tdf2014

3週間前、遠く英国の地で、マルセル・キッテルの区間勝利と共にツール・ド・フランスは始まった。そして7月最後の日曜日、おなじみのパリにて、やはりキッテルの勝利で101回目の大きな輪が閉じられた。3664kmの長くて辛い旅を、164人の勇者が走り終えた。前夜の個人タイムトライアルで、総合表彰台も各賞ジャージも、すでに戦いは決していた。スタート地エヴリーからシャンゼリゼ入場までの約80kmは、アタックもなければ、飛び出しもない。いわゆる慣習に則って、ゆっくりと時が紡がれた。
まるで蒸し風呂に入っているような蒸し暑い日に、ヴィンチェンツォ・ニーバリは、英国から続けてきた長い黄色の旅をほぼ完結させた。54kmの個人タイムトライアルを、区間勝者トニー・マルティンから1分58秒遅れの区間4位で終え、総合2位以下とのタイム差も7分52秒にまで広げた。
ピレネーの高い山々は、背後に遠ざかった。パリの石畳が、少しずつ近づいてきた。最終盤に4級峠が1つあるだけの、平坦コース。翌日に「最後の審判」個人タイムトライアルを控える総合争いの選手にとっては、静かな移動ステージに、山をじっと我慢してきたスプリンターにとっては、最終日シャンゼリゼの大集団スプリントの「予行練習」になるはずだった。ただし、2014年の夏は、選手たちにとことん優しくなかった。
ピレネー難関山岳3日目。総合争いを繰り広げてきた選手にとっては、これが正真正銘、3週間で最後の「直接対決」のチャンスだった。
124.5kmの短距離走を、プロトンは全速力で駆け出した。ひどく暑く、ひどくめまぐるしい午後の、始まりだった。スタート直後に8人が飛び出した。ユーロップカーのシリル・ゴチエと、我らが日本の新城幸也も潜入した!「今日の第一の目標は、最初の逃げに飛び込むこと。ドン!で逃げて、それが綺麗に決まって」(新城幸也、ゴール後インタビューより)あっさり抜け出したが、そこから先がきつかった。なにしろ後方プロトンから、1分05秒以上のリードを奪うことができない。
「数的優位は、時に、不利となる」こんな風に、トマ・ヴォクレールは、ゴール後に唇をかんだ。バニェール=ド=リュションでは過去3回、栄光を手に入れてきた。2010年第15ステージ、2012年第16ステージ、さらに2013年ルート・デュ・シュド。だからこそ、モチベーションは高かった。10月末のルート発表時から、このステージに狙いをつけてきた。結果は2位だった。「ボクがネオプロなら、2位という結果に満足できるのかもしれないけれど……。ひどくがっかりしている。完全なる失敗だ」(ヴォクレール、ゴール後インタビューより)
休養日の前の、移動ステージだった。スタート直後にマルティン・エルミガーが飛び出し、ジャック・バウアーが共鳴すると、プロトンは遠ざかっていく背中を温かく見送った。アルプスを抜け出して、風光明媚な南仏プロヴァンスを駆け抜けながら、「最初の100kmはのんびり」(新城幸也、ゴール後インタビューより)した雰囲気が漂った。主導権はスプリンターチームが握った。最大8分50秒のタイム差を与えたが、久しぶりのピュアスプリンター向け大集団ゴールへ向けて、きっちりコントロールを請け負った。
雲が再び頭上に戻ってきた。リベンジを誓う選手たちが、こぞって飛び出した。前日はゴール前13kmまで逃げ続けたが、単なる敢闘賞に終わったアレッサンドロ・デマルキ。その直後にメイン集団から抜け出したが、マイヨ・ジョーヌに付き離されたラファル・マイカ。第10ステージのレ・プランシュ・デ・ベルフィーユで、やはりイタリア王者に残り1kmで振り切られ、前夜には虎の子のマイヨ・ア・ポワさえ奪われたホアキン・ロドリゲス。さらには、あらゆる手を尽くしたけれど、どうしても勝てなかったペーター・サガンさえも、エスケープにもぐりこんだ。
マイヨ・ジョーヌが完璧なる王者の証明を済ませた。アルプス超級シャンルッスの山頂で区間3勝目を奪い去り、総合2位とのタイム差を3分37秒に開いた。パリまで1週間。2014年ツール・ド・フランスの総合優勝は、ほぼ決したと言ってもいいだろう。山でもはやライバルのいないヴィンチェンツォ・ニーバリに、もちろん、クリス・フルームやアルベルト・コンタドールを泣かせたような落車の不運が襲い掛からない限りは、である。
短い晴れ間をプロトンは楽しめただろうか。休養日から夏らしいお天気に恵まれているツール一行だが、3日後の日曜日からは再び下り坂の予報。ちなみに翌日からは、大バトルが繰り広げられるであろう、アルプス山頂フィニッシュ2連戦が控えていて......。だから今日こそは、誰もが本物の「移動ステージ」を待ち望んでいた。
クリス・フルーム、アンディ・シュレク、そしてアルベルト・コンタドールの元マイヨ・ジョーヌ3人が、落車による負傷で大会を去っていった。現役最多の区間25勝を誇るマーク・カヴェンディッシュは初日に姿を消し、さらにはマイヨ・ジョーヌ着用日数が現役最多28日のファビアン・カンチェラーラは休養日に自宅へ帰った。孤児のようになってしまった2014年ツール・ド・フランスは、それでも走り続ける。生き残った179選手は、ツール後半戦へと走り出した。晴れたフランスの大地を……。
黙示録のような旅は、ヴォージュ3日目も続いた。あちこちでは局地的な大雨が叩きつけた。雲間がわずかに途切れると、7月の太陽が、急激にかあっと照りつける。山に入れば一寸先も見えないほどの濃霧。暑くなったり、寒くなったり。たとえ晴れてはいても、道はじっとりと濡れていて......。ディフェンディングチャンピオンのクリス・フルームを遠くへ連れ去った悪天は、大会10日目のこの日、総合大本命アルベルト・コンタドールを地面に叩きつけた。
フランスの栄光の日々は続く。昨ステージはフランス人が今大会初の区間勝利を上げた。革命記念日の前夜には、フランス人がマイヨ・ジョーヌを手に入れた。フランス人にとって1年で1番誇らしい日に、つまりフランス人が、黄色の素敵な上着でツール・ド・フランスを走るのだ!どこからどう見ても100%エスケープ向きのステージだった。スタートから道は上り始め、スタートから大規模のアタック合戦が巻き起こった。そんな中で、チーム ユーロップカーが、とてつもない賭けに出る。
スタート地では多くの関係者が口を揃えてこう言った。「今日から本物のツール・ド・フランスが始まるんだ」。そうなのだ。総合リーダーたちが待ちに待った、ヴォージュ山岳3連戦がついにやって来た!開幕からずっとプロトンを邪魔してき雨雲は、しかし、あいもかわらず付いてきた。天空では雷鳴が鳴り響き、ヴォージュの青い線は白い霧でぼやけた。時には局地的な豪雨も襲ってきて……。
スタート地のあちこちから、シャンパンで乾杯する陽気な声が聞こえてきた。雨は上がった。ステージ序盤は寒さと風に悩まされたものの、ゴールが近づくにつれて気温は徐々に高まり、太陽も顔を出してきて……。観客や関係者たちは、ようやくツールらしい楽しげな雰囲気を満喫した。プロトン内の選手たちは、あいもかわらず、ストレスいっぱいの1日を過ごすことになる。
ツール・ド・フランス2013の総合優勝者、クリストファー・フルーム選手(イギリス、TEAM SKY)が、世界初イギリスからフランスまで、ユーロトンネルを自転車で走破した動画が公開された。フルーム選手が所属するTEAM SKYのスポンサーを務めるJaguarが製作したプロモーションビデオで、メイキングも公開されている。
恐ろしい石畳ステージは乗り越えた。「とりあえず生き残った」(ブライアン・コカール)、「落ち着いて平静な気分」(ヴィンチェンツォ・ニーバリ)と、ほっとした気分を抱える選手も多かった。
本家パリ~ルーベは、2002年以来、泥んこレースから遠ざかっている。ところが2014年7月、石畳クラシックにとって、ある意味では最高に理想的な条件が揃った。朝からの大雨に、気温は4月並みの15度程度。風は強く、石畳路の上にはいくつも大きな水溜り。まさしく、北の地獄が、ツール・ド・フランスのプロトンを笑顔で手招きしていた。
ツールがいつもの表情を取り戻した。英国に比べたら、たしかに観客の数は少ないかもしれない。けれども、バカンスシーズンに入ったばかりのフランスは、「おらがツール」を暖かく迎え入れた。
雨の月曜日も、変わらぬ熱狂が英国の地を包み込んだ。ヨークシャーでの週末で500万人以上の観客動員を記録した2014年ツール・ド・フランスは、ロンドンで荘厳に第一幕を締めくくった。1974年にツールが英国に初上陸して以来、この日までに全部で8ステージの戦いが行われたが、またしてもイギリス人の地元勝利はならなかった。女王様のお膝元で、ドイツ人マルセル・キッテルが今大会2勝目を上げた。