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大学を卒業したばかりの頃だ。当時の上司から「学生気分が抜けていない」と叱られた。「この会社でやりたいことを見つけて、そこに熱意を注ぎなさい」と言われた。至極もっともな意見だ。たしかに私は、仕事に対してやる気のない、ふぬけた会社員だった。
最初の可能性ですが、PVが右肩上がりに増えていけば良いのでしょうが、どうしてもある一定の数字に達するとしばらくの間頭打ちになることはよくあります。それ以外にもブログを毎日書き続けるというのは結構しんどいことで、続けたから何になるという話がどうしても付きまといます。
次にやってくる大きなトレンドはなんだろうか?ティーンエイジャーにとってFacebookが終わりを迎えつつあるのだとすれば、やはり話題のSnapChatだろうか?あるいはInstagramなのだろうか?
イラストや映像、あるいはパフォーマンス――手法は問わず、「自己表現」の得意な人がいる。そういう人はファンとアンチを獲得しながら、どんどん有名になっていく。「嫌い」は「好き」の次に強い感情であり、愛に近い。それゆえに、有名な人には口さがない批判が浴びせられる。自己表現の苦手な人は、誰かを批判することでしか自分を語ることができない。
ソーシャルメディアの空間がコントロールの難しい「万人の万人に対する闘争」と化す中、闘争を助長しかねないものとして、「2ちゃんねるまとめ」や「NAVERまとめ」、「Togetter」など、ユーザー自身がネット上の情報を編集できる「まとめサイト」の存在がある。
文章を書くという仕事は、ゼロを1にする作業だと思われがちだ。小説や脚本、ゲームシナリオなどの創造的な文章ならばなおさらだ。しかし実際には、文章を書くというのは100を1にする作業だ。文章を書けるかどうかは、このことに気づけるかどうかだと思う。
ブログは、職業も立場も問わない情報発信の場だ。言語化の訓練を積める場だ。書き続けていれば、「いくつになっても面白い人」になれる。ブログを書き続けていれば、思考力を深められる。人生を、他者の模倣ではなく、自分のものにできる。少なくとも私はそう信じている。
最初の意見への反対意見に納得し、それに対する反対意見に感心し、さらにそれへの反対意見に説得され、しまいには何が正解かがよくわからなくなる。そうなってしまったテーマがいくつもある。
インターネット上でプロな人になりたい人も、アマチュア精神を究めたい人も、どうか、今の自分が選択している発信媒体と活動を大切にして、そのアカウント・その媒体で続けてみる気持ちを手放さないで欲しいと思う。たとえ活動継続が困難に陥った時も、いったん休火山になって、アカウントを消すのを躊躇ったほうがいいかもしれない。
ハンス・リーネッシュ氏は、世界中の大学生たちにとって、ある意味ヒーローかもしれない。1100種類を超える世界各国のインスタントラーメンを食べ、自身のブログ「The Ramen Rater」にレビューを書いているのだ。