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2015年12月04日 15時29分 JST | 更新 2016年11月25日 19時12分 JST

鉛を正しく理解する

古い歴史を持つ鉛(Pb)は、現代技術にも深い関わりのある元素だが、その使用には注意が必要だ。

古い歴史を持つ鉛(Pb)は、現代技術にも深い関わりのある元素だが、その使用には注意が必要だ。Pbの歴史、特性、用途についてインド科学振興協会のSomobrata Acharyaが検証する。

82番元素である鉛(Pb)は、人類が手にした最古の金属の1つである。Pbの歴史は実に古く、紀元前6400年の新石器時代集落チャタルヒュユク(現在のトルコ共和国の中央部に位置する)までさかのぼることができる。旧約聖書にも登場するこの金属は、ヘブライ語ではopheret、古代ギリシャ語ではmolybdosと呼ばれていた(参考文献1)。Pbは古典古代を通して広く使われており、バビロンの「空中庭園」でも湿気を保つシートとして使用されていたと考えられている。ローマ帝国の水道管をはじめ、Pbは実にさまざまな用途に使用されてきたが、それはPbが柔らかくて展性がある上、豊富に存在する使いやすい金属だからだ。また、Pbは銅(Cu)やアンチモン(Sb)などの金属と合金化することによって、その特性を調節することができる。こうした性質を持つことから、Pbは産業革命時に極めて重要な役割を果たした。

「Pb」という元素記号はラテン語のplumbumに由来するが、このplumbumは元々、柔らかい金属全般を表す言葉として用いられていた。実際、Pbとスズ(Sn)は明確には区別されておらず、Pbをplumbum nigrum(黒くて柔らかい金属)、Snをplumbum candidumまたはplumbum album(明るくて柔らかい金属)として区別するようになったのは、16世紀になってからだった。実は、このラテン語名は他の言語にも受け継がれている。例えば、Pbはフランス語で「plomb」であり、英語の「plumber(配管工)」や「plumbing(配管)」という言葉は、優れた耐食性を利用して、Pbが配管材料として広く使用されていた名残である。

純粋なPbは、光沢のある青みを帯びた白色をしており、結晶は面心立方構造で、同素体は知られていない(参考文献2)。湿気にさらすと表面に酸化物被膜が形成されて光沢が失われるが、この被膜によって内部の金属としてのPbは保護される。自然界では、Pbが純粋な金属として存在することは滅多になく、多くの場合は他の金属とともに鉱石を構成して存在する。ちなみに、地殻中で最も存在量が多いPb鉱石は方鉛鉱(硫化鉛;PbS)である。Pbの自然形成は、ウラン(U)やトリウム(Th)がラドン(222Rn)を経て放射性崩壊することによって起こる。安定同位体としては、204Pb、206Pb、207Pb、208Pbの4種類が知られており、最初の3つは岩石の年代推定に用いられている。Pb化合物は、主に+2または+4の酸化状態で存在するが、+2の状態の方が一般的である。

鉱石からPbを抽出する初期の方法(図参照)は、鉱石を空気中で焙焼することにより、その主成分であるPbSを酸化鉛(PbO)や硫酸鉛(PbSO4)に変換した後、石灰石(CaCO3)とコークス(C)で溶錬し、粗鉛を得るというものであった。今日では、Pbの年間生産量の約半分が鉱業に、残りはリサイクルに由来している。

Pb化合物は、現代科学技術に不可欠な数々の大発見に関係している。例えば、1874年にはF. Braunが、金属と方鉛鉱を点接触させることによって整流作用を発見しており(参考文献3)、1901年にはJ. C. Boseが、同じく方鉛鉱を用いて電磁波を検出、これを機に無線通信技術の開発が一気に躍進した(参考文献4)。また、Pbカルコゲナイド[PbSやセレン化鉛(PbSe)、テルル化鉛(PbTe)]を用いた赤外線検出器は、暗視技術や分光分析技術などの赤外線技術に大きな進歩をもたらした。Pbカルコゲナイドには直接バンドギャップが小さいという特徴があり、結晶子の大きさによってこれらのバンドギャップが変化するため、広いスペクトル範囲をカバーできる。量子閉じ込め効果と呼ばれるこの現象は、電界効果トランジスターや太陽電池、光検出器などのデバイスの応用の基礎となっている。

Pbは20世紀まで大規模に生産され続け、ガソリンや塗料、鉛蓄電池、放射線遮蔽材の他、ポリビニル系樹脂の安定剤などとして幅広く使用されてきた。しかしながら、ヒトはPbへの急性曝露または慢性曝露(慢性の方が多い)によって鉛中毒になりやすい。Pbの蓄積で、さまざまな体内作用が阻害され、幅広い症状を伴う神経毒性作用を引き起こすのだ。Pbと病気の関連性は、古くはローマ時代から、「鉛糖(酢酸鉛)」飲料の消費や鉛給水管の使用を通して認識されていたが、そうした初期の警告が重要視され、実際に対策が講じられたのは20世紀半ばになってからのことだった。この時期を境に、Pbの使用は多くの国々で厳重に監視されるようになり、最終的にはガソリンや塗料への使用が禁止された。

幸い、現在はキレート剤[エチレンジアミン四酢酸(EDTA)が一般的]による鉛中毒の治療が可能になっている。キレート剤と重金属との親和性の高さを利用して、体外に排出可能な錯体を形成させるのだ。一方で、悲しいことに人間が数千年にわたって依存してきたこの貴重な金属は、現在のペースで使用を続けた場合あと40年ほどで枯渇すると推定されている。とはいえ、この状況にはプラスの面も存在する。リサイクルへの新たな関心、そして燃料電池の技術開発における思慮深い対応が芽生えていることである。

Nature Chemistry5, 894 (2013年10月号) | doi: 10.1038/nchem.1761

原文:

Lead between the lines

doi:10.1038/nchem.1761

著者: SOMOBRATA ACHARYA

参考文献:
  1. Mellor, J. W. A Comprehensive Treatise on Inorganic and Theoretical Chemistry Volume VII, Chapter XLVII (Longmans & Green, 1937).
  2. Rochow, E. G. The Chemistry of Germanium, Tin and Lead (Oxford Pergamon, 1973).
  3. Braun, F. Ann. Phys. Chem.153, 556-563 (1874).
  4. Rogalski, A. Opto−Electronic Review20, 279-308 (2012).

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