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ハフポスト日本版
9月は防災月間。東日本大震災で実家・宮城県が被災した犬山紙子さんと、女性の視点から防災について考えました。
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防災にまつわるストーリー

被害写真の撮影、罹災証明書の申請、片付け時の注意点がわかりやすくまとまっています。
今後30年間で強い揺れに見舞われる確率を示した「地震動予測地図」の最新版が公表されました。日本国内で相対的に確率が低い地域でも、油断は禁物です。
2021年3月11日、全国2000人の子どもたちが遺族の話を聞く「防災と命の授業」がオンラインで行われた。主宰したのは、認定NPO法人「カタリバ」。
2011年3月11日、番組のロケ中に被災したサンドウィッチマン。毎年、気仙沼から思いをつづってきた。
「東日本大震災の余震とみられます」という言葉、大地震の後の報道でよく見聞きしますが...
「こちらはだいじょうぶ」「家はもうない」「生きてればオーケー」「妹をたのむよ」...。宮城県東松島、仙台、神奈川、広島。離れ離れに暮らしていた家族をつないだ、8通の交信記録。
「何かしなくては」という思いと、自信が持てない自分との狭間で悩み続けた日々。兼子佳恵さんが走り続けた10年間のこと。
2011年3月11日、NHKのヘリコプターからの中継映像は、海沿いの町をのみこむ津波を克明に捉え続けていた。カメラを握っていたのは、当時、NHK福島放送局の報道カメラマンだった鉾井喬(ほこい・たかし)さん。入社1年目、その日がまだ5回目のフライトだった。 ※この記事には津波の描写があります
「女性の力、思いを押し殺すことによって『絆』が成立するという古典的な共同体を推奨する動きが非常時には出てきやすいですね。東日本大震災でもありました」
いまから10年前、東日本大震災後の南相馬市をはじめとする被災地で「編み物」が人をつなげることに一役買ったのを、ご存じだろうか。
津波で被災した地域と、無事だった地域の両方から子どもたちが通っていた学校。「これから何がしたい?」なんて話はとてもできなかったからだ。
東日本大震災の被災地を取材中に大きな余震。「揺れが収まったら大丈夫だと思っていた。でも本当は危なかったんだ」。今村彩子監督は命に関わる情報格差を身をもって知った。