jiyushugi

資本主義や自由主義の普及──は、少子化をもたらすだろうか?
難しいのは、自由主義と民主主義が直ちに整合的であるとは限らないことだ。
日曜日にやってくる選挙日を迎えるにあたり、19歳で渡米して40歳を過ぎるまで日本を離れていた浦島花子は、生まれて初めて自分の国で投票会場に行くことにワクワクしている。
昨日の記事の中でも、「小さな政府」「自由主義」という単語を使わせていただきました。政策を語る上で避けて通れないこうした政治思想の違いですが、これって一体なんじゃらほい?
本日は党の今後を占う両院議員総会、並びにその前に「地方議員の声を聞く会」なる党の会合が行われました。先般の様々な報道の通り、私の所属政党のいざこざで、支援者・有権者・都民の方々には多大なるご迷惑とご心配をおかけしておりました。
いまの日本は、「専業主婦が家庭で育児するのが日本の伝統的家族観」というような現実の歴史と反する勝手な史観を振り回すオレオレ保守と、反テクノロジー・反経済成長を言い募る懐古主義的な和式リベラルという極端な二つの党派が前景化しているという、非常な奇妙な状況になってしまっている。
すこし前に「リベラルが保守反動になった」という話を書いたところ、「リベラルの定義はなんですか?」という質問をいただきました。これはなかなか難しいのですが、わかる範囲でこたえてみましょう。
理想が実現してしまえば、その成果である現在を理想化するしかありません。こうして夢を語れなくなったリベラルが保守反動となり、穏健な保守派が"ネオリベ的改革"を求める奇妙な逆転現象が生じたのです。