「オリンピック現象」のグローバル競争下で日本・日本企業に求められるスピードとアクション:研究員の眼

先日、都内のホテルで開催されたタイ、フィリピンの投資セミナーにそれぞれ参加した。各会場とも中堅・中小企業を含めた方々で満席であり、アセアン(東南アジア諸国連合)の有力国に対する日本企業の投資意欲の高さが依然として窺われた。

先日、都内のホテルで開催されたタイ、フィリピンの投資セミナーにそれぞれ参加した。各会場とも中堅・中小企業を含めた方々で満席であり、アセアン(東南アジア諸国連合)の有力国に対する日本企業の投資意欲の高さが依然として窺われた。

両国はじめ、わが国を含めたアジア地域の各国は、世界から優れた企業や人材(留学生を含む)、観光客(メディカル・ツーリズム(医療観光)の患者・健診者も含む)や会議・研修等のイベント(MICE(*1))などを誘致しようと熱心に取組んでおり、今や国際的な競争状況が見られている。

企業・投資家・観光客等からの人気度や国際競争力のランキングで、アジア地域において、常に世界のトップレベルにランクされるのがシンガポールと香港である。

そのシンガポールにおいて、国外の有力企業や有能人材の誘致活動の司令塔として著名な経済開発庁(Economic Development Board)の高官にインタビューした際、彼が強調した同国の基本的な方針は「良いと思うことは先ず行ってみる」ということであった。

シンガポールを見ていると、拙文「「高度外国人材」の獲得・活用へ向けての提言-シンガポール等の先進事例を踏まえたマーケティング視点からの考察」(「基礎研レポート」2014年11月17日)でも紹介したように、積極的に世界的に優れた企業や頭脳を招くための先駆的な取り組みを数多く行っている。

この動きは、冒頭に挙げた二カ国をはじめ、他のアジアNIESやASEANの国々にも影響や刺激を与えており、それらの相互作用により、アジア地域において、良い意味での競争によって制度の改善や進歩が見られていると感じる。その一例として、投資等に関し、異なる省庁にまたがる複数の手続きを一元的に速やかに行う、ワンストップ化の取り組みの進展が挙げられよう。

このように、アジアの多くの諸国が、相当のスピードで国内の制度やシステムを改善している中にあって、わが国の動きはどうだろうか?

親日国といわれるアジア諸国の官僚や企業家からよく聞く言葉に、「日本政府や日本企業と共に案件に取り組んだり、それらの提案を採用したいという心情は強いものの、欧米や中韓などの諸国に比べて、意思決定や決断、アクションが遅すぎることが多く残念に思っている」ということがある。

このような議論に関して、シンガポールや香港等の事例を挙げると、日本の国内からは、「それらの小国・地域と日本では事情が大きく異なる」との反応が返ってくることが多い。

その点は十分理解しつつも、例えば、国家戦略特区などで、優れた企業の投資や人材、良質の観光客などを集めようとしている日本の都市や地域は、まさにシンガポール・香港などとの国際競争の渦中にいることを忘れてはならないだろう。

日本がアジア地域において、ほぼあらゆる分野におけるリーダーであった時代は今や過ぎ去っている。従来は国内販売が主戦場であったわが国の携帯電話が、新興市場を含めた世界市場の大幅な拡大の中でその地位を大きく低下させている。

このことに象徴されるように、国内顧客に大きく依存したビジネスで今後持続的に大きな発展を期待できる産業・企業は減少傾向にある。

海外市場で成功を収めたり、国内市場で海外からの顧客・投資家等をうまく取り込むことによって日本や日本企業が発展するには、自らの強み(競争優位)を大切にしつつ、ビジネスチャンスを適時に掴むためのスピーディな意思決定・決断とアクションがより必要になっていると考える。

国際的な競争に関連して、もう一つの視点を挙げたい。

「ある国の一人当たりGDP(国内総生産)の水準が、日本のXX年代に相当するから、YYのような製品やサービスが売れるだろう」という議論がある。

しかしながら、例えば、固定電話の歴史を経て携帯電話の普及に至った欧米や日本とは異なり、固定電話の設備への投資は行わずいきなり携帯電話が普及した新興国市場の事例を典型として、新たな現象が生じている。

つまり、日本の1970年代や80年代とは市場発展のプロセスが異なる新興国の市場では、世界的な有力企業というプレーヤー各社が、それぞれ得意とする最新の製品やサービスを持ち寄って競う、いわば「オリンピック現象」ともいえる状況が生じているのである。

国や企業の事業の遂行に当たって、十分な調査や検討が重要であることには異論がない。しかし、上記「オリンピック現象」の渦中にある市場という、競技が繰り広げられているその場で、日本や日本企業だけが作戦の検討や会議に時間をかけることは難しいだろう。

この点に関連し、知人の韓国人の経営学者が日韓の大企業の経営をゴルフのパッティングにたとえて比較し、「日本の経営者は慎重にグリーンの芝目・傾斜を読むがカップに届かずショートすることが多いが、韓国の(特に財閥の)経営者は、強気でパッティングをすることが多いので時にオーバーすることもあるが、届かないボールが決してカップインすることはない」と語っていることも興味深い。

サントリーには「やってみなはれ」という有名な言葉があるが、冒頭に述べたシンガポールの「良いと思うことは先ずやってみる」と共通するコンセプトであるといえよう。

欧米の政府・企業のみならず、今や、中韓その他アジアの政府や有力企業も加わって、世界の各国が、良質の投資や人材、観光客等を巡って競合している。

このような市場においては、一定の判断や仮定を元に、リスクをとったスピーディーな意思決定やアクションによる事業展開が強く求められていることを、日本政府と日本企業の多くが、改めて自覚し歩を早めることが期待されている。

(*1) Meeting(会議・研修・セミナー)、Incentive tour(報奨・招待旅行), Convention またはConference(国際会議・学術会議等)、Exhibition(展示会)の頭文字による造語。

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(2015年8月12日「研究員の眼」より転載)

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 兼 経済研究部 主席研究員アジア部長

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