日米の物価上昇率逆転をどうみるか:研究員の眼

費者物価上昇率は、1990年代後半からデフレが続いてきた日本が米国を下回ることが常態化していたが、このところ両者の関係が逆転している。

消費者物価上昇率は、1990年代後半からデフレが続いてきた日本が米国を下回ることが常態化していたが、このところ両者の関係が逆転している(図1)。言うまでもなく2014年4月に日本の消費税率が引き上げられたことがその一因だが、15年1月以降は消費税の影響を除いても日本の消費者物価(総合)のほうが上昇率が高くなっている。

昨年秋以降の原油価格急落に伴い上昇率が大きく低下しているのは日米共通だが、米国が15年に入りマイナスに転じたのに対し、日本は小幅ながらもプラスの伸びを維持しているのだ。直近(15年5月)の消費者物価(総合)は日本が前年比0.5%、米国が同0.0%であった。

(日米逆転の主因はエネルギー価格の違い)

日本の物価上昇率が米国よりも高くなっている主因は、エネルギー価格の下落率が小さいことだ。米国のエネルギー価格は14年9月に前年比でマイナスに転じた後、15年入り後は▲20%近い下落が続いている。

一方、日本のエネルギー価格(消費税の影響を除く)は15年1月にマイナスに転じたが、直近(15年5月)のマイナス幅は▲6.0%にとどまっている。15年5月の消費者物価上昇率(総合)に対するエネルギーの寄与度は米国の▲1.4%に対し日本は▲0.6%と1%近い開きがある(図2)。

日本のエネルギー価格の下落率が米国よりも小さい理由はいくつかある。

①円安が進んでいるためドルベースの原油価格下落の影響が薄まっていること、②ガソリン価格に占める税金の割合が高いため、原油価格下落の影響を受けにくいこと、③エネルギーに含まれる電気代、ガス代の燃料費調整は過去3ヵ月平均の燃料輸入価格をもとに2ヵ月後の料金を決める仕組みとなっているため、原油価格の反映が遅れること(LNGは調達価格が原油連動型の長期契約になっているため料金への反映がさらに遅れる)、などである。

このうち③については、日本では電気代、ガス代は既往の原油価格下落の影響がこれから本格的に表れることになる。しかし、原油価格は15年初め頃を底に上昇に転じており、その動きが比較的早く反映されるガソリン、灯油価格はすでに上昇し始めている。

電気代、ガス代の下落率拡大をガソリン、灯油価格の下落率縮小が打ち消すことにより、エネルギー価格による消費者物価の押し下げ幅(寄与度)は夏場のピーク時でも前年比▲1%程度にとどまりそうだ。

日米の物価上昇率逆転のほとんどがエネルギー価格の下落率格差によるものであることは、裏を返せば物価の実力は依然として米国が日本よりも明らかに強いことを示している。物価の基調的な動きを表すとされるコアCPI上昇率(食料及びエネルギーを除く)は米国が日本を一貫して上回っており、足もとでは1%以上の差がある(15年5月:米国~前年比1.7%、日本~同0.4%)。

(原油安のメリットが小さい日本の家計)

日本は原油の輸入依存度が高いため、国全体でみると原油価格下落によるプラス効果が大きい。実際、15年1-3月期の交易利得(輸出入価格の差によって生じる所得額)の改善幅(GDP比)は日本が1.1%と米国の0.3%を大きく上回っている。

それにもかかわらず、消費者物価のエネルギー価格は日本の下落率のほうがかなり小さい。このことは日本の家計が原油価格下落の恩恵を十分に受けていないことを反映したものと捉えることができるだろう。

もちろん、原油価格の影響を受けにくいということは、原油価格下落のメリットを享受しにくい一方で、原油価格上昇によるデメリットも小さくなる可能性もある。

ところが、日本ではガソリン価格に下方硬直性があること、電気代については東日本大震災以降の経営悪化に伴う相次ぐ値上げ、再生可能エネルギー促進賦課金の段階的な上乗せが実施されていることなどから、最近はエネルギー価格が上がりやすく下がりにくい傾向が強くなっている。

このような性質は、物価上昇率2%を目指す日本銀行にとっては好都合かもしれないが、家計にとっては厳しい現実だ。

14年度の実質所得を大きく押し下げてきた消費税率引き上げの影響がようやく一巡し、▲3%前後の低下が続いていた実質賃金は15年4月には前年比▲0.1%とゼロ近傍まで持ち直した。夏場にかけては物価上昇率の更なる低下が見込まれるため、実質賃金が上昇に転じることはほぼ確実である。

しかし、原油安の恩恵を十分に受けることが出来る前に早くも原油高による物価上昇が迫っている。伸び悩んでいた名目賃金は年度替りの15年4月には伸びを高めたものの、前年比0.7%とそれほど高いものではない。

夏場以降の物価の上昇ペースが速すぎれば、実質賃金上昇率が再びマイナスとなる恐れもある。家計の試練はまだ続きそうだ。

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(2015年6月26日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

経済研究部 経済調査室長

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