GDP統計の改定で1%近くまで高まった日本の潜在成長率-ゼロ%台前半を前提にした悲観論は間違いだった?:研究員の眼

なぜ、2013年度から2015年度までの3年間の実質GDP成長率が年平均で0.5%も上方改定されたのだろうか。

内閣府は12/8に2016年7-9月期のGDP2次速報と同時に、国民経済計算の最新国際基準である2008SNA(従来は「1993SNA」)への対応を含む基準改定(2005年基準→2011年基準)の結果を公表した(*1)。

新聞などで大きく取り上げられたのは、2008SNAへの対応によって研究・開発(R&D)が新たに計上されたことなどから2015年度の名目GDPの水準が31.6兆円上がったことだが、筆者が注目したのは2013年度から2015年度までの3年間の実質GDP成長率が年平均で0.5%も上方改定された(*2)ことである(図表1)。

実質GDP成長率の上方改定は、(1)潜在成長率の上昇、(2)GDPギャップの改善、のどちらか(あるいは両方)につながることが想定されるためだ。

最新のGDP統計をもとに潜在成長率、GDPギャップを推計したところ(*3)、より大きな変化が見られたのは潜在成長率のほうだった。

潜在成長率は旧基準(1993SNA、2005年基準)のデータを用いた推計値から2011年度以降上方改定され、直近(2016年度上期)では0.9%と従来の推計値よりも0.5%程度高くなった(図表2)。

より長い期間でみると1990年代前半から2000年代初頭にかけては、若干上方改定される一方、2002年度から2010年度までは若干下方改定された。

これに対して、GDPギャップの推計値は改定されたものの、プラスとマイナスの符号が入れ替わるような期はほとんどなかった。

たとえば、両推計値ともに消費税率引き上げ直後の2014年4-6月期にGDPギャップがマイナスに転じた後、一貫してマイナス圏で推移している。

新推計による直近(2016年7-9月期)のGDPギャップは▲0.9%(GDP比)と従来の推計値(▲0.8%)とあまり変わらなかった(図表3)。

潜在成長率の改定方向は実質GDP成長率の改定方向と概ね一致している。これは潜在成長率の推計値が現実の成長率で決まる部分が大きいためである。

潜在GDPは資本投入量、労働投入量、TFP(全要素生産性)によって決まるが、このうちTFPは現実のGDPから資本・労働投入量を差し引くことによって求められる(*4)ため、TFP上昇率は現実のGDP成長率に大きく依存する。

従来の推計と今回の推計で資本、労働に関するデータは変わっていないため、潜在成長率の改定はGDP統計の改定に伴いTFP上昇率が修正されたことによるものである。

筆者は2016年8月に執筆した「日本の潜在成長率は本当にゼロ%台前半なのか」の中で、潜在成長率の推計値は実績値の改定や先行きの成長率によって事後的に大きく変わりうるため、ゼロ%台前半とされている潜在成長率を所与のものとして日本経済の将来を考える必要はないことを指摘した。

今回は実績値の改定によって潜在成長率が過去に遡って改定される形となりそうだ。

内閣府、日本銀行が定期的に公表している潜在成長率の推計値は直近でいずれもゼロ%台前半だが、これは旧基準のGDP統計に基づくものである。

今後公表される新基準のGDP統計に基づく潜在成長率の推計値が従来よりも高まることは間違いないだろう。今回のGDP統計の改定によって足もとの潜在成長率がゼロ%台前半という見方は過去のものとなる公算が大きい。

もともと潜在成長率やGDPギャップは不確実性の高いデータで、十分な幅を持ってみる必要があるため、その数値の変化に一喜一憂すべきではない。また、統計が改定されたからといって日本経済の実力が変わったわけではない。

ただ、これまで潜在成長率がゼロ%台前半とされていたことが、人口が減少している日本はゼロ成長が当然といった見方の裏付けのひとつになっていたとすれば、潜在成長率の上方改定はこうした悲観論の払拭に一定の役割を果たす可能性もあるだろう。

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(*1) これらに加えて、(1)2015年度を速報値から第一次年次推計値に改定、(2)2014年度を第二次年次推計値に改定、も行った

(*2) ただし、新基準のGDP成長率が公表された1995年度以降の平均改定幅は0.1%とそれほど大きくない

(*3) 新基準のGDP統計は1994年からとなっているため、1993年以前は旧基準のGDP統計を新基準に接続して用いた

(*4) このようにして求めたTFPはGDPなどの毎期の振れを含んでいるため、一般的にはHPフィルター等によって平滑化する

(2016年12月14日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 経済調査室長

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