nipponshakai

可視化されたルールや契約・義務を設定する努力の乏しさ。先日の芸能界での騒動は、私が日本社会の特徴として考えていたことへの確信を強めてくれた出来事でした。
今回、特に新たな文章を書いて話題にしたいと思ったのは、「強迫機制による防衛」である。
ところで、これは道徳的な主張であるとか、西欧の価値観をそのまま日本の伝統の上に押し付ける主張であるかのように受け取られるおそれがある。今回の小論は、そう思われないための弁明である。「考えることの能力」という観点から、この課題がどのようなものであるのかを説明し、その内容が私たちの生活と将来に貢献できることを示したいと思う。
20世紀的な大組織(BIG)に代わる、新しいプロセス、新しい生態系等に関する社会全体としての構想/グランドデザインやそれに関わる準備は、日本ではまだまったく始まってもいないというべきだろう。大変な課題だが、私もできるだけ早く、何らかの貢献ができるよう頭を整理しておこうと考えている。