宇宙にはサッカーボール分子がいっぱい

これまで長く原因不明だった星の光の吸収現象は、宇宙空間に漂うサッカーボール形の分子、C60フラーレンによるものであることが分かった。

これまで長く原因不明だった星の光の吸収現象は、宇宙空間に漂うサッカーボール形の分子、Cフラーレンによるものであることが分かった。

星間物質のスペクトルには約400の拡散星間バンドが見られる(左)。拡散星間バンドは、分子が特定波長の光を吸収するために生じるとみられるが、その分子の正体は分かっていなかった。今回、拡散星間バンドのうち近赤外域の2つと、Cによる吸収パターンが、正確に一致することが分かった(右)。(画像は、P. Ehrenfreund & B. Foing Nature523, 296-297; 2015より)

NASA/JPL-Caltech

100年近くにわたって天文学者を悩ませてきた星の光の吸収現象の原因は、星間空間に漂うサッカーボール形の分子、Cフラーレン(以下、C)であることが確かめられた。この成果は、星間空間に浮遊する他の分子の同定への足掛かりにもなりそうだ。

1919年のことだ。米国カリフォルニア州のハミルトン山頂にあるカリフォルニア大学付属リック天文台の大学院生Mary Lea Hegerは、ある星からの放射を調べていて、特定の波長で光が弱いことを見つけた。しかも、その原因は星そのものではないとみられることが分かった。天文学者たちはそれ以来、こうした特徴的なスペクトルを次々と見つけ、その原因は、光が地球に届く途上で、星間ガス中の分子が特定の光の波長を吸収するためだと考えた。そして、これらの特徴的なスペクトルを「拡散星間バンド」と名付けた。今では、銀河系(天の川銀河)内の星だけでなく、さらに遠くにある星からの光にも拡散星間バンドが見つかっていて、その数は約400に上る。

こうした吸収スペクトルの原因物質の候補として、塵の粒、炭素鎖、浮遊する細菌などが提案されたが、決定打はなかった。今回、バーゼル大学(スイス)の化学者John Maierらは、宇宙空間を模した環境を実験室で再現して、Cによる光の吸収を測定し、そのスペクトルが1994年に観測された拡散星間バンド(参考文献1)と正確に一致することを突き止めた。Cは、60個の炭素原子がサッカーボール形に集まってできている中空の分子で、フラーレンと呼ばれる球殻状の炭素分子の一種である。拡散星間バンドの原因が判明したのは今回が初めてだ。この研究結果は、Nature 2015年7月16日号に掲載された(参考文献2)。英国の化学者Harry Krotoは、「私の意見としては、これは今年の最優秀科学論文です」と話す。Krotoは、Cの発見により、同じ研究グループのRobert CurlとRichard Smalleyとともに1996年のノーベル化学賞を受賞した。

NASA/JPL-CALTECH

20年を要した測定

Maierは、「Cは、年老いた、炭素に富む星から流れ出る気体を模擬するためにデザインされた実験で偶然に発見されました(参考文献3)。1985年のことです。それ以来、科学者たちは、Cをなんとか宇宙空間で見つけたいと考えてきました」と話す。

Cが宇宙でようやく見つかったのは2010年のことである。米航空宇宙局(NASA)のスピッツァー赤外線宇宙望遠鏡が白色矮星を取り巻く惑星状星雲に見いだした(参考文4)。一方、Maierのチームは1993年に、不活性な元素の低温の固体に埋め込まれたCが吸収する光の波長を測定した(参考文献5)。宇宙物理学者たちはこのときすぐに、その吸収パターンが、宇宙の拡散星間バンドのパターンとおおむね一致することを確認した(参考文献1)。しかし、気体のCが宇宙の環境でどのようにふるまうかは分からず、スペクトルの一致を決定的な形で確認することはできていなかった。

今回Maierらの研究チームは、絶対零度に近い温度でかつ超高真空という環境で、Cが吸収する光の波長を測定した。宇宙を模したこの環境は、中性ヘリウムの緩衝ガスの中で、電場を使ってイオンをトラップすることで実現した。「星間空間のような環境を作ることは技術的に極めて困難で、この実験技術の開発には実に20年かかりました」とMaierは振り返る。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)の天文学者Ben McCallは、「今回の同定が間違いないものであれば、素晴らしい成果です」と話す。ただし、Maierの実験室での測定で得られたパターンと、拡散星間バンドが正確に一致していることを疑いの余地なく証明するためには、拡散星間バンドの天文学的測定がさらに必要だとMcCallは指摘する。

Maierは、「今回の結果を踏まえると、他の拡散星間バンドの原因もCに関連した分子であり、フラーレンが金属や他の元素と結合した分子である可能性もあります※。これは、非常に魅力的な仮説です。しかし、実験室でこの仮説を検証することは極めて大変な仕事で、成し遂げるには人生がもう1回必要でしょう。それでも、世界のどこかの若者がこの課題に取り組んでくれると期待しています」と話す。

「星間空間でCが見つかったことから、Cは、これまで考えられていたよりも豊富に宇宙に存在すると考えられます」とKrotoは話す。一方McCallは、「今回の研究結果は、Cが数百万年も壊れずに残り、星と星との間の遠い距離を旅することができることを示唆しています。莫大な量の気体状のCが、私たちの銀河系の至るところに星間物質として存在しているのかもしれないと考えると、非常にわくわくします!」と話す。

※編集部註:理化学研究所の三澤透(現:信州大学)らは2009年、オリオン大星雲周辺の3天体のスペクトルから、Cに起源を持つ可能性のあるDIBをさらに3つ発見したと報告している(T. Misawa et al. Astrophys. J.700, 1988-1993;2009)。

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150907

原文: Nature (2015-07-15) | doi: 10.1038/nature.2015.17987 | Buckyballs in space solve 100-year-old riddle

Elizabeth Gibney

参考文献
  1. Foing, B. H. & Ehrenfreund, P. Nature369, 296-298 (1994).
  2. Campbell, E. K. et al. Nature523, 322-325 (2015).
  3. Kroto, H. W. et al. Nature 318, 162-163 (1985).
  4. Cami, J. et al. Science329, 1180-1182 (2010).
  5. Fulara, J., Jakobi, M. & Maier, J. P. Chem. Phys. Lett. 211, 227-234 (1993).

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