minamisoma

福島第一原発事故による避難指示が続く福島県の南相馬市小高区に、ロボット開発の拠点が誕生した。菊池製作所・南相馬工場で3月13日、同社が各大学と共同開発しているロボットたちの成果発表会が開かれた。
震災と原発事故は、地域経済・地域社会のシステムを根底から変えただけでなく、そこに住む人々の心の中をも別の色に染め変えてしまった。
南相馬でしか出来ない研修をしたい、と私は思っています。そして、南相馬で経験したことや感じたことを、多くの人に知っていただけるよう発信していきたいと考えています。
「いい医療をすれば、周囲はわかってくれる」というのは、あまりにも幼稚で、独りよがりだ。
今年の2月頃に脳神経外科の後期研修先を探していたところ南相馬市立総合病院の及川友好医師を紹介していただき、平成26年5月から南相馬市立総合病院脳神経外科で働かせて頂いています。
復興は遠く、被災地の苦難は続いている。新しい考えが求められている。地域の問題を、地元の人々の愛郷心と努力に過剰に頼って解決しようとするばかりでは、あまりにも当事者となった人々の負担が大きい。
あれから3年経ち、震災がぼくたちに何をもたらしたかを考えてみる。3月16日、震災から数日後に書いた自分のブログ記事を読み返してみた。
My Eyes Tokyoハフィントンポスト版「311特集」。2011年3月11日の東日本大震災発生以来、宮城県南三陸町を拠点に震災復興支援活動を続ける"O.G.A. For AID"の運営理事、 アンジェラ・オルティスさんをご紹介しております。
1945年の3月10日は東京大空襲が行われ、2011年の3月11日には東日本大震災が起きた。どちらも、私たち日本人にとても大きな喪失をもたらした。「過去を振り返らずに明るく前向きに考えるべきだ」という言葉が世間ではよく用いられる。その意味は分かる。それよりも、苦悩に導くような感情や記憶を意識から排除した方が、多忙な日常生活を乗り越えていくためには有用である。しかし、やはり複雑な気持ちになる。
つい先月再選を果たした南相馬の桜井市長が有楽町駅で訴えかけた。「80歳を過ぎた高齢者が「助けてください」と言って、家族とバラバラにされて、孫とも子ども離ればなれになって住まわされていことを東京の皆さんは本当に知っているのでしょうか。」