まだ推しの“職人”見つけてないの? 『オタの生活を推しで埋め尽くす方法』は燕三条で実現しよう

世界はきっと、推しでできている。
成田駿

■「推しで生活を埋め尽くす」を考える

「推しに囲まれて生きてぇ......」

オタなら誰もが一度、夢を見る。おはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場まで、推しで生活を埋め尽くしてみたいと。だって自分が好きなものに囲まれて生活できたら、幸せじゃないすか。目に入るものすべてに萌えや尊さ感じられたら、このクソ生きにくい社会だって、なんとかやっていけそうな気がするじゃないすか。

先の見えない現代社会に差し込むまばゆいばかりの光、それが「推し」。 だけど悲しいかな、現実は厳しい。ある特定の人物ひとりだけで多い尽くせるほど現実世界は狭くない。部屋の壁をポスターで埋め尽くしても、バッグに缶バッチを山程つけて痛バにしても、視界の隅から流れ込んでくるシビアな現実に太刀打ちできない。

そういう場合どうすればよいのか。AKB 総選挙三連覇を成し遂げた歴史上の偉人、指原莉乃は言いました。『推しは増やすもの』だと。

そうです。

増やしていけばよいのです。

アイドルだけじゃなくて、二次元キャラだけじゃなくて、日々の生活で目にするものにも 推しを見い出せばよいのです。そもそもアイドルや二次元キャラだけを推すのってどうなんだろうか。もったいなくない?

非日常なものだけじゃなくて、もっと生活に根付いた、日常のものにだって推しを見出すことができるんじゃないだろうか?

今日食べたお米だってきゅうりだって、トマトだって、誰かの手によって作られ、育まれ、 僕たちの胃袋に届けられる。今使ってるスマホだって、今読んでるハフポスト日本版だって、名前も知らない誰かによって作られている。

ひょっとしたら近所の農家のおじさんや、スマホメーカー、webメディアの編集者にだっ て推しは見いだせるのかもしれない。顔があまりかわいくないアイドルにも、歌があまりうまくない歌手にも、リズム感が感じられないダンサーにも、作画崩壊したアニメにも愛情を持ち、慈しむことができる僕らオタになら、きっとできるはずだ。

それに近年では様々なものに推しを見出すことが推奨されている。例えば最近頻繁にメディアに取り上げられるようにになった『ふるさと納税』。これは『推し産地』への納税を推奨するものだ。なんだか世界が我々オタに追いついてきている気がしてならない。

国民の三大義務である納税(第30条)ですら「推し」を見つけることが推奨される時代なのだ。 推しを見出す力『推し力』は間違いなく現代を生きる人々に求められている。

■オタク、現場に立つ

とはいっても日常目にするものに推しを見出すのは難しい。アイドルや二次元と違って非日常的できらびやかなものは目に付きやすいし、気がついたらファンになっているけれど、 普段目にしているもの、常に当たり前にそこに存在するものに心が奪われることはそうそ うない。

日常を新たな視点で見つめ直すことは想像以上に難しいのだ。

そこで、考え方を変えてみよう。

我々の推しが最も輝く場所はどこか。

考えるまでもない。

『現場』だ。

アイドルならライブ会場だし、2.5 次元俳優なら舞台やミュージカルのステージ、アニメキ ャラなら作品内や、物語の舞台となった聖地だろう。

僕たちは推しの輝きを眼に映し出すため、推しと同じ空間を共有するために足繁く現場に通う。何度も何度も。誰に言われたからとかじゃないのだ。誘蛾灯に集まる羽虫のように、毎年鮭が故郷の河川へと遡上するかのように、僕たちの心は自然と突き動かされ、気がつくと現場に足を運んでいる。それほどまでに推しの輝きは眩く、神々しい。

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※アイドルのライブ会場での筆者の写真。推しを追っかけていたら気がついたら富士山の ふもとに来ていた。

日常で目にするもの、日用品が生まれる『現場』に足を運ぶことでまだ見ぬ推しを見出すことができるかもしれない。

それならば、やはりオタクとして、行かない理由がない。 オタクは現場に立つものなのだから......。

■職人は神対応!

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来ました。燕三条。新潟県の中央に位置する燕市と三条市からなるこの地域はフォークやナイフを始めとするカトラリーや包丁、はさみ、キッチン用品などの全国有数の一大産地として知られている。日用品が生まれ出る『現場』としてはこの上ない地域といえるだろう。

そしてなにより、ここは筆者の地元。推しを見つけるのに最適な現場が身近にありすぎて逆に気が付かなさすぎた。まさに一生の不覚。幸せの青い鳥同様、推しも身近なところに潜んでいるのかもしれない......。

今回は爪切りの製造で世界的に有名な諏訪田製作所の工場に足を運んだ。

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まず驚くのが建物の綺麗さだ。工場と聞いて閉塞的な空間を想像していたが、コンクリート打ちっぱなしのおしゃれな空間が広がっていた。

工場内に足を踏み入れてまず出迎えてくれたのがこちら。

巨神兵!?

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なぜ宮崎アニメの象徴的なキャラクターが三条の工場に? 工場内をアテンドしてくれた方の説明によると、こちらのオブジェは爪切り製作時に出た 廃材を使用して制作されたものらしい。「職人たちが見学に来たお客様に少しでも楽しんでもらえるようにと工夫を凝らして製作しています」

ちょっと待って、職人ファンサ(ファンサービス)すごくない? 職人といえば頑固一徹、無口で無愛想で塩対応なのかなと若干身構えていたけれど、一転して身近な存在に思えてきた。受け手側の想像を超えるオブジェのインパクトに多少面食らったが瀟洒な工場内とマッチしていて不思議と違和感がない。

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工場内は職人の作業スペースと見学者の順路がガラスで遮られており、原材料の鍛えから 仕上げまでの爪切り製造の工程をすべて見学することができるようになっていた。

諏訪田製作所は、ワインやビール工場といった業種しか工場見学を実施していない 2011 年から先んじて「オープンファクトリー」を開始。以来 7 年間見学者を無料で受け入れ続け、今では年間3万人ほどが来場する盛況ぶりだという。この日も大型の観光バスが駐車場に停まっており、たくさんの見学者が職人達の真剣な作業風景を見つめていた。

作業をすべて見える化するオープンファクトリーを始めるさい、職人達からは「だれも仕事の現場になんか興味ない」「常日頃から見られ続けたら作業に集中できない」といった反対意見も多かったという。従来の工場のあり方とは大きく異なるのでそういった意見も当然だと思う。

しかし、実際に見学者が訪れ、作業を見つめる熱心な視線を受けると職人たちの心境に変化 が訪れる。自分たちの製品を使ってくれるお客さんが身近にいる。その事実により日々の作業に対する高い意識を持つことができ、また職人たち自らが見学に来たお客様を案内したり、作業の説明を買って出たりするなど、おもてなしの精神が根付いてきたのだという。

玄関前に展示されたオブジェ然り、諏訪田製作所のホスピタリティは7年間に及ぶ消費者と職人たちの日々の交流の積み重ねによって築き上げられているのだと実感した。

オタクとしてはこの現場の濃密な関係性は、握手会やイベントでのアイドルとファンの関 係性や、年間来場者数約 60 万人を超える同人誌即売会コミックマーケットでのサークル参 加者と一般参加者の距離感にとても近しいものを感じる。

職人と消費者が同じ視線の高さにいて、相互に思いやることでしか信頼関係は生まれてこ ない。お客様は神様だとか、作り手が神様だとかそういったどちらか一方を持ち上げて一 方的通行に押し付けるだけでは、現場の良い雰囲気は醸造されない。

オープンファクトリーを通じて、最も原初的な商いの距離感、作り手と受け手が直接交わることでしか生み出せない感動をしっかりと感じ取ることができた。

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事実、工場横に設置されているショップでは見学を終えた人々が爪切りを実際に試しなが ら楽しそうに買い物をしていた。 ただ展示されてある商品を買うのと、実際に作業風景の現場を見てから購入するのとでは 購入意欲も商品の説得力も段違いだ。

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推しのアイドルの良いステージングを見たあとに感じる高揚感。それと同質の感覚を抱き ながら店内に並ぶ様々な商品を見ていった。

■ 鍛冶のライブ感やべえ

次に訪れたのは同じ三条市内にある日野浦刃物工房。

百年以上の歴史を持つ、包丁や鉈などを作る鍛冶屋だ。

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日野浦刃物工房四代目の日野浦睦さんが丁寧に工場内の機材を解説してくれた。「この万力はウチにある道具の中で一番古いものです。明治初期のものですが、いまでも 現役で使っていますよ」

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工場内には所狭しと刃物製造に欠かせない装置が並べられている。

「そこにあるスプリングハンマーは廃業してしまった鍛冶屋さんからいただいたものです。ただ道具を譲り受けたのではなくて、同時に鍛冶屋としての意思も引き継いでいると思っています」

工場内にたたずんでいるだけで長きにわたる歴史の深さを感じ取ることができる。それは 博物館で使われなくなった古い道具の展示を見たときに抱く知識としての歴史の深みだけ ではない。日々を積み重ねながらも、今もなお現役で使われ続けている凄みが説得力を持って伝わってくるのだ。

連綿と続いていく血脈といった歴史などが好きなオタクとしては工場(こうば)から感じるリアルな歴史の息吹や、長く使われ続けている道具から発せられる独特のエモい雰囲気はたまらないものがあった。

今回は鍛冶のなかでも最も重要な『火造り』の作業風景を見学することになった。『火造り』 とは 1000°C近くまで熱せられた鉄の塊を職人の技で叩き、形作る作業だ。スプリングハンマーといった道具が機械化されているとはいえ、100 年前から根本的な製造方法は変わっていない。

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地金を炉で熱し、最適な温度になったら取り出し、鉈の土台となるように形状を整える。炉の中で熱したあと形作った地金の上に接合材をふりかけ、その上に刃となる鋼を乗せる。

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再度炉の中入れて 1050 度になったら出して、スプリングハンマーで打ち延ばしていく。この一連の火造り作業で作られたものが下の画像だ。

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ハンマーが熱せられた金属に叩きつけられる音や、皮膚感覚として伝わる炉や金属の熱さ、 焦げた鉄の匂いなど現場に立つことで感じる迫力がすさまじい。

また、最初は何の変哲もない鉄の塊が、熱せられ、叩かれ、徐々に鉈の形に変化していく ようすは、まるでひとつの生命が誕生する瞬間を見ているような気持ちになる。遺伝子の塩基配列によって細胞が分化し、ひとつの生物が形作られるさまを早回しの映像で見ているのに近い感動を覚えたのだ。

鍛冶のライブ感は音楽のステージや、炎を上げて調理してくれる鉄板焼なんかを遥かに凌 ぐ迫力があった。目の前で職人の手で製品が作られるさまはショーとしての観点から見て も大変興味深いものだ。五感に訴えかける迫力やおもしろみは、イベントやライブ、演劇 など現場での楽しさを知るオタクも十二分に楽しめるものではないかと思う。

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日野浦刃物製作所の刃物はドイツをはじめとする海外からの評価が高く、出荷も6割が海 外、4割が国内となっている。海を超えて評価されることは職人として誉れ高いことなのかと思いきや、一概にそうともいえない複雑な思いも抱えている。

「本当はこの比率を逆転させたいと思っています。なぜ日本で刃物を作っているのに同じ 日本人に自分たちの刃物の良さが伝わらないのか。こうして製造工程を知ってもらって、 理解を深めてもらって、多くの日本の人々に使ってもらえるように努力していきたい」

最後に日野浦さんはそう語ってくれた。

■職人は推せる

推しを見出すためにものづくりの現場に赴き、職人たちの話を聞いてふと思う。作っている製品が素晴らしいのは作業風景や実物を見ればわかるのだが、職人自身が人間的魅力に溢れているなと。それはアイドル性と言ってもいいかもしれない。なにか親近をいだきつつも尊敬できる部分があるのだ。

2009 年に解散したイギリスのロックバンド OASIS のボーカル、リアムギャラガーが「シ ンガーはテクニックで歌うんじゃない。アティチュード(態度)で歌う」と言っていた。 ライブ会場で推しのアイドルの歌声を聞きながらガチ号泣しているとき、私はいつもこの名言を思い出す。

職人に人間的魅力を感じる理由もここにあるのだと思う。

アティチュードは心意気やプライド・矜持と言い換えてもいい。職人は『もっと使いやすい製品をつくりたい』『使い手に満足してほしい』そういった思い をいだきながら日々の仕事に邁進する。

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職人が磨いてきたのは技術だけではなく、心意気やアティチュードも同時に研ぎ澄まされてきたのでないか。通常目には見えない部分である心意気・アティチュードが、工場での作業風景を見た瞬間、コークスが焼ける匂いや鉄を叩く音とともに強烈な説得力を持って真に迫ってくるのだ。

その後に見る職人が作った製品は今までとは全く見方が異なってくる。ただの手の込んだ高額な爪切り、包丁、ナタではなく、 膨大な熱意を持った人物が丹精込めて作った血の通った製品だと感じ取ることができるようになるのだ。使うたびに大切に思う気持ちが想起させられる。

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積極的に自分が使うものに対して背景を探るようにすれば、いずれ経済活動のすべてを「推しへの課金」ですませられようになるかもしれない。

僕たちは推しにお金を払うことの喜びをもう知っている。そうじゃなかったらあそこまで 10 連ガチャ回したり、ラストワン賞のためにコンビニで一 番くじ買い占めたり、直接お渡し券のために Blu-ray BOX を買い求めたりしない。お金を払うことで推しを支援したり、共感したり、同じ目標をもつことができる。作り手と買い手といった境界も意識せずにともに同じ方向を向くことができるのだ。

そんな生活に根付いた推しの職人を見つけるに最適なイベントが 2018 年 10 月 4 日(木)から 7 日(日)までの 4 日間、燕三条の地で行われる。

「燕三条 工場の祭典」と呼ばれるこのイベントは普段は一般公開されていない数多くの工場(こうば)の扉が開かれ、見学や体験をすることができる。なんとその数100社以上。一度に工場を訪れる事のできるイベントとしては国内最大規模だ。

オタ的にわかりやすくいうと女性アイドルグループが一同に介する「TOKYO IDOL FESTIVAL」とか、多数の同人サークルが参加するコミックマーケットみたいな感じで、 実際に現場を回れて、一気に推しを増やす事ができるイベントなのだ。

現場に赴き、実際に作り出した職人と触れ合うことで、世界を推しで満たすことが、きっとできる。

世界はきっと、推しでできている。

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