情報技術革命に思う-第二のマイクロソフトはどこに:研究員の眼

マイクロソフト社が86年に上場してから今年で30年目を迎えた。

今から遡ること27年前、私が駆け出しの社会人時代、研修先のニューヨークにある投資銀行で新しい表計算ソフトが試験的に導入された。

今では信じられないが、当時のパソコン端末は1台9000ドル(当時の為替レートで120万円)。日本では4~50人の職場に1台しかなかったコンピュータであったが、その職場では従業員全員に与えられていたことが今でも思い出として残る。

導入されたソフトウェアは、マイクロソフト社「エクセル2.0」というものだった。

当時、市場を席巻していた「ロータス1-2-3」は、白黒画面のシート1枚に縦横で行列が並ぶ2D(二次元)。財務諸表を作るにしても複数のシートを同時に開けないので、閉じたファイルを頭で覚えながら開いているファイルを作業するという職人技が必要であった。マウスもまだ市民権を得ていない。

これに対し「エクセル」は複数のファイルをマウスの操作ひとつで自在に操りながら演算ができる画期的なものであった。当時、これを3D(三次元)と称した。今となっては当たり前なこの仕様が、金融エンジニアリングのワークスタンダードを変え生産性を飛躍的に向上させた。

米国のオフィススィートの市場シェアも、瞬く間に逆転した。その後、90年代半ばから米国はIT革命の波に乗り生産性を伸ばし、長期にわたる景気拡大期を迎えることとなる。

そのマイクロソフト社が86年に上場してから今年で30年目を迎えた。86年の公募価格は1株21ドル。その後、9回の株式分割を経て当時の1株は今や288株まで増え、株価も2倍以上に上昇した。

当時の為替168円で同社株100株を買うと35万円であったが、今では、これが配当を除いても1.5億円にまで増えたという計算になる。

この間、米国の民間設備投資も大きく変容した。総務省の「ICT の経済分析に関する調査報告書」 (*1)によれば、1986年から2013年までの米国の情報化投資は、実質ベースで14倍、民間設備投資にしめる情報化投資の比率も11.4%から38.6%と3倍以上上昇している。

資本には必ずコストが伴うことから、設備投資ではより高い生産力や収益力につながるプロジェクトが選好される。この経済計算の理屈に従うと、情報化投資が数多ある設備投資機会の中でも特に高い生産力、収益力を有していたことは、この約30年間の急激な伸びを見ても容易に想像できる。

では、情報化投資がどれだけの経済の成長に寄与したのか。パソコン、スマホ等機器やソフトの製造・販売で生み出された付加価値はGDPにも反映される。だが、情報化投資の波及効果を直接図ることは難しい。

成長会計における全要素生産性がもっとも近い概念であるが、これはあくまで資本、労働の投入量の増加で説明できない残差であり情報化投資の効用を直接計測するものではない。

ただ、我々はこうした技術進歩の経済、ビジネスへの寄与を直感的に理解している。それは、テクノロジーという手段を通じて得たこれまでにない利便性である。

モバイルバンキングは、利用者にとり銀行の支店に行く煩わしさを軽減し、銀行にとっては支店維持コスト削減、収益向上に繋がる。

情報インフラの普及でオンラインを活用したPeer to Peer型ビジネスが生まれ、Uber、Airbnb などの所謂シェアリングエコノミー/オンデマンドエコノミーは休眠動産・不動産の有効活用という新たな価値を創造する。

反面、テクノロジーを介した新しい経済活動やビジネスが、今までにない利便性や高い生産性を発揮すると、既存ビジネスや雇用に影響が及ぶ。

IT導入によってITが最も代替し易いとされる定型業務職種(中間スキル層)の減少や、アマゾンの台頭による有店舗型の家電量販店・書店の減少などはその一例である。

事実、米国ではこれまでほぼ一緒に連動していた生産性と労働者数の伸びが2000年以降連動しなくなった。生産性が伸びる一方で雇用者数が伸び悩む「グレート・デカップリング 」(*2)という現象である。ほぼ同時期に進行した経済のグローバル化とテクノロジーの浸透が背景にあるといわれている。

新技術が職を奪うという考えは、ケインズも「技術的失業」 (*3)として指摘していた。

技術革新により生産性があがれば、必要とする労働力は減る。余った労働力は労働移動で解消されるが、技術革新のペースが速すぎると一時的に失業が増える。

ただ、技術革新による生産性向上は、いずれ賃金の上昇につながり新たな需要と雇用を生むことから、失業もいつかは解消される。

産業革命の時は、機械の台頭で失業を恐れたイギリスの労働者がラッダイド運動という機械破壊運動を起こしたり、社会主義運動が生まれたりしたが、長期的な趨勢でみれば雇用も拡大し賃金も上昇し社会の富は増えた。

産業革命で、人間は自らの肢体の限界を機械制工場や蒸気機関で克服したが、現在進行中にある情報革命では、遂に脳の限界を人工知能で克服しようと試みている。

その反動で、人口知能やIOTという新たな技術が雇用を奪い世界的な富の偏在を加速化させるという話題が世間を賑わせている。

現存する職業の半分近くが向こう10~20年に人工知能やロボットに置き換わるという見通し (*4)や、2045年にはコンピュータが全人類の知性を超えるという予想(*5) が存在する。

しかし、人工知能やロボットの脅威が現実のものとなる遥か前に、我々はより深刻な問題に直面するであろう。それは先進国を中心とする生産年齢人口の減少と社会の高齢化だ。

世銀報告(*6) によれば、60年代には2%を上回った世界人口の伸びは、2025年には1%割れとなり2045年には0.6%まで鈍化すると予測される。また、60年代に70%以上で推移した世界の生産年齢人口比率は、2045年には60%弱まで低下する。

中でも、世界経済の6割強を占める高所得国は、出生率低下、生産年齢人口減少、高齢者増加等の構造的な問題を抱えている。

テクノロジーによる労働代替は、人口増加の前提では労働者の脅威となりえようが、人口減少・高齢化のもとでは、もはや避けて通ることのできないパスのように思える。

こうした動きを見据え、次世代を担う先端技術のプラットフォーム確立に向けた取り組みが各国で始まった。

ドイツでは、国家戦略として産官学一体となってIndustry4.0(第4次産業革命)が始動し、米国ではGE、シスコ、IBM等主力企業がコンソーシアムを組み、取り組みを加速させている。

わが国でも、「日本再興戦略2016」で成長戦略の柱として第4次産業革命への取り組みが盛り込まれた。

90年代に世界のIT革命をリードした米国では、ベンチャーキャピタルを中心とした人工知能関連ベンチャーへの投資も旺盛だ。

1600~2200億ドル(約17~23兆円)の規模を有する米国ベンチャーキャピタル市場(*7) において、人工知能関連ベンチャーは40億ドル(約4千億円) (*8)と小さく、まだ黎明期にあるが、近年、その伸びは著しい。

2011年以前は年2億ドル程度しかなかった人工知能関連ベンチャーの資金調達は、2014年に10億ドルの大台に乗せ、翌年2015年には12億ドルと過去最高を記録(*8)した。

注目すべきは、その主たる投資家で、半導体大手インテルのベンチャーファンドIntel Capitalやグーグル傘下のGoogle Ventures、GE傘下のGE Ventures等大企業の投資子会社(コーポレート・ベンチャーキャピタル)が名を連ねていることだ。

世界中の人工知能関連ベンチャー投資の9割弱が米国で占められる(*8)と言われ、他の追従を許さない勢いではあるが、日本勢も負けてはいない。

東大発人工知能開発ベンチャー、プリファード・ネットワークスとトヨタ、パナソニック、ファナック等との国内勢同士の出資・提携もあれば、トヨタのシリコンバレー人工知能研究所設置、ソニーの米人工知能有力ベンチャー、コジタイ社への出資などクロスボーダーでの取り組みも進行し、激化する人工知能技術の獲得競争に果敢に参画している。

米国の機械学習領域のベンチャー投資を例に取ると1投資当たりの平均金額は17百万ドル(18億円)、投資先の企業の9割が従業員50名以下の小規模ベンチャーである(*8)という。ベンチャー投資とは、その名の通り、冒険的な試みであり一般の事業投資に比べリスクも高い。

とりわけ、起業から日が浅く規模も小さいスタートアップ事業はリスクが高く、米国でも目標通りのリターンをあげるのは全体の2~3割で、3~4割は清算するという(*9)。

この様にリスクの高い投資ではあるが、前出のコーポレート・ベンチャーファンドの例を見る様に、多くの企業がこれら投資を利得の為の投資というよりも、出資から得られる学び・経験も含め本業の研究開発の補完として位置づけているのであろう。

イノベーションは既存の資源や発想の延長だけでは生まれない、と考えるのであれば、社外資源への投資は挑戦するに値するということだ。

これら投資先ベンチャー事業の中には、今は規模が小さいが次世代を担う第2のマイクロソフトがいるかも知れない。

(*1) 総務省 平成26 年度ICT の経済分析に関する調査

(*2) Andrew McAfee, "The Great Decoupling of the US Economy"

(*3) John Maynard Keynes, "Economic Possibilities for our Grandchildren"

(*4) 野村総合研究所:日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に 2015年12月2日

(*5) Ray Kurzweil, "The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology"

(*6) The World Bank "Health, Nutrition and Population Statistics, Population Estimates and Projections"

(*7) National Venture Capital Association, "2016 Year Book", Preqin, "Overview of the US Venture Capital Industry"

(*8) Venture Scanner "Artificial Intelligence Q1 Update in 15 Visuals"

(*9) Wall Street Journal "The Venture Capital Secret: 3 Out of 4 Start-Ups Fail" 2012年9月20日

関連レポート

(2016年7月28日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 担当部長 経済政策研究センター長

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