生命に不可欠な元素であるマンガン(Mn)の生体内での機能や用途について、サイエンスライターのJohn Emsleyが解説する。

生命に不可欠な元素であるマンガン(Mn)の生体内での機能や用途について、サイエンスライターのJohn Emsleyが解説する。

Credit: RICK MORGAN/ALAMY

25番元素マンガン(Mn)は、あらゆる生物種にとって不可欠な元素である。Mnは、ミトコンドリアに局在する酵素マンガンスーパーオキシドジムスターゼ(Mn-SOD)の構成成分であり、細胞毒性を示す遊離基(フリーラジカル)の1つ、スーパーオキシドアニオン(超酸化物陰イオン;O)を過酸化水素(HO)へと不均化することで、こうした有害な活性酸素種から細胞を守る重要な役割を果たしている。他にも、Mnはグルコース代謝やビタミンB1の利用、RNAの作用などに関与するさまざまな酵素に含まれている。

Mnは人体に必要な元素ではあるものの、必要量が非常に少ない(成人1人当たりの平均存在量はわずか約12 mg)ため、必須元素として認められるようになったのは1950年代になってからだった。日常摂取量は平均4 mgだが、これでも十分過ぎる量である。Mnは数多くの食物に含まれており、シリアルやナッツから多く摂取できる。また、フランスの珍味エスカルゴやビーツなどには特に豊富に含まれている。しかし一方で、Mnはダストやヒュームの形で多く吸入すると精神に異常を来すことが知られている。実際、マンガン鉱の採掘労働者はかつて、不随意的な笑いや叫び、攻撃性、妄想、幻覚を伴う「マンガン錯乱」の症状に苦しんでいた。

冒頭で述べたMn-SODの細胞を守る能力は、1950年代に、放射線抵抗性細菌Deinococcus radioduransで証明された。この細菌は、強力な放射線を照射した食肉の中でも生き残ることができるのだが、この能力は、D. radioduransが鉄(Fe)よりもMnを優先して蓄積する性質を持つことや、豊富なMnを利用して、放射線照射で生じた膨大な数のOを破壊することに起因する。こうしたMnの働きにより、細胞のDNA修復機構は機能し続け、細胞はなんとか生き延びることができるのである。

Mnは、元素として単離されるずっと以前から、軟マンガン鉱(二酸化マンガン;MnO)という黒色鉱石として知られていた。今から3万年以上前にフランスのラスコー洞窟で描かれた壁画には、このMnOが黒色顔料として使われていたのだ。また、79年のポンペイ壊滅時に命を落とした古代ローマの博物学者、大プリニウスは、著書『博物誌』でガラス職人が無色透明なガラスを得るために黒い粉を使用していたことを記しているが、この粉がMnOであることはほぼ確実である。MnOはこの他にも、黒色顔料として陶器にも使われていた。

マンガン鉱石はまた、地球の多様性の数千年にわたる変化の証拠を提供している。4億~18億年前の堆積岩中にマンガンがほとんど存在しないことから、海中酸素濃度が低かった時代が存在することが分かったのだ(参考文献1)。

最も一般的なマンガン鉱石は軟マンガン鉱で、その採掘量は毎年約2,500万トンに上る。だが、こうした陸地の鉱床が掘り尽くされることになれば、海底のマンガン団塊(マンガンノジュール)の利用が余儀なくされるだろう。1872~1876年、世界の海洋でさまざまな科学調査を行った英国の海洋調査船チャレンジャー号は、海底から円錐型の奇妙な黒い塊を複数採取し、持ち帰った。分析の結果、これらの塊の主成分はMnであり、サメの歯を核としてその周りに形成していることが判明した(サメの歯は海底で長く存続可能な数少ない生物由来物質である)。この塊がマンガン団塊で、北東太平洋を中心に海底の広範囲に散在しており、その量は推定1兆(1012)トンともいわれている。

生命とマンガンは密接に関わっており、Feが欠乏した海域では、海洋珪藻はMnに頼って生きている(参考文献2)。このように微生物がMnに引き寄せられる性質は、現在銅(Cu)や金(Au)で行われているような(参考文献3)、微生物を利用した低品位鉱からの金属抽出に利用できる可能性があり、将来的にはMn資源開発の新たな基盤になるかもしれない。

Mnは単体ではもろ過ぎて使えないため、採掘されたマンガン鉱石の95%は合金に加工されている。その主なものが鋼鉄で、強度や加工特性、耐摩耗性を向上させるために約1%量のMnが添加される。また、Mnを約13%含む「高マンガン鋼」という合金もある。高マンガン鋼は強度が極めて高く、鉄道線路や土木機械、金庫、軍用ヘルメット、ライフル銃の銃身、刑務所の鉄格子などに広く使われている。この特殊鋼を発明した英国シェフィールドの冶金学者Robert Hadfieldは、1883年に24歳の若さで特許を取得。この合金は、発明者にちなんで今でもハッドフィールド鋼(Hadfield steel)と呼ばれている。

Mnは化合物としても広く利用されている。例えば、Mn(IV)のMnOはゴム用添加剤や工業用触媒に、Mn(II)の酸化マンガン(MnO)はマンガン欠乏土壌用の肥料に、またMn(VII)の過マンガン酸カリウム(KMnO)は廃ガスや廃水から有機不純物を除去する目的で用いられている。このKMnOは実に鮮やかな紫色を呈するが、この特徴的な色でさえ、我々の生活にとって、また地球の一部として欠くことのできないMnの重要な役割を考えれば、些細な特徴でしかないだろう。

doi:10.1038/nchem.1783

著者: JOHN EMSLEY

参考文献:
  1. Maynard, J. B. Econ. Geol.105, 535-552 (2010).
  2. Wolfe-Simon, F. et al. Plant Physiol.142, 1701-1709 (2006).
  3. Das, A. P. et al. Bioresource Technol.102, 7381-7387 (2011).

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