イノベーション推進・ベンチャー支援政策は継続が重要~未来投資戦略2018の素案が示される:研究員の眼

「継続」することが重要、苦しいときこそ真価が問われる

1――未来投資戦略2018(素案)が示される

2018年6月4日、政府は第17回未来投資会議(議長:安倍晋三首相)において、「未来投資戦略2018」の素案を取りまとめた(*1)。

素案では、世界の動向と日本の立ち位置に関して、デジタル革命が世界の潮流であり、データ・人材の争奪戦や一部の企業や国家がデータを独占するような「データ覇権主義」への懸念等、日本が取り残される危機感を強調。人口知能(AI)やビッグデータを活用して、少子高齢化等の社会課題の解決や経済成長を果たす「Society5.0」の実現を目指すとしている。

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素案には、先端技術やベンチャーといったイノベーションに関する取組みが並ぶ(図表1)。今後取組む重点分野、「フラッグシップ・プロジェクト」として、無人自動運転のような次世代モビリティシステムの構築や、オンラインでの医療の充実化といった次世代ヘルスケアシステムの構築等が掲げられた。

また、経済構造革新への基盤づくりとして、AI時代に対応した人材育成、イノベーションを生み出す大学改革、新しい技術やビジネスモデルの実証実験を迅速・円滑に実現できるようにする「規制のサンドボックス制度(*2)」の活用等もあわせて示された。

ほぼ昨年までの取組みをもとにしていて新味に欠けるとの声もあり、打ち出しだけでなく如何に実現できるのかが改めて試される今年の成長戦略。

しかしながら、起業家、ベンチャー経営者、ベンチャー投資家にとってみれば、これだけイノベーション推進やベンチャー支援に関する政策が、継続して大きく打ち出されたことはポジティブだ。アベノミクス以降、盛り上がってきたベンチャー業界を後押しすることに期待している。

(*2) 現行法の規制を一時的に止めて特区内で新技術を実証できる制度。

2――イノベーション推進、ベンチャー育成は長丁場

デジタル革命や、アマゾンのような巨大ITプラットフォーマーの席巻等、世界は急速に変化している。しかしながら、ベンチャー育成、イノベーションを生む土壌作りは一足飛びに行くものではない。2014年4月に取りまとめられた「ベンチャー有識者会議とりまとめ(*3)」では、日本のベンチャーの課題として以下の6つの点を掲げている(図表2)。

経済環境の好転、先端技術を求める機運の高まりもあって、ベンチャーキャピタルによる投資額も増加し、投資家も増えつつある。大企業がベンチャー投資や連携に取組む事例も増えてきた。リーマンショック後の状況から比べたら、前進したと言えよう。とはいえ、それぞれの課題は根深く、解決にはまだ時間が必要だ。

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日本のユニコーン企業(*4)の代表例といわれているメルカリ(2018年6月19日東証マザーズ上場予定)が会社設立から上場を果たすまでに5年4ヶ月。メルカリは早い方で、ミドリムシの研究開発に取組むユーグレナは7年4ヶ月、医療・介護向けロボットスーツを手掛けるCYBERDYNE(サイバーダイン)は9年9ヶ月。イノベーションの果実を享受するには、それなりに時間がかかることも忘れてはならない。

(*3) 2014年4月14日公表 ベンチャー有識者会議とりまとめhttp://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/downloadfiles/yushikisya_kaigi_torimatome.pdf

(*4) 未来投資戦略(素案)では「企業価値又は時価総額が10億ドル以上となる、未上場のベンチャー企業」としている。

3――「継続」することが重要、苦しいときこそ真価が問われる

ベンチャー育成、厚みのあるベンチャー・エコシステム(*5)の構築を考える上で、一番大事なことは「継続」することだ。

過去、日本は何度かベンチャーブームに沸いたが、一時のブームで終わって良い流れを定着させることが出来なかった。リーマンショック後しばらくは、経済や市場環境の悪化でベンチャー企業の資金調達は困難を極め、ベンチャーキャピタルや大企業の投資縮小が相次いだ。

仮にベンチャーの研究開発が順調に進んでいたとしても、資金調達や大企業との連携の道が閉ざされると、事業展開が厳しくなってしまう。また、投資家や大企業が、ベンチャー投資や連携を縮小・停止してしまうと、時間をかけて培ってきたノウハウや経験、人的ネットワークも途絶えてしまう。

ベンチャーやイノベーションが花開くまでには時間がかかるが、ブーム終焉や景気の谷で毎回「リセット」されては十分に果実を享受出来ない。リーマンショックを乗り越えて上場したCYBERDYNEも、経営者とともに苦しい時期を支えた人達がいた。景気の波やブームに関係なく継続し続けることの重要性を改めて認識している。

まだ課題は多いとはいえ、盛り上がってきた日本のベンチャー。未来投資戦略の様に、政府が数年に渡るイノベーション推進策やベンチャー支援にコミットする姿勢を示せば、起業家のチャレンジを後押ししよう。

政府の力強い取組みやメッセージ発信が継続されること、官民の盛り上がりが一過性のものに終わることなく着実に継続され定着することを期待している。いつか次の「ショック」が来た際に、その真価が問われよう。

(*5)「ベンチャー・チャレンジ2020」(2016年4月日本経済再生本部決定)では、「ベンチャー・エコシステムとは、起業家、既存企業、大学、研究機関、金融機関、公的機関等の構成主体が共存共栄し、企業の創出、成長、成熟、再生の過程が循環する仕組み(生態系)である」とされている。

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(2018年6月8日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

総合政策研究部 主任研究員

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