"中国製造2025"と日本企業:研究員の眼

今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では、李克強首相がその冒頭の政府活動報告で "中国製造2025(中国製造業10ヵ年計画)"を打ち出した。
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中国では、その産業政策に変化の兆しがでてきた。

第12次5ヵ年計画(2011-15年)では、今後重点的に発展させる領域として、「省エネ・環境保護」、「新世代情報技術」、「バイオ」、「ハイエンド設備製造」、「新エネルギー」、「新素材」、「新エネルギー自動車」の7産業を挙げるとともに、"戦略的新興産業"と位置付けてその発展と育成に取り組んできた。

しかし、今年3月に開催された全国人民代表大会(全人代、国会に相当)では、李克強首相がその冒頭の政府活動報告で "中国製造2025(中国製造業10ヵ年計画)"を打ち出した。

その後3月25日に開催された国務院常務会議では、"中国製造2025"で重点的に発展させる領域として、「新世代情報技術」、「ハイレベル数値制御工作機械・ロボット」、「航空・宇宙設備」、「海洋エンジニアリング設備・ハイテク船舶」、「先進軌道交通設備」、「省エネ・新エネルギー自動車」、「電力設備」、「新素材」、「バイオ医薬・高性能医療機器」、「農業機械設備」の10産業を列挙している。

今年は第13次5ヵ年計画(2016-20年)が実質的に決まる重要な年だけに、この7から10への変化は見過ごせない。

前回の7産業と今回の10産業を比較すると、「新世代情報技術」と「新素材」はそのまま残り、「バイオ」は「バイオ医薬・高性能医療機器」へ、「新エネルギー」は「電力設備」へと文言修正されており趣旨も若干変化した可能性があるものの残された。

また、「省エネ・環境保護」と「新エネルギー自動車」は合体して「省エネ・新エネルギー自動車」となり、「ハイエンド設備製造」は、「ハイレベル数値制御工作機械・ロボット」、「航空・宇宙設備」、「海洋エンジニアリング設備・ハイテク船舶」、「先進軌道交通設備」、「農業機械設備」とより具体的になっている。従って、若干の文言修正はあったものの前回の7産業は全て残されたと考えて良いだろう。

一方、新しく登場した文言に注目すると、「先進軌道交通設備」、「電力設備」、「農業機械設備」といったアジア新興国のインフラ需要と合致する産業が目立つ。

李克強首相は4月3日に開催された座談会で、設備の輸出に前向きに取り組む姿勢を示すとともに、その推進には金融サービスを提供する必要があると表明した。

昨年末にシルクロード基金が設立され、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立準備も着々と進んでいることと考え合わせると、今回の"中国製造2025"は、前回の"戦略的新興産業"の発展と育成を継続するとともに、アジア新興国などへのインフラ輸出産業の発展と育成を加味したのではないかと思われる。

この"中国製造2025"が成功するかは未知数である。今回打ち出された10産業はどれも先進国企業が市場を支配する領域で、そこに食い込むのは容易ではないと考えられるからだ。しかし、"中国製造2025"が国の産業政策として確定すれば、中国政府と企業が一体となって今後10年に渡り研究開発など経済活動を活発化させることになるだろう。

しかも、これは失敗が許されない取り組みになる。インドやベトナムなど中国より後発の新興国が台頭し、中国にある輸出産業の工場が、賃金の低い国々へと流出するのは避けられない状況にあることから、これが失敗すれば中国全体の成長率が大きく落ち込みかねないからである。

そして、"中国製造2025"を軌道に乗せる過程では、日本や欧米など先進国企業の技術やスキルが必要になる場面が多くなるだろう。

それでは、世界の企業はどう対応するのだろうか。新たなライバルが登場するとみて警戒する企業もあれば、新たな顧客が誕生するとみて期待する企業もあり、その反応はさまざまだろう。

また、これは絶好のビジネスチャンスだとみて、"中国製造2025"の成功に貢献すべくソリューションを考案、自社に利益が確保できるビジネスモデルに仕上げた上で、提案する企業がでてくるかもしれない。仮に日本企業の中には無かったとしても、欧米企業の中には十分ありそうだ。

アジアインフラ投資銀行(AIIB)問題で英国を皮切りに先進国が雪崩を打って参加表明したように、欧州企業は日本企業よりも中国ビジネスの拡大に積極的な印象がある。

"中国製造2025"はまだその詳細が確定した訳ではない。現在は「中国製造業発展要綱(2015-25)」を策定中といわれており近日中に公表されるかもしれない。

一方、同時並行で検討が進んでいる「インターネット・プラス」と融合することで変化する可能性もあり、別途検討が進んでいる第13次5ヵ年計画(今秋開催の5中全会で中国共産党の案が、来春開催の全人代で正式決定される見込み)を待たなければ確定しないかもしれない。

しかし、国務院常務会議で打ち出された以上、多少の軌道修正はあっても、その方向性に大きな変化はないだろう。特にこれをビジネスチャンスだとみる企業にとっては、方向性が見えてきた今は検討を開始する絶好のタイミングである。

中国にとって有効なソリューションを、自社の利益にも結びつけるビジネスモデル構築は難しい作業であり、検討には時間がかかるからだ。日本を含む欧米先進国企業の競争は既に始まったといえるのではないだろうか。

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(2015年4月13日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 上席研究員

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