tetsugaku

そもそも、こども哲学にはこれが正しいやりかた、という正解がない。
3歳の娘が絵を描いているときに「何を描いているのか」と質問してしまう自分に気づいた。
大人の役割とは何かを考えると、大きく分けて2つあるように思う。
二つの奇妙な共通点がある。
「共通感覚論」「述語的世界と制度」などの著作がある。
「自分は他者の役に立つ」、すなわち「他者に貢献できる」と思えた時にこそ自分に価値があると感じられます。(岸見一郎さん)
「なんで辞めんねん!」と思うのですが、ある時気づいたんです。「人が辞めるのは、辞めることで自分の理想を実現したいからだな」と。
時代や社会や人生がどんなに悲惨で不条理なものであっても、人間はその運命を自ら切り拓くべく努力し行動し続けなければならない。
社会で適応して生きていること自体が、倫理的な負い目と感じさせられるような感覚を持つことがある。
哲学対話を勉強し始めてからは、世界が一つになり平和になるということはみんなが同じ考え方をすることとは違うと思うようになりました。
沖縄の辺野古埋め立てを巡っては、議論が完全にすれ違っているようで今後の展望がよく見えません。
「信念」という言葉を巡って、僕はいつもウロウロしている。ひとはさまざまな「信念」を持って生きている。僕から見ればかなりエキセントリックに思える「信念」を持っておられる方もたくさんおられるし、自分のなかにあった「信念」が時を経て修正されたものもある。
いまの人々は、いくつもの「自分」を持ってバーチャルであれリアルであれ世界を自由に駆け巡っているどころか、他人を信ずることができず、他人との関わりを最小限にとどめながら、もっぱらロボットに愛や癒しの対象を求めようとするようになっている。
『アローン・トゥゲザー』は、今世紀の00年代にタークルが行なった多くのインタビューをまとめた本だが、苦い認識と深い反省に満ちている。
臨床心理学者で精神分析家のシェリー・タークルの近作、『アローン・トゥゲザー』は、実に悩ましい本だ。本の表題は「つながっていても孤独」と訳されることが多いが、彼女のいう「トゥゲザー」は、オンラインのつながりよりもむしろ、会議や会食のような状況を想定している。