既往症や服薬歴の一元管理と利活用:基礎研レター

国の成長戦略では、医療・介護分野でのICT化が進められている。

国の成長戦略では、医療・介護分野でのICT化が進められている。これに関連した国の動向の紹介として、本レポートでは、新しく構築される疾病情報プラットフォーム「PeOPLe(Person centered Open PLatform for well-being の略)」の概要を取り上げる。

1 ― 医療・介護分野でのICT化の概要

国の成長戦略に掲げられているとおり、ICTを利用した医療・介護の効率化や医療・介護サービスの向上の検討が進められている。具体的な検討は、

(1)医療機関等のデータのデジタル化・医療機関や介護事業者のネットワーク化

(2)個人による医療・健康等データの管理・活用

(3)8K等高精細映像技術を活用したデータ利活用の推進

の3分野で行われている。

「(1)医療機関等のデータのデジタル化・医療機関や介護事業者のネットワーク化」では、電子カルテを浸透させる(*1)ことや、電子化されたデータの医療機関や介護事業者間で患者の診療情報等の共有を図るためのEHR(*2)のクラウド化を進める。施設間の相互の情報連携を進めることによって、効果的な地域包括ケアや全国規模の情報連携を実現することを目指している。

「(2)個人による医療・健康等データの管理・活用」では、個人の医療・介護・健康データを本人同意のもとで、本人の状況に応じた各種のサービスに活用するためのPHR(*3)アプリケーションやその情報連携基盤を構築する。蓄積されたデータは、本人によって持ち運べるものとし、生涯を通じたPHRの管理・活用を実現するものである。

「(3)8K等高精細映像技術を活用したデータ利活用の推進等」では、内閣官房健康・医療戦略室と連携し、外科医からのニーズがある「8K内視鏡」の開発や、8K技術の医療応用により得られる高精細映像データの利活用に向けた取り組みを推進する。より安全な手術や遠隔診療に有効である。

こういった取り組みを推進するのと同時に、2015年度からは「データヘルス計画」として、すべての国保、協会けんぽ、各健康保険組合といった保険者に対して、レセプトと健康診断結果を突合した分析を行い、疾病リスクの高い組合員に対して適正に健康指導を行うことを促している。

このように、健康、医療関連データの収集・活用が一般的となってきたと言える。以下では、2016年10月に厚生労働省から公表された疾病情報の一元管理と疾病分析に向けた新たなプラットフォーム(PeOPLe)について紹介する。

2 ― 疾病情報の一元管理と疾病分析に向けた新たなプラットフォーム「PeOPLe」の概要

1|医療等IDの運用開始

ICT化の大前提として、医療等IDの導入が既に決まっている。医療等IDを導入することによって、各医療機関での受療記録や投薬記録、健康診断結果等のデータベースを相互に連結することが可能となる。

たとえば、NDBの特定健診・保健指導の結果とレセプトによる受診記録を突合して分析することが期待されていたが、これらの突合は困難で、実際に健診結果とレセプトが突合できるのは国全体で2割程度、協会けんぽでも4割程度であった。

医療等IDは、2018年度から段階的な運用を開始し、2020年に本格運用を開始する予定である。プライバシー等の観点からマイナンバーとは異なるものが使用され、個人にも知らされない予定である。

当面の動きとしては、2017年7月以降、医療保険者や自治体のマイナンバーによる情報連携が行われ、医療保険システムの効率化・基盤整備が行われる。

マイナンバーカードに健康保険証の機能が付き、いずれこれまで各医療機関で健康保険証を使って行っている医療保険資格の確認は、マイナンバーカードで行うようになる。

それまでは健康保険証に資格の確認ができる確認用番号が追加されることが検討されている。その上で、2018年度に医療等IDが導入され、医療連携や研究分野での活用が始まる。

2|PeOPLeの構築

2016年10月に厚生労働省は、医療等IDを使用したプラットフォームPeOPLe(Person centered Open Platform for well-being の略)の構築を公表した(図表)。

これは、2016年6月に厚生労働省が、団塊ジュニアが65歳に到達し始める2035年を見据えて公表された「保健医療2035(*4)提言書」を受けたものである。

医療技術評価の手法やICT活用が他国と比べて遅れていることからICT技術を利用し、患者や国民本位のオープンなインフラを整備し、患者や国民、医療機関等による産官学のデータ利活用を促進するためと位置づけられている。

母子手帳にならい、学校定期健診、予防接種歴、健康診断、お薬手帳、死亡診断書等の国民の一生涯のデータを時系列で管理・活用することを目指したプラットフォームで、2025年までに本格運用をされる。

こういった情報は、これまで学校の入学や就職、退職、引っ越しなどによって途絶えていたものである。いずれ、NDB等既存のデータベースも統合され、既往症・服薬歴以外に検査値、アレルギーや副作用情報、健診データ、介護情報なども搭載される。

また、活動量計等のウエアラブル端末や家庭血圧計のような家庭用計測器のデータを使ったバイタルデータも搭載でき、個人の健康管理にも役立てるだけでなく、予防・健康増進プログラム等高付加価値のヘルスケアサービスを受けることなどが想定されている。

また、災害時などにはこの履歴をもとに、アレルギー情報や既往症を確認したうえでどこの病院でも安全に治療ができる。

PeOPLeへの参加は個人の同意が原則となる。

運用までのスケジュールは、2018年度に設計開発が進み、2019年度に実装化、2020年度から運用開始予定である。

3|研究等への活用の展望

PeOPLeは、データを蓄積しつつ蓄積されたデータから個人を匿名化したうえで臨床研究に使われることが検討されている。また、データを利活用することを前提としたプラットフォームであり、これまでのデータベースと比べると、医療・健康・介護データの大規模収集や匿名化が徹底しており、二次利用を行いやすい環境となった。

総務省が行うPHRモデル開発への補助業務に関する資料では、民間の生命保険会社の利用も視野に入っているようだ。民間生命保険会社には、例えばPHR業者からの間接データを使って個人の健康状態や生活状況に応じたきめ細かな保険料の設定等の新サービスが登場することを期待している。

3 ― 現状での課題と懸念

PeOPLeを、より効果的に利用するためには、多くの国民が参加することが前提となる。参加には個人の同意が必要であるが、マイナンバーカードの導入やお薬手帳の導入が進んでいないことからもわかるように、国民に広く浸透するまでには時間がかかると思われる。

特に、セキュリティへの不安が根強いことから、どういった仕組みで、だれが何をできるのか、国民にとってどういうメリットがあるのか周知を進める必要があるだろう。

また、データは、健康診断を受けることや、医療機関で受療することで蓄積されていくが、現状で必ずしも健康診断受診率は高くはないほか(*5)、健康に留意すべき人が医療機関を受療しているとは限らず、データから抜けおちる可能性がある。

近い将来、健康・医療・介護関連の分析ができ得る体制になりつつあるが、分析自体はその後進むものであり、結果が得られるまでにはまだ当分時間がかかる可能性が高い。

現在のところ、国や大学等の機関での分析がメインとなるということであるが、各種サービス向上にむけた営利企業での利用を含めて、多くの視点から分析を行うことができる体制を期待したい。

(*1) 2020年度までに、電子カルテを高度急性期、急性期病院では100%、一般病院では90%で導入することを目指す。

(*2) Electronic Health Record:生涯健康医療電子記録。具体的には、母子手帳記載の内容、子どもの頃からの健康診断結果、医療機関受療記録、投薬記録、介護記録などの内容を包含したもの。

(*3) Personal Health Record:個人が生涯にわたり自分自身に関する医療・健康情報を収集・保存し活用できる仕組み。

(*5) 40歳から74歳のすべての被保険者・被扶養者を対象とする「特定健診(特定健康診査)」の受診率は平成26年度に全国で48.6%と半数に満たない。諸外国と比べると、例えば大腸がん検診については、アメリカが52.1%(2004年)、韓国が34.1%(2007年)に対して日本が24.9%2007年)。子宮頸がん検診については、アメリカが85.0%、イギリスが68.5%、オランダが66.1%、オーストラリアが56.8%、ニュージーランドが75.0%、韓国が68.7%に対して日本が37.7%(OECD Health Data 2013)等となっている。

関連レポート

(2017年4月10日「基礎研レター」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 研究員

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