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2017年12月21日 11時35分 JST | 更新 2017年12月21日 11時35分 JST

トランプ米大統領は、国連の何の交渉過程から抜けたの?

12月初め、米国政府は国連の枠組みで実施中のある文書の交渉過程から離脱することを発表しました。

12月初め、米国政府は国連の枠組みで実施中のある文書の交渉過程から離脱することを発表しました。ところがこの発表、日本語での報道を10件近く見たのですが、いったい何から離脱するのかという基本情報について、残念ながらどれも間違った内容を含んでおり、少なくとも私がチェックした限りでは、誤りを含まない日本語の報道は一つもありませんでした。そこで、基本的な事実から再確認した上で、この米国政府の離脱が何を意味するのかを簡単に解説したいと思います。

米政府が離脱したのは「移住に関するグローバル・コンパクト」の交渉過程 

一部の報道では、米政府が「移民・難民保護の新たな枠組みの策定交渉プロセスから離脱することを決めた」とか、「ニューヨーク宣言からの離脱を通知した」とか報じていますが、どれも間違いです。

昨年9月のブログでも既に書きましたが、昨年9月の国連サミットにて「難民と移民に関するニューヨーク宣言」が採択され、その後2年間で「安全で秩序だった正規の移住に関するグローバル・コンパクト」と「難民に関するグローバル・コンパクト」という2本の合意文書を加盟国間で交渉し2018年に採択する、ということが決まりました。この移住関連のグローバル・コンパクトの交渉と、難民関連のグローバル・コンパクトは、基本的に相互に独立したプロセスで、別々に並行して進められています。

本来「難民」は「移民」に含まれますし、「難民問題」と「移民問題」は切っても切り離せないので、当初は1本のコンパクトが策定されるはずだったのですが、国連機関間の政治的駆け引きもあり、わざわざ二本立てになったと言われています。

移住に関する文書は加盟国間の交渉を重ねる形で策定が進んでいて、難民に関する文書はUNHCR主導でたたき台作りが進んでいます。12月2日に米国政府が発表したのは、この前者「安全で秩序だった正規の移住に関するグローバル・コンパクト」の加盟国間の交渉過程から離脱する、というものです。

既に昨年9月に米国政府も含めて採択済みの「ニューヨーク宣言」からの離脱だとか、「難民に関するグローバル・コンパクト」からの離脱などとは言っていません。

米国政府はなぜ、交渉過程から抜けたの?

ではなぜ、米国政府は移住関連文書の交渉過程から抜けたのでしょう?12月2日に米国政府国連代表部が発表したプレスリリースを読むと、その内容や交渉プロセスが「米国の国家主権とは相いれないから」という主旨の理由が述べられています。しかしその理由は、良く言って国連の枠組みで採択される文書を「買いかぶり過ぎ」、悪く言うと、交渉の中身を理解していないのではないかと感じられます。 

実は私自身、人権・人道関連分野における国連総会決議や種々の国連会議の成果文書の加盟国間の交渉に(最も下っ端として)関わらせて頂いたことがあるのですが、この手の「なんとか宣言」とか「なんとかコンパクト」とか呼ばれる文書には、いわゆる拘束力はありませんし、違反したからといって物理的な制裁や処罰もありません。その意味では、国連安保理の枠組みで国連憲章第七章の下で採択される決議や、国際刑事裁判所設立文書(ローマ規程)とは大きく異なります。いわば、各国政府がその国の国家主権が許す限りで目指すべき「努力目標」を羅列する文書、と捉えた方が正確でしょう。米国政府のプレスリリースが言うような「米国の国家主権と相いれない」ほどの威力を持ちうるものでは、残念ながらないのです。

因みに「宣言」とか「コンパクト」でなく、「条約」や「協定」になると法的拘束力が生まれます。ただそれは、条約違反に対する制裁や処罰があるからというよりは、ある主権国家が自主的に自ら進んで条約や協定を批准することで国際社会に対して「こうします」と約束したのだから、当然その約束をきちんと守る義務があるよね、というロジックです。

加えて、この移住関連のグローバル・コンパクトは特に、(難民関連文書とは少し異なり)加盟国間の交渉を基に進められています。よく国連の枠組みで採択される条約や決議、宣言などについて、あたかも国際人権NGOや国連職員が勝手にドラフトしてそれを無理矢理加盟国が飲まされるかのように誤解している見解を目にすることがありますが、それは間違いです。もちろん国際人権NGOによるデマルシュや国連職員が作るたたき台が全く影響を及ぼさないとは言いません。けれども最終的に採択される合意文書は常に、各国を代表する政府代表団が、各国の国家主権と国益を最大化するために、主権と主権、国益と国益をガチでぶつけ合う交渉を繰り広げた結果です。言い換えれば、「国家主権を保持し誇示し強化するために」加盟国間交渉がある、とも言えます。

更にこの移住関連の文書、正式名称が「安全で秩序だった正規の移住に関するグローバル・コンパクト」となっている通り、各国政府の主権に基づく国境管理・出入国管理を尊重し強化する方向で内容が練られることが、最初から明らかです。それは恐らく、移民・外国人の人権を尊重したり、国境を越えた人の移動の自由化を標榜する立場からしたら、極めて残念な(場合によっては後退化のような)内容に映ることでしょう。

難民関連の文書の方では、(実現可能性は今のところ非常に低そうですが)経済的に豊かな国の間で難民受け入れの負担をより公平に分担するような原則や仕組みを盛り込もうと、UNHCRが悪戦苦闘しているようです。しかし、そのような話は移民関連の文書では最初から出てすらいません。(難民でない)移民については、どの国についても(基本的には)受け入れる法的義務は無いのです。各国政府がその国家主権に基づき、どれだけ各国の国益を最大化できるかという計算に基づいて、移民政策を策定・実施しています。

少なくとも移民関連文書については、「国家主権と相いれない」という米国政府の批判は全くお門違いなのです。

米国政府が交渉過程から抜けたことの意味合いは?

では、米国政府が交渉過程から抜けたことは、どのようなインパクトを及ぼすのでしょう?

国連ではこの手の「宣言」は、通常はコンセンサス採択(投票無しで可決する)のが一般的です。もちろん米国が「コンセンサスではなく投票を求める」と議場で訴えることはできますが、「投票するか否か」のモーション自体が投票にかけられて、数の論理で米国政府は負けるでしょう。そして無投票採択された後で、「米国はこのコンセンサスには参加しない(dissociate)」と発言し、その発言を公式記録に残させることはできます。でも文書の採択自体を阻止することはできません。米国が抜けようが抜けまいが、文書は他の加盟国の間で交渉された通りに採択されるはずです。

先日、この移住関連のグローバル・コンパクト交渉に直接携わっている方の話を聞く機会があったのですが、一部の加盟国代表団の間では「米国がいなくなってくれてかえって良かったよね、いちいち交渉途中でイチャモンをつけられてたら、進むものも進まないし。」という反応が広がっているようです。

従って基本的に、米国政府にとっても、他の190以上の各国政府にとっても、実質的には「痛くも痒くもない」という結果になるでしょう。

但し一つだけ、米国政府が気を付けておくべきことがあります。

それは、「宣言」や「コンパクト」、時には議長声明など、そもそもは法的拘束力のないソフトな文書が、その後様々な段階を経て、法的拘束力のある「条約」に徐々に発展していくことが往々にしてあります。この移住関連のグローバル・コンパクトが将来的に「条約」にまでなるかは現時点では分かりませんが、そのようなハードな文書になった暁に「やっぱり中身を変えたい」と言い出しても時すでに遅しです。もちろん条約ですので批准・加入しなければ良いのですが、いくつかの国際条約はほぼ全ての国家が加盟国になっていて、それに入らないのは「何とも非文明的よね」みたいな感覚の条約はいくつかあります(その最たる例が「子どもの権利条約」です。)

よって、国際的文書の交渉過程には、例え現時点ではその文書の法的性格が曖昧だったり、テーマが今のところ自国の国益に関係ないように見えても、最初から交渉のテーブルにつき、どのような内容なのか、自国の国益を損なう可能性が少しでもある文言が含まれていないか、自国の国益を反映させる余地はないか、虎視眈々とフォローし参加しておくことが肝要なのです。最初から参加していないと、根本でのルール・原則作りには影響を及ぼせません。米国政府は今回、そのさじを自ら投げてしまったことになるのです。

ということで、「移住関連のグローバル・コンパクト」交渉過程からの米国政府の離脱は、今のところは米国にとっても他国にとっても、パフォーマンス以外の大きな影響はないと言えます。但し米国にとっては、将来的に大きく国益を損なう可能性のあるタネを自ら撒いてしまった、と言えるでしょう。

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