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ところで、これは道徳的な主張であるとか、西欧の価値観をそのまま日本の伝統の上に押し付ける主張であるかのように受け取られるおそれがある。今回の小論は、そう思われないための弁明である。「考えることの能力」という観点から、この課題がどのようなものであるのかを説明し、その内容が私たちの生活と将来に貢献できることを示したいと思う。
筆者がわざわざ精神分析の言葉を引用しながら、「日本的ナルシシズムの克服と自我の確立」などと大げさな言葉を用いて語ろうとしている内容は、1948年にすでに太宰が語ったことを、現在の文脈の中で言い直しているだけである。
人間のこころについて、それを閉じた計算機のアナロジーで考える立場がある。この場合に、一人の人間という固体の中には、予め生存に必要な計算を行う材料が遺伝情報のような形で内在的に備えられており、それが時間経過に沿って展開することで、人間としての十全な知性が発揮されるようになると考えられる。