医療現場に押し寄せる遺伝子編集の波

遺伝子編集技術で改変された細胞の移入により、白血病が寛解したことが報告され、この治療法にますます注目が集まっている。

このたび、遺伝子編集技術で改変された細胞の移入により白血病が寛解したことが報告された。この他にも現在、複数企業が遺伝子編集技術をヒトの治療に使う準備を着々と進めており、この治療法にますます注目が集まっている。

DNA切断酵素で処理した免疫細胞の投与を受けて白血病が寛解したLayla Richards。

SHARON LEES/GREAT ORMOND STREET HOSPITAL

Layla Richardsはわずか1歳の白血病患者だが、遺伝子編集技術で改変を施された他人由来の免疫細胞の投与を受け、現在は寛解している。彼女は、ヒトの治療に遺伝子編集技術を使った2番目の事例に当たる。

世界初の事例は、2014年に行われたHIV感染患者を対象にした臨床試験だ。同様の臨床試験が現在いくつか計画されており、中でも遺伝子を編集する酵素をコードするDNAを直接人体に注入する「in vivo法」と呼ばれる治療法については、複数企業が間もなく臨床試験に入る。

Laylaを治療した医療チーム(リーダーは英国ロンドンのグレート・オーモンド・ストリート小児病院NHSトラストの免疫学者Waseem Qasim)は当初、この遺伝子編集技術の安全性試験を10〜12人を対象にして2016年に開始する予定だった。

しかし、チームがLaylaに出会ったとき、彼女は受けた治療がどれもうまくいかず打つ手のない状態だったため、チームは特例的に許可を得て彼女の治療に踏み切った。そして、遺伝子改変免疫細胞の投与を受けてから数カ月後に彼女の症状は改善したのだとQasimは話す。チームは、2015年12月に米国フロリダ州オーランドで開催される米国血液学会(ASH)の総会で、Laylaの症例について発表した。

Qasimのチームはこの治療のために、健康なドナーからT細胞と呼ばれる免疫細胞を採取し、その細胞をTALENというDNA切断酵素で処理した。免疫に関係する遺伝子群を不活性化し、ドナーの免疫細胞が注入先の他人の体を攻撃してしまわないようにすることが目的だ。

研究チームは、遺伝子改変にセレクティス社(Cellectis;フランス・パリ)が開発したシステムを用いており、このシステムでは、抗がん剤からドナー細胞を守るような改変も遺伝子に施される。

次に、患者自身の免疫系を壊す処置を施し、遺伝子改変を済ませたドナーの免疫細胞で置き換える。この治療法は白血病を永久に治癒させるものではなく、免疫的に適合するT細胞ドナーが見つかるまで患者の命を保つための「つなぎ」だとQasimは話す。

HIVでの成功

ヒトに遺伝子編集技術を使った最初の例は、サンガモ・バイオサイエンス社(Sangamo BioSciences;米国カリフォルニア州リッチモンド)が2014年に報告したHIV感染者12人を対象とする臨床試験で(P. Tebas et al. N. Engl. J. Med.370, 901 -910; 2014)、このチームは、細胞を体外に取り出して処置した後に体内に戻す「ex vivo法」で治療を行った。Laylaの治療法とは少し異なり、DNA切断酵素はTALENではなくジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)だった。

手順としては、まず、患者から採取した血液にZFNを加える。HIVが結合するT細胞表面のタンパク質をコードする遺伝子を切断するのだ。次に、遺伝子改変されたこれらのT細胞を患者に戻す。この臨床試験では手応えのある結果が得られた。発表の時点で、被験者の半数は症状が消え、抗レトロウイルス剤の服用が不要になったほどだ。現在70人以上にこの治療を施していると、サンガモ社はNatureに語っている。

しかし疾患の種類によっては、in vivo法、つまり体内の細胞を直接処置する方法でゲノムを編集した方が合理的だろう。例えば、ゲノム編集の対象となる細胞が血中ではなく臓器や組織の中にあり、体外に取り出しにくい場合などだ。

2015年10月にワシントンD.C.で開かれた米国科学工学医学アカデミーの会議で、サンガモ社の上級研究員Fyodor Urnovは、ZFNと正常な第IX因子(血液凝固因子の1つで肝臓で作られる)をコードする遺伝子を組み込んだウイルスを、15匹のサルに注入したことを報告した。第IX因子は、血友病Bの患者では変異している。

Urnovらの使ったZFNは、肝臓で大量に作られるアルブミンというタンパク質をコードするゲノム部位を切断し、第IX因子の正常な遺伝子を組み込む。この処置を受けたサルは、それ以前より多くの第IX因子を産生し始め、血中の因子量は10%増加した。アルブミンをコードするゲノム部位は他の遺伝子を組み込むのにも適した場所なのではないかと、Urnovは述べ、この部位を「ヒトゲノムのUSBポート」に例えている(R. Sharma et al. Blood126, 1777-1784; 2015)。

Urnovによれば、米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)の諮問委員会は、DNA改変が関係する全ての臨床試験を承認しており、2015年9月に第IX因子治療のヒト臨床試験にゴーサインを出したが、サンガモ社はさらに米国食品医薬品局(FDA)からも許可を得る必要がある。

同社は2015年末までに申請を出し、2016年の早い時期に臨床試験が始まるだろうとUrnovは話す。サンガモ社は他にも、in vivo遺伝子編集法のいくつかの臨床試験について許可を申請する予定であり、その中には血液疾患の異常ヘモグロビン症やβ-サラセミアに対する治療が含まれている。

サンガモ社以外の企業も、遺伝子編集のヒト臨床試験に着手する計画を立てている。バイオテク新興企業のエディタスメディシン社(Editas Medicine;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)は2015年11月3日に、in vivo遺伝子編集法の臨床試験を2017年までに開始する意向を明らかにした。同社では、レーバー先天性黒内障という希少な網膜疾患の患者の眼に、CRISPR/Cas9酵素系をコードするDNAを注入して変異遺伝子を矯正しようと考えている。

in vivo法とex vivo法のどちらの遺伝子編集法にも、ゲノム内の意図しない場所に切断や変異を引き起こす危険性があるが、in vivo法にはさらにもう1つ懸念がある。DNAを送達するベクターは体内注入後から数年にわたって活性を維持する可能性があることだ。

in vivo法では、DNA切断酵素に対する免疫応答が引き起こされるなど予期せぬ影響が出る恐れもあると、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)で従来の遺伝子治療を含む血友病の治療法について研究している生物学者Valder Arrudaは憂慮する。一方でサンガモ社は、同社の動物実験でそうした影響を示す証拠はまだ認められないと述べている。

Qasimによれば、in vivo遺伝子編集法のその他の課題は、遺伝子編集が十分な数の標的細胞に対して実行されるようにすることや、運び役のベクターが「積み荷」を体内の適正な部位に確実に送り届けられるようにすることだという。

治療にin vivo遺伝子編集法が役立つと期待される疾患のリストは現在、徐々に拡大している。2015年4月に開催された合成生物学の会議で、デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の生物医学工学者Charles Gersbachは、筋ジストロフィーの原因遺伝子に変異を持つマウスで行った研究について報告した。

DNA切断酵素をコードするウイルスベクターをマウスの筋肉に注射したところ、筋細胞の約20%で原因遺伝子が矯正されたのだ。これは、筋緊張や筋力を実質的に改善するのに十分な数字だ。「in vivo法は遺伝子編集の次の波になると思います」とGersbachは話す。

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160228

原文: Nature (2015-11-12) | doi: 10.1038/nature.2015.18737 | Gene-editing wave hits clinic

Sara Reardon

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