はじめに
とあるプロジェクトに関わるようになってから、「廃材」が気になるようになった。廃材は「ごみ」として廃棄されたものであるが、「ごみ」にしなければ「素材」である。そう、ごみは「素材」なのだ。
そこに創造性を加えて、新たな価値を生み出すことができれば、そんなステキなことはない。まちづくりにもつながるはずだ。
などと考えて、あれこれ調べ、2012年に「『すてる』と『つくる』をつなぐ仕事 - アップサイクルによるモノづくりと、まちづくり」を執筆した。
その過程で出会ったのが、大月ヒロ子さんのクリエイティブリユースに関する論文である。当時はまだ「IDEA R LAB」はオープンしておらず、大月さんの著書(*1)も出版前だった。
2013年夏にオープンしてからは、ずっと訪問するチャンスを探していたのだが、ついに昨年実現した。そしてすぐに後悔したのである。もう少しゆっくり時間を作って訪れればよかったと。
倉敷玉島のまちに息づく"創造の源"「IDEA R LAB」を訪問した様子をお伝えする。
1――「IDEA R LAB」―300年の歴史ある建物を改装
昨年、念願かなって、「IDEA R LAB(イデア・アール・ラボ)」を訪問することができた。博物館プロデューサーの大月ヒロ子さんが運営する、日本初のクリエイティブリユースの拠点である。場所は、岡山県倉敷市の「玉島」と呼ばれる地域だ。
拠点などというとものすごい施設をイメージしてしまうが、大月さんの生家を改装した建物は、実に周囲の環境に溶け込んでいる。それもそのはずで、300年の間そこに建ち続けてきた歴史がある。
大月さんに、旧母屋と2つの蔵からなる建物を隅々まで案内していただいた。柱や梁は、堅牢さに加え、古民家特有の月日を重ねた深みのある表情を見せている。障子や襖などの建具は、まったくもってシンプルな意匠で、日々の生活で使われ続けてきたことを一目で理解させる。
母屋を改装した、大月さんが「ラボ」と呼ぶ空間は、前面道路に面してガラス戸が広く取られ、外の様子がよく見通せて、とにかく開放的で気持ちいい。外からも中の様子がよくわかり、ここが地域に開かれた場として誕生したことを納得させられる。
2――創造的な雰囲気に満ちた「マテリアルライブラリー」
IDEA R LABに向かう通りに面した、「マテリアルライブラリー」は、さらに外に開かれた雰囲気を持つ。もともと店舗だったことから、建物自体まちに対して親和性が高いのだと思う。初めての人でも入りやすいはずだ。その特徴をうまく生かしてリノベーションしている。
ここには、大月さんが収集した廃棄素材や、世界中で集めたクリエイティブリユース製品が展示されており、年間を通じて様々なワークショップの会場として使われている。
内装や展示ケースなども、生家で使っていた家具や、譲り受けた廃材を活用している。その多くが、参加者を募りワークショップで製作、施工したものだ。
展示されている廃材に創造性をかき立てられ、ワークショップを通じてそれを形にする。創造的な活動は楽しい。
この日も、「ミミヤーン」と呼ばれる廃棄素材を使って、ポーチを作るワークショップや、LEDバッジを作るワークショップが行われており、楽しい雰囲気に包まれていた。ワークショップには、近隣の人ばかりでなく、岡山市など周辺地域からも参加者が訪れるという。
3Dプリンターなどのデジタル工作機器を設置した、ファブ機能を有する工房を設けたことで、モノづくりを行う人々をも惹きつけている。筆者が訪れたときも、名古屋や香川から工房利用者が訪れていた。
興味深かったのは、このようにワークショップの参加者とその講師、工房利用者、そして筆者のような見学者が同じこの場所で活動していることだ。それぞれが活動する空間もつながっていて、見通しも、風通しもよく、お互いのちょっとした配慮が効いた心地よい距離感を感じる。
空間の仕立て方もあるのだろうが、訪問目的が異なっても共通するこの場所への共感が、その心地よさを生み出しているように思う。
3――交流を深める滞在機能
滞在機能を設けている点もこの場所の特徴だ。IDEA R LABの旧母屋や近くの集合住宅を活用して宿泊できるようにしていて、滞在しながら製作活動やワークショップの実施が可能だ。
活動目的の異なる人たちが一緒に滞在し、大月さんを囲んで食を共にすることで交流が生まれ、つながりが育まれる。個々の活動にとってもいい効果があるに違いない。
付近の畑を通りかかった時に、畑作業をする方と大月さんが言葉を交わす場面が印象に残った。一応、ゲスト扱いしてくれた筆者への対応とまったく異なる気さくなやり取りは、古くから知った仲といった感じで、ご近所づきあいそのもの。
それを見て分かったのは、大月さんが、地域の人と、遠方からここにやってくる人の取り持ち役になり、両者をつないでいるだろうことだ。
外から多くの人が訪問する施設にとって、この役割は重要だと思う。ここで生まれ育った大月さんだからこそ、それが自然にできるのだろう。
4――まち自体の圧倒的な魅力が創造する楽しさを刺激する
一通り案内してもらい、これまでの経過など詳しく話しを伺った後、玉島のまちをひとりで歩いてみることにした。江戸時代から港町として栄えたこと以外予備知識がないまま、大月さんに教えていただいたお薦めの場所を中心に、ブラブラと歩いたのだが、想像以上に魅力的だった。
点在する水門や特徴的な佇まいの建物、昭和を感じさせる商店街、その商店街に通じる幾筋かの路地、かつての繁栄を偲ばせる歴史的街並み。目を奪われる景観が次々に現れ、いちいち立ち止まらなければならない。観光地的なにおいがしない落ち着いた雰囲気もこのまちの魅力だ。
溜(ため)川(がわ)の岸辺に建つ長屋の通路越しに見る水面、その水面に架かるドラム缶橋から眺めた風景は、帰りの時間を忘れて、しばらくここにいたい気持ちを抑えることができなかった。
そこで、ようやく気が付いた。ここに滞在していた方々の、一様に楽しげな理由が。
創造的な活動を行うことや、人とのコミュニケーションが楽しいだけでなく、みんな、玉島のまちの魅力も含めて滞在を楽しんでいるのだ。
初めて会った筆者にも、とてもフレンドリーに接してくれ、帰りにやけに温かく見送ってくれたのは、「きっとあなたもこのまちを好きになる」と心でつぶやいていたのではないかと思えてきた。
短時間の訪問を終えて、おそらく大月さんは、家の歴史と玉島という地域の歴史、その文脈の上でIDEA R LABとマテリアルライブラリーを形にしたのだと感じている。
歴史ある生家を、私費を投じてこのような場にしたことで、訪問する人に創造する楽しさを感じさせ、その雰囲気は、地域にも好ましい影響を与えているはずである。
ここにも個人の私的な思いで始めたことが、人々の共感を呼び、地域にとって価値あるものとなっていく状況がある。そんなことを考えながら、また玉島に行きたいとうずうずしているのである。
(*1) 「クリエイティブリユース―廃材と循環するモノ・コト・ヒト」著者:大月ヒロ子 中台澄之 田中浩也 山崎亮 伏見唯 発行:millegraph
関連レポート
(2017年3月8日「基礎研レター」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
社会研究部 准主任研究員