minamisudan

日本に帰国した今、改めて「立ち止まる」勇気が僕には必要だ。
難民支援と同様に大切なのが、受け入れる側の地域社会への支援です。
人道支援に携わる者として、すべての命を救うことができない歯がゆさを感じる。
「公文書は国家・国民の病状に対するカルテです」――自衛隊PKO日報問題、森友問題などから考える。
自衛隊がいなくなった今、南スーダンの紛争は「どこか遠くの世界の出来事」に過ぎなくなってしまったのだろうか。
普段日本の大学という恵まれた環境に身を置いている僕は、彼らのように強くは生きられないかもしれない。
南スーダン政府ならびに反政府勢力の指導者たちが、殺害やレイプ、強制追放といった重大犯罪を阻止せず、また加害者の責任も問わないでいる。
アフリカのいわゆる現場へとやって来ると、滞在わずか5日目にして早くも、僕は「あるジレンマ」を感じてしまっていた。
私と同じ年齢の女性が、自分の家族が、いや自分一人が生きていくだけでも大変な状況に置かれているにもかかわらず、孤児7人の面倒まで見ている。
つくりは簡素なものの約10日間でできあがる、木の柱をビニールシートで覆った仮設教室を作りました。
数で見られがちな難民にも「名前」があり、支えるべき「家族」があり、そして命をかけて生きている「人生」がある。
マディ族出身のマーガレットさん(仮名)(23歳)は、昨年7月に紛争が再燃した後、故郷を追われてウガンダへと逃げてきた。
難民となった子どもたち、少年兵だった青年たち。過去は変えられないけれど、現在も自分の力ではどうにもできないけれど、でも、未来は変えられる。
一個下の学年までも1日から本格的に就活が始まっている姿を見て、全く不安を感じないわけではない。
約50,000人を抱えるコリオ難民キャンプでは毎日5人ものペースで難民が病死するなど、深刻な人道危機が続いている。