、日本の国益に繋がります。この点、長年多くの外国人を受け入れていて社会保障制度が整備されている西欧諸国は様々な措置を講じています。例えばイギリスでは、本来は全額無料である国民健康保険(National Health Service)に年間150~200ポンドを前払いしないとビザが下りない仕組みになっています。この新制度には様々な批判もありますが、これも長年の失敗の経験を踏まえた苦肉の策でしょう。今後「特定技能1号・2号」で来日する外国人や受入れ企業にどのように医療保険制度加入を義務付けるのか、日本政府はどこまで考え抜けているのでしょうか?

そして年金。以前のブログでも述べた通り、日本の年金制度は完全に火だるま状態・破綻寸前状態にあり、1人でも多くの外国人の若者が日本の年金制度に加入してくれることは、確実に日本の国益に繋がります。特に今般新設される「特定技能2号」は永住の可能性が前提となっており、入国当初からの年金加入が本人にとっても日本国にとっても合理的になるでしょう。他方で、特定技能1号から途中で2号に変更する人にとってはどうでしょう?どの段階で年金加入するのか、5年で帰国するなら最低10年の加入が前提となる年金制度への加入を義務付けるのは「搾取」となる可能性があります。2号に変更になった段階で1号での滞在期間を遡って年金加入するのでしょうか、何を基本としどこまで義務付けるのか、政府部内での検討でどこまで考え抜けているのでしょう?

これ以外にも上で列挙した通り多岐に亘る社会統合政策の一つ一つについて、日本社会としての国益追究、外国人側の権利義務、諸外国での経験、そして日本独特の社会制度と文化・歴史を全て掛け合わせて合理的な「解」を出すのは、決して容易な作業ではありません。これら全てを来年4月までに行えるのでしょうか?大いに不安です。

不安材料その4:事実に基づかない妄想・誇張・フェイクニュースへの固執

そして最後の不安が、例えば「外国人が増えると治安が悪化する」とか「外国人による国民健康保険制度の乱用」などといった妄想・誇張・フェイクニュースへの固執と、それに基づく政策立案です。

既に以前のブログで統計資料を交えて詳しく述べましたのでここで再度繰り返しませんが、日本の警察庁や法務省が発表している統計資料に基づけば、「外国人が増えると犯罪が増える」とか「外国人は凶悪犯罪を犯しやすい」ということを裏付ける証拠は存在しません。むしろ来日外国人はここ数年で莫大に増え続けているのに、いわゆる「外国人犯罪」は減少し続けているのです。更に言えば、極右的・人種差別的極端な思想を持つ日本人による外国人に対する殺傷事件が散見され、それらの増加の方がずっと不安です。そのような犯罪対策に必要なのは、日本人に対する啓蒙活動・矯正措置でしょう。外国人受入れ反対派・人種差別的な方々にとっては「不都合な真実」ですが、一部報道が好んで使う「外国人が増えると治安が悪化する」という言説は完全なる妄想・フェイクニュースでしかありません。

そして最近出てきた新しいフェイクニュースが、「外国人による国民健康保険制度の濫用が横行している」という誇張です。そもそも国民健康保険は加入して保険料を支払わないと利用できませんので「ただ乗り」という表現自体が完全にお門違いなのですが、百歩譲って「国民健康保険制度の濫用」と仮定したとしても、厚生労働省自体が在留外国人による国民健康保険利用に関する実態調査を行った結果、「在留外国人不適正事案の実態把握を行ったところ、その蓋然性があると考えられる事例は、ほぼ確認されなかった」とその通知で結論付けています。健康保険の外国人レセプト総数約1500万件のうち不正が疑われる事案が2件あったからといって、そのような事案が横行しているかのように報道するのは、誇張にもほどがあるフェイクニュースではでしょうか。

むしろ日本で生活する外国人の方々には一人でも多く健康保険制度に加入して頂いて、日本人の高齢者医療のために危機的状況にある医療保険制度を救うことが日本の国益に繋がるということは上で述べた通りです。外国人問題となると、得てして感情論や印象論に基づく妄想や誇張、フェイクニュースが流布され、何が真の意味での日本の国益に繋がるのか、合理的な判断が出来なくなる人が「知識層」とされる人々の間にでさえ増えるのは、私にとっては不思議でなりません。

おわりに

日本は今までは外国人受入れ政策において「高度人材は歓迎するが、単純労働者については受け入れない」という原則を少なくとも建前上では固持してきました。今回、「特定技能2号」で永住の道が開かれたことで、その大前提が崩されたと言えるでしょう。また世界全体を見回しても、いわゆる「単純労働」と見なされる分野で最初から永住前提で外国人を受け入れるという公的方針は、(域内での移動の自由が保障されているEU諸国以外では)珍しい移民政策と言えます。実際にどの規模の外国人が日本に永住することになるのか現時点では未知数ですが、日本は自国の歴史と言う意味でも、世界的な移民政策という意味でも「未知との遭遇」の範疇に入ったと言っても過言ではありません。

特に日本は外国人受入れ政策において「後進国」でありつつ、それら単純労働に従事する外国人の永住を許可する方向性に舵を切ったことで、今までの日本社会の根幹を揺るがしかねない、西欧諸国の移民受け入れ政策の失敗の二の舞を踏みかねない(あるいはそれ以上の大失態となりかねない)、極めて重要な政策転換を行おうとしているのです。それなのに、重要な政策立案と実施が「企業任せ」「民間任せ」「国境管理局任せ」「フェイクニュース任せ」では、やってくる外国人だけでなく、中長期的に日本社会の礎となる諸制度や日本社会全体の一体性に、中長期的に深刻な問題を引き起こすのはないでしょうか?

20年後、50年後に私のこの記事が完全に的外れとなっていることを切に願っています。

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