トランプ氏の大統領令が内包する数々の矛盾

トランプ氏が1月27日に署名した大統領令が世界的に大きな物議を呼んでいます。法律や倫理の問題を除いても、数々の矛盾がみられます。

トランプ氏が1月27日に署名した大統領令が世界的に大きな物議を呼んでいます。既にニューヨーク連邦地裁が一部差し止めを命じた通り、国内法や国際法に抵触し、倫理的に許されない措置が多く含まれています。

しかしそのような法律や倫理の問題を除いても、大統領令の中には数々の矛盾が見られるのです。

1.特定の7カ国の国籍を持つ人の入国禁止

入国禁止は「テロ対策」とされ、その対象国は、イエメン、イラク、イラン、シリア、スーダン、ソマリア、リビアの7カ国とされています。ところが、Cato Instituteの調査によると、これら7カ国の出身者で、1975年から2015年の間にアメリカ国内でテロや殺人事件を犯したり計画していた人は、なんと「ゼロ」なのです。

その一方で、そのような事件を米国で犯したり計画した人の数は同じ期間で、サウジアラビア出身者が19人(被害者2,369人)、アラブ首長国連邦出身者2人(被害者314人)、エジプトが11人(被害者162人)、レバノンが4人(被害者158人)。つまり本当に「テロ対策」するのなら入国禁止とされるべき国出身の人達が一切その対象になっていないのです。

また、この措置はイスラム教徒の入国を阻止するため(「Muslim Ban」)と一般に言われますが、世界における代表的な「イスラム教国」は当然この7カ国だけではありません。少し古いですが2011年にPew Research Centerが行った調査によると、人口に占めるイスラム教徒の割合や絶対数が多い国は、インドネシア(約2億4840万人)、パキスタン(約1億7800万人)、インド(約1億7200万人)、バングラデシュ(約1億4560万人)、ナイジェリア(約9380万人)、エジプト(約7380万人)、トルコ(約7460万人)などが挙げられます(※)。

既に入国禁止対象になっているイエメン(約2400万人)、イラク(約3110万人)、イラン(約7480万人)、シリア(約2100万人)、スーダン(約4000万人)、ソマリア(約920万人)、リビア(約632万人)の数倍・数十倍のイスラム教徒が入国禁止対象外の国にいるのです。つまり対象国の選び方が、「テロ対策」という意味でも「イスラム教徒」の入国禁止という意味でも、目的と手段の間に全く一貫性が無い「恣意的なもの」となっているのです。

※そのほかの代表的なイスラム教国:アフガニスタン(約2900万)、アルジェリア(約4040万人)、ウズベキスタン(約2680万人)、エチオピア(約2500万人)、サウジアラビア(約2550万人)、セネガル(約1460万人)、チュニジア(約1200万人)、ニジェール(約1950万人)、マリ(約1567万人)、マレーシア(約1720万人)、モロッコ(約3230万人)、など。

2.アフガニスタンやイラクで米軍のために働いた現地スタッフの入国停止

アメリカは従来から、アフガニスタンやイラクに派遣された米軍のために現地で通訳などとして働いたアフガニスタン人とイラク人(とその家族)に「特別入国ビザ」を発給しています。それは、そのような国で外国軍のために働いた人は、現地の過激派集団から「裏切者」として命を狙われたり迫害される危険が高まるからです。同じような措置はイギリスや北欧諸国なども実施しています。

アフガニスタンは今回の7カ国には含まれていませんが、他の難民(以下参照)と共に渡航することもあるため、大統領令の混乱に巻き込まれる可能性が大いに高まっています。つまり大統領令は、米軍のために命の危険を冒して働いてくれた現地スタッフで、既にビザ発給手続きが進んでいる人達を実質上「見殺し」にするというメッセージを発したのです。と同時に、このように簡単に「見殺し」にする外国政府のために、優秀な現地スタッフは今後勤務しなくなるでしょう。その意味でも、この大統領令は「米国の国益」を損ねる危険があります。

ここから下は、大統領令草案が出た直後に投稿したブログと重なりますが、最終的に署名された大統領令に基づいてもう一度おさらいしてみましょう。

3.全ての国からの難民受け入れを120日間停止し、その間に難民受け入れ手続きが米国の治安と福祉に対する脅威になっていないか再検討する

一般的に難民が第三国定住経由で受け入れられる場合、どこの国行きでもかなり綿密な審査プロセスを経てから入国が許可されていますが、米国政府の場合その審査内容は既に世界一厳しいものとなっています。

まず、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国際移住機関(IOM)などによる難民一人一人の基本的なプロフィール(履歴書)作りとプレ審査に始まり、米国政府職員数名による対人面接、指紋押捺・照合、健康診断(一般的な身体測定に加え血液検査、X線、HIV検査、場合によっては精神鑑定まで)、そしてFBIや国土安全保障省などによる何重にも及ぶ人定事項や背景、セキュリティー・チェックがパッケージとして実施されています。このプロセスには2年以上かかることも全く珍しくありません。

通常の観光客やビジネスマン、留学生などに対する入国審査やビザ発給手続きとは比べ物にならないほど厳しいのは明らかです。もし本当に「米国の安全と福祉の脅威」を心配するのなら、既にこのような綿密な審査プロセスを経ている難民ではなく、他の移民や入国者全員に対してもこれらの審査を米国政府の費用で実施すべきでしょう。

また、これらの第三国定住難民は2001年の9.11テロ事件以来、合計で約78万4000人が米国に受け入れられていますが、そのうち「テロ計画」の疑いで逮捕された難民は3名、そのうち2名は米国外でのテロ計画に関わっていたとの嫌疑でした。つまり、難民として受け入れられた人でアメリカ国内で実際にテロや殺人を犯した人はいないのです。

その一方で、米国では銃関連事件が毎年5万件(うち4人以上の死傷者を出している乱射事件が年平均300件)を超えると報告されています。本当に「米国の治安」を心配するなら、真っ先に取り組むべきは銃規制でしょう。

更に、「米国の福祉」という意味では、確かに(第三国定住)難民の多くは一般的に教育や就労の機会が限られた途上国の難民キャンプなどから受け入れられるため、米国入国当初は生活保護や何らかの民間支援に頼らざるを得ませんが、10年も経つと収入や納税レベルが他の一般の米国民と同等になるという調査結果があります。しかも男性に限って言えば、米国人男性よりも難民男性の方が就業率が高いので、米国財政の「お荷物」になっているという主張にも根拠がありません。

一言で言えば、大統領令で繰り返し言われているように、難民が「米国の治安と福祉の脅威」になっていると目をつけるのは、完全にお門違いなのです。

4.シリアからの難民の受け入れを無期限に停止する

アメリカは過去数年平均すると毎年7万人前後の難民を第三国定住経由で受け入れていますが、そのうちシリア難民は極少数にとどまっています。2013年~2015年の第三国定住難民の出身国は多い方から順に、ミャンマー、イラク、ソマリア、ブータン、コンゴ(民)。シリア難民は、2013年に36人、2014年に105人、2015年に1,682名受け入れられたに過ぎません。

また一般にはあまり公言されませんが、欧州諸国が(少なくとも当初)シリア難民受け入れに積極的だった理由の一つは、シリア難民は一般的に言って、他の国出身の難民で長年キャンプなどに留まらざるを得なかった人達と比べると、高学歴だったり、高度技能を持っていたり、英語などの外国語を話せる者も珍しくないところにあります。当然、より脆弱で低技能で長年難民キャンプに留っている(シリア以外の)難民を受け入れることは人道的観点からは素晴らしいことですが、トランプ氏が繰り返し唱える「米国の国益」を重視するなら、シリア難民の受け入れこそ「国益」に直結するでしょう。

5.2017年度に受け入れる難民数を5万人に(削減)する

確かに、難民を第三国定住経由で受け入れる国際法上の義務はなく、完全に各国政府の政策判断に委ねられているため、5万人に大幅削減すること自体を非難することはできません。しかし歴史的に、例えばヘンリー・キッシンジャー、オルブライト元国務長官、スティーヴ・ジョブズなど、多くの有能な人材が難民(やその子孫)として米国に受け入れられ、米国政府や社会の中核的ブレインとして活躍していることは、昨年のブログで書いた通りです。

第三国定住難民受け入れの縮小は、米国の「ブレインの縮小」に繋がりかねないのです。

逆にいうと、今までは世界一般的に多くの有能な難民が米国を希望していましたが、今後は他国(当然日本を含む)にもそのような有能な難民をより多く受け入れるチャンスが開けることになるでしょう。

一言でいえば、今回の大統領令に含まれた措置は全て、その目的とされている「テロ対策」や「米国の治安と福祉」や「アメリカの国益」に一切資さない、矛盾したものばかりなのです。そればかりでなく、恣意的に選ばれた7カ国の出身者や難民などを合理性や一貫性が全く無い措置の標的にし、彼らに必要以上のストレスや混乱、絶望感を与えています。それらは今まで「反米」でなかった人達の中に「反米感情」を芽生えさせ、今までテロリストでなかった人達を「テロリスト」にする危険を冒す措置であると言えるでしょう。

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