除夜の鐘は「騒音」か~クレーム時代のまちづくり:研究員の眼

除夜の鐘に限らず、生活から出る音や声を「騒音」だとする苦情は、近年目立ち始めた。

年の瀬が近づくと、例年話題となるのが除夜の鐘だ。百八つの煩悩を払い、新年を迎えるという年末の風物詩だが、住宅地では近隣住民から「うるさい」と苦情が寄せられ、鐘突きをやめたり、時間を日中に変更したりした寺があるという(*1)。今年もどこかで、対応に頭を悩ませている寺があるかもしれない。

除夜の鐘に限らず、生活から出る音や声を「騒音」だとする苦情は、近年目立ち始めた。

例えば、早朝のラジオ体操の音楽を「うるさい」という事例(*2)、中学校の部活動の早朝練習の声が「耳障り」という事例(*3)などである。

最も深刻なのは、苦情によって保育所整備が頓挫するケースだ。読売新聞によると、2012年度から2016年度までの5年間に、全国の政令市や県庁所在地、東京23区など146自治体のうち、保育施設の子どもらが出す音や声を巡って「うるさい」と苦情を受けたことがある自治体は109(約75%)に上り、苦情が原因で保育施設の開園を中止・延期したケースは16件あったという(*4)。

近年、騒音苦情が目立つようになった背景の一つとして、生活環境の変化が考えられる。

少子高齢化によって、郊外では子どもの数が減って高齢者の割合が増え、町自体が以前より静かになったために、音や声が響きやすくなり、逆に都市部では、再開発が進み、子育て世帯が流入したことで待機児童数が急増し、住宅密集地でも保育所の立地候補とせざるを得ないことが反対を招く一因になっていると考えられる。

ただ、仮に音や声が大きくても「うるさい」と感じるかどうかには個人差があり、相手との関係性によっても異なる(*5)。

普段から寺と交流がある人は鐘の音に親近感を感じやすいだろうし、近所で幼い子と接する機会が多い人は、子どもの大きな声も受容しやすいだろう。逆に言えば、地域のつながりが薄れたため、立場や利害が異なる住民に対して、より距離感や違和感を抱きやすくなっているのではないだろうか。

生活騒音については、現状で法規制は存在しない。広範囲に影響を及ぼす工場等の騒音については「騒音規制法」で規制され、公害防止のための環境基準は「環境基本法」で定められているが、いずれも、生活騒音を想定したものではない(*6)。しかし、いったん紛争が司法に持ち込まれると、両法の基準が判断に用いられている。

神戸市では、私立保育園を運営する社会福祉法人に対し、近隣の高齢男性が「園児の声がうるさい」として慰謝料100万円などを求めて訴訟を起こしたが、神戸地裁が今年2月、両法の基準に照らし合わせた上で、園児の声が「社会生活上受忍すべき限度を超えているとは認められない」として棄却した。

男性側は控訴したが、今年7月、大阪高裁も棄却した。控訴審判決は保育園側がこれまでに防音対策を講じ、男性と何度も折衝してきたことから「特に不誠実であったと指摘できる事情は見当たらない」とした。

これらの判決は今後、様々な地域活動に影響を与える可能性がある。自治体や団体が施策やまちづくりを行う場合でも、住民から「騒音」として反対があった場合には、両法の基準を念頭に、対応を検討する必要があるだろう。仮に十分な話し合いや防音対策を行わずに押し通すと、訴訟上のリスクを抱えることになる。

今後、少子高齢化が加速して郊外が一層閑静になったり、都市部で子育て世帯が流入し続けたりすれば、音や声を巡る衝突はますます増えるだろう。

騒音トラブルを防ぐためには、普段から住民同士の交流を増やし、相互理解を図ることが重要だ。保育所や学校など、地域で長く運営していく組織であれば、地元自治会と協議会を設置し、定期的に話し合いの場を持つことも一つの方策となるのではないだろうか。

保育所に関しては、厚生労働省が2017年度から、保育所側と地域住民との対話を促進する「地域連携コーディネーター」の配置に取り組んでいるが、コーディネーターの「選出」にあたっては、地域に密着した人を選ぶといった視点が重要であるのと同時に、市町村がコーディネーターの相談に十分答えられるように態勢を準備しておく必要があるのではないだろうか。

(*1) 2016年12月28日中日新聞夕刊「ゴーン 騒音かね?! 除夜の鐘 住宅街 ゆく年くる苦情」

(*2) 2017年7月20日読売新聞朝刊「気流」

(*3) 2015年2月12日読売新聞夕刊「子供の声は騒音? 規制除外案 都に賛否」

(*4) 2017年1月8日読売新聞朝刊「『子どもの声 うるさい』保育所苦情 自治体75% 開園中止・延期も」

(*5) 厚生労働省政策統括官付政策評価官室委託「人口減少社会に関する意識調査」(2015)によると、保育園児の声を「騒音」という考え方への共感度をたずねたところ、「地域活動に参加していない人」は「とても同感できる」「ある程度同感できる」を合わせて38.9%だったのに対し、「年数回程度地域活動に参加している人」は計29.8%、「月1日程度以上参加している人」は計26.0%となり、地域との関係が疎遠な人ほど共感度が高い傾向が示された。

(*6) 東京都は「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(環境確保条例)」の中で人の声を騒音規制の対象としていたが、子供の声に対する苦情が増えたことや、条例を根拠に住民から訴訟が起こされたことなどを受け、2015年、少子化対策のために、保育所や公園等で就学前の子供が発する声や音を対象外とする条例改正を行った。

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(2017年11月21日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

社会研究部 准主任研究員

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