tsunami

11月22日午後10時8分ごろ、長野県北部を震源とする最大震度6弱の強い地震があった。長野市と長野県小谷(おたり)村、小川村で震度6弱、同県白馬村、信濃町で震度5強の激しい揺れを観測した。
被災者たちは、まだ真実が世間に知られていないと言う。その痛みから社会が何かを学んで一歩前に進まないと、被災者の「治癒」は始まらないのだろう。韓国の「セウォル号事故」と重なり、途方に暮れた。
東日本大震災で569名(2014年1月31日現在)が死亡した宮城県雄勝郡女川町。被災時に、町内にあった七十七銀行女川支店の行員は支店の屋上に避難したものの、屋上を超える20メートル近くの巨大津波が襲い、12名が死亡・行方不明となった。銀行が安全配慮義務を怠ったとして、遺族は損害賠償請求の訴訟を起こしたが、2014年2月25日の一審判決では原告である遺族側の請求が退けられた。遺族は控訴したが、被告側にあたる銀行側の主張との溝は埋まらない。
2011年3月12日。東日本大震災による巨大津波の影響で、福島第一原発の一号機が水素爆発を起こしたちょうどその時。実は第一原発から直線距離にして、わずか12キロしか離れていない福島第二原発も、第一原発と同様の危機に直面していました。
東日本大震災の大津波で、多数の友人や恩師を亡くした宮城県石巻市の大川小学校の卒業生達が4月6日、仙台市で「母校の校舎を遺して」と意見表明を行った。子どもたちの学習支援を通じて心のケアを行ってきたNPOが主催した。
津波が数十センチと聞くとたいしたことがないように思われがちだが、津波が50cmになると成人男性の8割が流されるという。
日本の根源は殆ど目には見えないが、仏教である。仏教は、人間の存在に関する第一の法則は苦難であると説いている。近年輩出された高僧の一人は、人生の意味を聞かれて、ただ一言「総てのものは移り変わる」と答えている。
2011年3月11日午後2時46分。私は国会で取材中にあの激しい揺れを体験した。大きく揺れるシャンデリア、植木鉢が倒れ、女性国会職員が悲鳴を上げた。
3年前の3月11日朝。英国の自宅にいた私は家人に体を揺り動かされて、目覚めた。「日本で大変なことが起きたよ。大きな事故だ」。眠気がおさまらず、こんな言葉をぼうっとして聞いた。事故、大きな事故―?「東京でも、電車がみんな止まっている」。この言葉でベッドから飛び起きた。
彼の日より沢山の皆様に応援のメッセージを頂きながら、生かされた日々を紡いで、この2月に80を越した命がここにあることを有り難くも重く受け止めながら、感謝の気持をお伝えしたいと思います。
3.11に限らず、毎日どこかで何か考えさせるポイントはあります。例えば3.10は1945年、東京大空襲があって一晩で死者が10万人以上を数えた日です。毎日、誰かにとって、特別な日になります。私は、なにかしらの特別な日とは、 事実を再確認した上で考え、そして発信なりアクションなり、前に進むきっかけになる日だと思ってます。
あれから3年が経ちました。改めて、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。被害を受けた地域では、いまだ行方が分からない方や、今も厳しい状況にある方が数多くおられます。被災者の皆さんをいかにして支えていくかは、政治はもとより日本社会全体の最も重要な課題です。
東日本大震災から11日で3年になる。約26万7千人が今なお、避難生活を強いられている。仮設住宅には約10万4千世帯が暮らし、岩手、宮城、福島の3県のプレハブ仮設住宅の入居率は約84%に上る。同時期の入居率が50%台だった阪神大震災と比べて、暮らしの再建の遅れが目立つ。
この門脇小学校は、石巻の人々の深い苦しみと悲しみを内包しながらも、 前へ前へ進もうとする東北の人たちの象徴として、このまま立ち続けるのか? それとも、取り壊されるのか?
東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の児童23人の遺族が3月10日、「学校は津波を予見できたのに、子どもたちを安全な場所に避難させなかった」などとして、石巻市と宮城県に対して1人当たり1億円、計23億円の損害賠償を求めて仙台地裁に提訴した。
日本テレビディレクター、武澤忠。あらためて忠は『リアル×ワールド ~3years…母と僕の震災日記~』(3月8日10:30〜日本テレビで放送)で、「母・順子の本音」と「被災地の真実」に迫る。テレビマンとして、息子として、追い続けた被災地の母は彼にどのように映ったのか。忠のライフストーリーから、東日本大震災発生から3年が浮かび上がる。
東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町のラジオ局に密着したドキュメンタリー映画「ガレキとラジオ」に、「やらせ」があったことが分かった。娘と孫を津波で失った女性がラジオに励まされる場面が描かれるが、実際はラジオを聴いていなかった。
東日本大震災の津波によって流された写真と手紙――これらに触発されたアーティストたちが、音楽、映像、デザイン、写真、詩などで表現する総合芸術プログラムが2月28日から東京芸術劇場で開催される。
2011年3月11日の東日本大震災で発生した津波により、74人の児童と10人の教師が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校。児童たちの遺族と生還した児童が11月23日、東京都内で行われたシンポジウムに参加し、現在の心境を語った。震災当時小学5年生だった児童(14)は、「校舎を震災遺構として残してほしい」と訴えた。また、遺族からは石巻市教育委員会や文部科学省が立ち上げた第三者検討委員会の真相解明に対する消極的な姿勢に疑問の声が上がった。
キャロライン・ケネディ駐日米国大使は21日、米軍横田基地(東京都福生市など)を訪問した。基地の兵士や家族らを前に「皆さんの献身に感謝します」と語り、一人ひとりと握手を交わすなどして交流した。