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宮城県石巻市の大川小学校で、東日本大震災の津波の犠牲となった児童らの遺族が宮城県と石巻市を訴えた訴訟で、仙台地裁は26日、地震後の避難で学校側に過失があったと認定し、約14億円の支払いを市と県に命じる判決を言い渡した。
震災から今日に至るまでの間、遺族たちは、どのような思いで結審を迎えたのか。
保存か解体かを超え、議論の場の継続を求める声が相次いだ。
遺族は司法の場に期待している。
遺族たちは、証人尋問の期日が被告側の都合で4カ月も先延ばしされたことに対して、口々に不満を述べた。
11月13日には、仙台地裁の裁判官によって、被災校舎や周辺の裏山などの現地視察が行われた。
乗客と運転士合わせて107人が死亡、負傷者562人を出した2005年4月25日のJR福知山線の脱線事故から、まもなく10年を迎える。
大川小学校の被災校舎をめぐって保存か解体かを決める地元住民による初めての話し合いが行われ、アンケート投票の結果、保存を求める意見が最も多くなりました。
東日本大震災の大津波で、学校で最大の悲劇の場所となった宮城県石巻市の大川小。壊れたまま残る旧校舎の前で、先生の息子の大学生が震災のことを語り始めた。
東日本大震災の大津波で、多数の友人や恩師を亡くした宮城県石巻市の大川小学校の卒業生達が4月6日、仙台市で「母校の校舎を遺して」と意見表明を行った。子どもたちの学習支援を通じて心のケアを行ってきたNPOが主催した。
2011年3月11日の東日本大震災で発生した津波により、74人の児童と10人の教師が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校。大川小の事故を取材し続けているフォトジャーナリスト加藤順子さんが、今回の提訴に至った経緯をリポートする。
東日本大震災の大津波で、児童と教職員84人が亡くなった宮城県石巻市立大川小学校の災害で、死亡・行方不明の児童23人の19家族が3月10日、石巻市と宮城県に対して、1人当たり1億円、計23億円の損害賠償を求めて仙台地方裁判所に提訴した。8人の父親が、代理人の弁護士らと共に仙台地裁を訪れ、訴状を提出した。
東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の児童23人の遺族が3月10日、「学校は津波を予見できたのに、子どもたちを安全な場所に避難させなかった」などとして、石巻市と宮城県に対して1人当たり1億円、計23億円の損害賠償を求めて仙台地裁に提訴した。
2011年3月11日の東日本大震災で発生した津波により、74人の児童と10人の教師が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校。児童たちの遺族と生還した児童が11月23日、東京都内で行われたシンポジウムに参加し、現在の心境を語った。震災当時小学5年生だった児童(14)は、「校舎を震災遺構として残してほしい」と訴えた。また、遺族からは石巻市教育委員会や文部科学省が立ち上げた第三者検討委員会の真相解明に対する消極的な姿勢に疑問の声が上がった。