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3.11から間もなく4年、福島第1原発の過酷事故はすべて、想像を超える巨大津波に起因するという根拠のない思い込みが、日本社会を覆っている。
ネット環境が進化してから、紙の新聞を読まないことが一つの「スタイル」となった。論壇誌、週刊誌、タブロイド紙、ネットの朝日新聞バッシング・フェス(祭り)を見てみても、これは市民権をえた生き方となりつつあるようだ。
9月11日に公開されたいわゆる「吉田調書」には、驚天動地の新事実も、闇を照らす秘密の暴露もない。ここから無理やり特ダネを"捏造"した朝日新聞への大批判は、当然の帰結だろう。
2014年9月12日18時過ぎ、東京地下鉄(東京メトロ)国会議事堂前駅最寄りの内閣総理大臣官邸(以下、総理官邸)前では、原子力発電所(以下、原発)再稼働反対と安倍晋三総理大臣辞任の両方を求めるデモに遭遇した。先頭は太鼓などの楽器を使い、参加者全員が熱唱後、代表者が原発再稼働反対を強く訴えた。その列は国会議事堂前駅の3番出入口付近から始まり、4番出入口を通り過ぎたあたりまで続いていた。
早いもので、地方創生担当国務大臣を拝命してから一週間が過ぎました。
政府は9月11日、吉田調書を、ホームページで公開した。関係者を非公開で聴取した政府事故調の調書が公開されるのは初めて。
朝日新聞社は9月11日、5月20日付朝刊「『吉田調書』入手」について「誤った部分があり、訂正する考えだ」として訂正し、東京本社で記者会見を行った。記者会見で配布された、[5月20日付朝刊「『吉田調書』入手」の記事について」]の全文は以下の通り。
政府は9月11日、福島第一原発事故当時、所長だった吉田昌郎氏に当時の状況を聞いた、いわゆる「吉田調書」を内閣官房ホームページで公開した。政府が公開したテキスト埋め込みがされていないPDFファイルを、機械読み取りでテキストデータ化した。部分的に不正確な箇所もあるため、元の書類も合わせてご覧頂きたい。
東日本大震災発生時に福島第一原子力発電所で所長として対処にあたった吉田昌郎氏が、菅直人首相(当時)に強い憤りを覚えていたことがわかった。
2011年3月13日、東京電力福島第一原発の吉田昌郎(まさお)所長は首相官邸から電話を受け、原子炉を傷める3号機への海水注入を断念して淡水に変更した。電話の相手は誰だったのか。東電が12年に開示した社内テレビ会議録で判明しなかった事実について、吉田氏は政府事故調査・検証委員会の聴取でも「記憶が欠落している」と答え、その人物の名を口にしていなかった。