ヒト幹細胞から卵や精子の前駆細胞を高効率で作製

イスラエルと英国の共同研究チームが、試験管内でヒトの皮膚細胞から精子と卵の前駆細胞を高効率で作り出す方法を見つけた。

ヒトの始原生殖細胞を多能性幹細胞から高効率で作製する方法が開発された。そこから、ヒトの始原生殖細胞形成のカギとなる因子が明らかになった。

THINKSTOCK

イスラエルと英国の共同研究チームが、試験管内でヒトの皮膚細胞から精子と卵の前駆細胞を高効率で作り出す方法を見つけ、Cell 2015年1月15日号に報告した(参考文献1)。この成果は、幹細胞を使った不妊症治療への歩みとしては小さいものだが、倫理面や法律面での影響は大きく、議論が活発になると予想される。

マウスでは、京都大学の斎藤通紀の研究チームが、胚性幹(ES)細胞や人工多能性幹(iPS)細胞から精子と卵を作り出すことに成功しており、得られた精子もしくは卵を使った体外受精で健常な仔マウスが生まれている。今回の研究は、この手順の途中までを、ヒト細胞でも高効率で再現できるようにしたといえる。

斎藤のチームは、2011年にマウスの始原生殖細胞(PGC)に似た始原生殖細胞様細胞(PGC-like cell;PGCLC)を初めて体外培養系で作り出した(参考文献2)。PGCは精子や卵の源になる細胞で、胚発生の初期に分化する。斎藤らは、マウスの繊維芽細胞を再プログラム化してiPS細胞を作製し、そこからPGCLCを作った。また、マウスのES細胞からも同じ結果を得ることができた。

斎藤らの作り出したマウスPGCLCは、試験管内では前駆細胞段階から先に進めなかったが、マウスの精巣に移植したところ成熟して精子になった。この精子を体外受精に使って仔マウスを得ることもできた(参考文献2)。また斎藤らは翌2012年に、PGCLCを卵巣に移植して機能する卵を得て、同様に仔も得ている(参考文献3, Natureダイジェスト2012年12月号6ページ2013年11月号14ページ参照)。

ヒトでも機能する配偶子(精子や卵)を人為的に得ようとする研究が行われ、PGCLCが得られている(参考文献4)が、幹細胞からのPGCLC作製効率は非常に低い上に、臨床に適さない遺伝子の導入が必要であった。そこで、ケンブリッジ大学(英国)のAzim Suraniとワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)のJacob Hannaは、斎藤らのマウスPGCLC作製過程をヒト細胞で再現することを試みた。

高い作製効率

annaらのチームが成功したカギは、適切な出発点を見つけたことにある。多能性幹細胞の状態には、より未分化な「ナイーブ型」と分化がやや進んだ「プライム型」がある。マウスとヒトのES細胞はこの多能性状態に違いがあり、マウスのES細胞はナイーブ型で、どの分化経路へも誘導しやすいのに対し、ヒトの幹細胞はプライム型で、分化の柔軟性が乏しいのである。これが障害となり、Hannaらはヒト細胞で斎藤らの作製手順を再現できずにいた。

しかしHannaは、こうした違いは細胞を微調整することで乗り越えられることに気付いた。そして、ナイーブ型のヒト幹細胞を作り出す方法を開発し、2013年にそれを発表した(参考文献5)。「微調整したヒト幹細胞で初めて"斎藤プロトコル"を実行したとき、衝撃を受けました。PGCが高効率で得られたのです」と彼は振り返る。

HannaはSuraniとの共同研究で、男性由来と女性由来のES細胞やiPS細胞を使って、配偶子の前駆細胞を25〜40%もの高効率で作製できた。ヒト細胞では、これまでで最高の効率である。

得られた細胞は、PGCの明確な特徴を多数備えており、特にエピジェネティックパターン(染色体の化学的修飾で、遺伝子発現に影響を及ぼす)は、天然のPGCのものとよく似ていた。

今回のHannaらの研究で得られた機構に関する手掛かりは、PGC形成過程のさらなる解明と制御の研究を加速させるだろう、と斎藤は話す。特に重要なのは、ヒトではSOX17という転写因子がこの過程を調節しているとみられると分かったことだ。マウスでは、Sox2がこの役目を果たしている。

未知の部分も多い

次のステップは、斎藤プロトコルの後半、つまり、ヒトPGCLCを精巣や卵巣に移植して、機能する精子や卵へ分化させることだ。しかしHannaも他の研究者も、PGCLCをヒトに移植するには未知の部分があまりに多過ぎるとみる。

Hannaは、ヒトのPGCLCをマウスや他の動物の精巣や卵巣に移植することや、ヒト以外の霊長類でこの実験手順全体を行うことを考えている。そして、現在、斎藤や他の研究者らがマウスの精子や卵を体外培養系で成熟させる研究を進めており、そこから得られた"レシピ"は、微調整を加えることでヒトに使える可能性があると話す。「私はまだ考えをまとめている最中です。今は、発表論文に対する研究界の反応を見ているところです」とHannaは言う。

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150303

原文: Nature (2014-12-24) | doi: 10.1038/nature.2014.16636

David Cyranoski

参考文献
  1. Irie, N. et al. Cellhttp://dx.doi.org/10.1016/j.cell.2014.12.013 (2015).
  2. Hayashi, K., Ohta, H., Kurimoto, K., Aramaki, S. & Saitou, M. Cell 146, 519-532 (2011).
  3. Hayashi, K. et al. Science338, 971-975 (2012).
  4. Kee, K., Angeles, V. T., Flores, M., Nguyen, H. N. & Reijo Pera, R. A. Nature462, 222-225 (2009).
  5. Gafni, O. et al. Nature504, 282-286 (2013).

【関連記事】

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150832

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2015.151024

注目記事