akachannikibishiikuni

子育てをしやすい世の中にしよう。そんなメッセージが、気がつくと世の中を飛び交っている。あるいは、いつの間にかそういう気持ちになっている人も多い気がする。
ここでも何度か記事にしてきた赤ちゃん先生プロジェクト。書籍「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」の中でも重要な位置を占めている。
「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」がいよいよ出版へ向かっていると、前回の記事で書いた。→無謀な書籍化に、長野智子さんから推薦文をいただいたこと、出版記念イベントのことなど
「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。」の無謀な書籍化。無謀にも今週入稿が完了した。もうあとには引けないじゃないか。
そうです、あなたが言いたかったことが、つまりあなたが書いたも同然の本が、ぼくの名前で世に出ます。
ということで、ソーシャル出版という試みをやってみます。ジャンル外の書き手の文章を、本を初めて出す出版社が世に送りだす無謀さ。どうなることやら。本にするプロセスも少しずつここで書いていくから、ぜひ応援してください!
その小柄な女性に話を聞いたのは、横浜の小さな会議室での1時間半ほどに過ぎない。その短い時間、彼女から発せられるエネルギーをめいっぱい浴びていた感じだった。
子供ができないと、子育ての大変さも素晴らしさもわからない。わからなかったことを恥じ、後悔もしている。だからこそ、ぼくに語ってくれたのだろう。後悔したことを誰かに語り、若い後輩たちに伝えたいのではないだろうか。
「赤ん坊が泣きやまないことは普通にある」。そのことを知っているか、知らないか。体験したか、してないか。誰かに教わったか、教わってないか。・・・体験してないと「母親なら赤ん坊を泣きやませろよ、それが母親の責任だろう」と考えてしまうのだろう。このギャップは、埋めようがあるのだろうか。
この年末年始もそうだったが、ソーシャルメディアを使うようになったこの数年間でも何度か、赤ちゃんの泣き声だのベビーカーだのレストランだの、子育てを巡る激しい議論が巻き起こった。ぼくはその度に『トゥモロー・ワールド』の先のシーンを思い出す。