日韓比較(10):非正規雇用-その4 なぜ雇用形態により人件費は異なるのか?―賃金水準や社会保険の適用率に差があるのが主な原因:研究員の眼

企業は経済の厳しい競争を乗り越えるために、人件費の安い非正規労働者の雇用をより選好している可能性がある。

企業は経済のグローバル化による市場での厳しい競争を乗り越える目的で正規職と比べて人件費に対する負担が少ない非正規労働者の雇用をより選好している可能性がある。

では、雇用形態により賃金や公的社会保険制度の適用率はどのぐらい差があるのだろうか。今回は日韓における雇用形態別賃金や公的社会保険制度の適用率などについて説明を行いたい。

厚生労働省(2014)による、雇用形態別の賃金を見ると、正社員・正職員以外(以下、非正規職)の月平均賃金は20.0万円で、正社員・正職員(以下、正規職)の31.7万円の63.7%に留まっている。

図1は雇用形態別賃金(月給ベース)を年齢階層別で見たもので、すべての年齢階層で正規職の賃金が非正規職の賃金より高くなっていることが分かる。

さらに、正規職の場合は、年齢が上がれば上がるほど、一定年齢まで賃金水準が上昇しているが、非正規職は年齢が上がっても賃金がほとんど上昇しておらず、賃金格差がますます広がっている。特に、50~54歳の年齢階層で雇用形態による賃金格差が20.2万円で最も大きい。

つまり、長期的な視点に基づいたキャリアの形成を前提として、正規職の賃金は勤続が長くなるにしたがって賃金が上がる仕組みになっているのに対して、非正規職の賃金は勤続が長くなってもほとんど変化していない。

両者における賃金格差は、主に勤続年数に伴う賃金の上昇度の違いにより生じており、このことは、職場の高齢化が進むほど、非正規雇用労働者の活用により人件費を大きく節約できるということにつながると考えられる(*1)。

図2は、韓国における雇用形態別賃金を年齢階層別で見たものであり、日本との比較のため、最近の為替レート(*2)を適用して日本円に換算した。

韓国における雇用形態別賃金を見ると、非正規職の月平均賃金は13.7万円で、正規職の28.3万円の48.4%水準に留まっており、日本に比べて雇用形態による賃金格差が大きいことが分かる。

また、日本と同様に正規職の場合は、年齢が上がれば上がるほど、一定年齢まで賃金水準が上昇しているが、非正規職は年齢が上がっても賃金が大きく上昇しておらず、賃金格差が一定年齢(40~49歳)まで広がっている。特に、40~49歳の年齢階層で雇用形態による賃金格差が16.8万円で最も大きい。

企業が非正規雇用労働者の雇用により、コストが削減できるもうひとつの理由は、非正規職は正規職に比べて公的社会保険の適用例外ルールが適用されることが多いからである。

つまり、日本と韓国における公的社会保険制度は、週当たりの労働時間等によって、社会保険に加入しなくてもいい社会保険の適用例外ルールが存在する。

表1と表2は、日本と韓国における福利厚生制度の適用状況を正規職と非正規職に区分してみたものであり、日韓ともに正規職に比べて非正規職の福利厚生制度の適用率が著しく低いことが分かる。

また、日本における非正規職の2003年と2010年の適用率の変化を見ると、雇用保険、健康保険、厚生年金の法定福利制度の適用率は2003年に比べて上がっていることに比べて、企業年金、退職金制度、財形制度、賞与支給制度のように企業の財政的負担が大きい法定外福利厚生制度の適用率はむしろ低下した。

一方、韓国の場合はすべての項目で福利厚生制度の適用率が上昇したものの、非正規職に比べて正規職の変化率が大きく、両者における適用率の差はさらに広がっている。

表3と表4は、日韓における非正規職の福利厚生制度の適用状況をより詳細にみたものであり、日本の場合は、契約社員、嘱託社員、出向社員、派遣労働者における2010年の社会保険の適用率は2003年に比べて上昇していることに比べて、同期間における臨時的労働者やパートタイム労働者の適用率は低下している。

一方、韓国の場合は、日本とは異なりすべての雇用形態や福利厚生制度で適用率が上昇した。

本稿では日韓における雇用形態別賃金水準と公的社会保険制度を含む福利厚生制度の適用状況について調べてみた。日韓ともに正規職に比べて非正規職の賃金水準は低く、さらに福利厚生制度の適用率も低いことが確認された。

今後TPPが発効され、FTAが拡大されると経済のグローバル化は加速化し、企業を取り巻く環境はさらに厳しくなるおそれがあり、企業の非正規職雇用を含む労働市場の柔軟化は避けられないかも知れない。

しかしながら、雇用形態の違いにより今以上に格差が拡大されてはならない。格差が拡大されると、憲法第25条(すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する)の趣旨が薄まってしまうおそれが高い。

つまり、増加傾向にある母子世帯の多くは非正規職として働いており、経済的な余裕がないまま生活をしている。

また、改正高齢者雇用安定法により高年齢者の多くが65歳まで働くようになったものの、法律は再雇用後の個別の具体的な労働条件(賃金水準等)までは規制しておらず、短時間勤務などの非正規職として働く高年齢者が増え、公的年金の支給開始年齢の引き上げとともに彼らの生活水準が低下するおそれがある。

そして、非正規職として労働市場に参加する若者の多くは、ずっと非正規職として働くリスクが高く、将来が全く保障されていない。

このような状況を考えると増え続けている非正規雇用労働者の処遇水準をこのまま放置することはあまりにも無責任なことである。

従って、雇用形態の違いにより格差が拡大されないように最低賃金の引き上げなど、非正規雇用労働者の賃金水準を改善することや、福利厚生制度の適用を拡大することを段階的に推進する必要がある。

(*1) 金明中(2015)「非正規雇用増加の要因としての社会保険料事業主負担の可能性」『日本労働研究雑誌』No.659 27-46Pから一部引用。

(*2) 為替レート 1 ウォン=0.105 円(2015 年11月5日現在)

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(2015年11月13日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

生活研究部 准主任研究員

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