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カリフォルニア州では「医師による安楽死を認める法案」が6月4日に上院で可決されていたが、カトリック教徒が多い地域出身の議員からの反対を受けて下院への提出が断念された。しかしこの法案の推進者たちはまだ諦めていないようだ。
がんで死ぬということは、自分のコントロールを少しずつ失うということです。そんな時、尊厳死という「選択」が与えられたことで、そのコントロールを少しでも取り戻すことが出来るのかもしれません。
日本国内では、回復の見込みがなくなった人の死期を、医師が薬などで早めることを「安楽死」とし、患者の意思を尊重して延命治療をやめる「尊厳死」と分けている。
オレゴン州在住の女性、ブリタニー・メイナードさんは、末期癌という診断を受け、 尊厳死の選択という患者の権利を積極的に提唱してきた。地元紙「オレゴニアン」によると、ブリタニーさんは11月1日に29歳で死去した。
彼女は自分の病気の予後や終末期医療などについて慎重に考慮して、自宅のあるカリフォルニア州サンフランシスコ湾岸地域から、オレゴン州に転居することを決断しました。
ブリタニー・メイナードさんは11月1日に死ぬことを計画している。そして、自分と同じ境遇の他の人々にも終末期の選択肢を広めようと活動している。
やがて訪れる「人生の終わり」。この瞬間を、私たち誰もが避けることはできません。愛する家族や仲間に、いずれかのタイミングで、最後の別れを告げなければなりません。非常に感情的な瞬間です。死にいく人の恐怖感や孤独感、残される家族や仲間の悲しみやストレスの大きさは計り知れません。その人生の終わりを決定するのは誰でしょうか? 自分で決めるべきなのでしょうか? それとも、家族、医師、あるいは政治家や法律家が決めるべきなのでしょうか?
曽野綾子氏の『人間にとっては成熟とは何か』は「2013年・年間ベストセラー」の総合7位を記録した。年の瀬、『週刊ポスト』新春合併号に掲載された曽野氏の年頭エッセイ「浅き夢見て」を読んで卒倒、曽野氏の薫陶が世に受け入れられている現状を知れば、そこに懸念を向けて、年末の挨拶に代えさせていただくことをお許し願いたい。
スティーブン・ホーキング博士が、安楽死や尊厳死を選ぶ権利について支持する考えを示した。このことに、海外ではどのような反応が怒っているかを紹介する。