生保業界の「涙ぐましい」努力-東日本大震災対応を振り返って

消費者庁主催の「消費者支援功労者表彰」をご存じだろうか。毎年1回、消費者利益の擁護・増進のために活躍している人や団体を対象に表彰が行われる。消費者庁のホームページで各年の表彰者一覧を見ると、表彰を受けた団体には消費者団体や消費生活協同組合がずらりと並んでいる。

消費者庁主催の「消費者支援功労者表彰」をご存じだろうか。

毎年1回、消費者利益の擁護・増進のために活躍している人や団体を対象に表彰が行われる。消費者庁のホームページで各年の表彰者一覧(*1)を見ると、表彰を受けた団体には消費者団体や消費生活協同組合がずらりと並んでいる。

そうした中、異彩を放っているのが2012年4月に平成24年度の「内閣府特命担当大臣表彰」を受けた生命保険協会である。生保協会は、事業者団体が表彰された事例として、例外的なものとなっている(*2)。

表彰者一覧には、表彰理由と考えられる主な活動実績が紹介されている。生保協会の活動実績には、「東日本大震災発生を受け、保険金請求手続きや保険料払込みに関する特別取扱いを実施した」ことと「保険契約に係る手掛かりがない方のための『照会センター』設置、業界内での情報共有、保険金支払いに資する手続きの行政への要望等、迅速な保険金支払いを促進した」という2点が記載されている。

生保業界は、東日本大震災における被災者対応が、「消費者支援功労者表彰」に相当するほど、消費者たる契約者サイドに立ったものであり、際だったものであったことを認められたわけで、誇るに値する活動であったと思う。

しかし生保協会は2012年4月25日に、「平成24年度 消費者庁主催「消費者支援功労者表彰」における「内閣府特命担当大臣表彰」の受賞について」と題する短いリリースを発表しただけである。

巨大災害が発生した場合、生保会社は、何にもまして、早く間違いなく保険金を支払い、被災者の生活再建に貢献することを求められる。そして伝統的にというか、DNAがあるというか、生保業界は、震災等にあたっては、一心不乱に、あるいは誠心誠意、対応する業界だ。

1923年(大正12年)の関東大震災では、東京、神奈川を中心とする1都4県で10万人に及ぶ死者が発生したが、これにまだ発足後間もない生保会社が全力で対応し保険金の支払いを実施した。大正期のスペイン風邪への対応とこの関東大震災への対応において、生保会社が多額の保険金を支払い、その使命を果たしたことが、人々に生命保険の必要性と役割を大きく認識させることとなった。

1995年の阪神・淡路大震災をはじめとする近年の大地震が発生する都度、生保会社は「災害死亡保険金の地震免責条項を適用せず全額支払います」との発表を行ってきた。

実は生命保険約款には、地震や津波等による死亡については、生保会社は災害死亡保険金(災害死亡時の割増保険金)の支払いを行わないことができるという免責条項がある。ただし保険の計算の基礎に及ぼす影響が少ないと生保会社が認めた場合には災害死亡保険金の全部または一部を支払うことがあるとしており、生保各社は、このただし書きを使って地震被害に対しても災害死亡保険金を支払って来た。

今回の東日本大震災対応にあたっても、生保各社は災害死亡保険金の免責条項を適用しないことをいち早く決定した。また震災後間をおかず、業界をあげて契約者の安否確認を開始した。自ら被災しながら、安否確認のために各地の避難所を駆け回った生保営業職員は多かったというが、こうした努力の結果、東北三県で約293万名の契約者の安否が確認され、確認率は99.97%に達した。

簡易・迅速な保険金の支払いのために、保険金請求に必要な書類の一部省略を認めるといった柔軟な実務取扱も実施された。被災された方がどのような生保契約に加入していたかがわからないと遺族が手続きを行えないので、その確認ができる『災害地域生保契約照会制度』も創設された。この照会制度を通じた照会件数は3742件に達した(*3)。

先日、ある会合で保険業界紙の記者さんと話をする機会があったが、そのとき彼が発した生保業界の「涙ぐましい努力」という言葉が忘れられない。

彼はその例として、2005年に発生した保険金支払い問題(医療保険・特約などの給付金請求事由が発生しているのに、契約者に支払い請求を行うよう働きかけなかったので保険金・給付金が不払いになった等として保険会社が責任を問われた問題)の再発防止のために、多くの生保会社が営業職員に全契約者への訪問・面談を行わせている事例を挙げていたが、東日本大震災対応においても、その教訓も活きて、以上見たような「涙ぐましい」経営努力が行われたのである。

これをいっそう「涙ぐましく」感じさせるのは、そうした努力を各生保会社があまりアピールしないことである。一般の人からは、全契約者を訪問するのは、そうすれば保険が売れると思うからでしょと思われがちだ。生保会社の努力は努力としてなかなか認めてもらえていないように思われる。

東日本大震災のあったその日の夜、興奮と不安さめやらぬ状況下、帰宅困難者として会社の自席に座りながら、当時脱稿目前であった書籍の後書きに付け加えようと思い立って書いた一文があった。その後、今こんなことを書いては不謹慎ではないかと考えを改め、結局は書き加えるのをやめたのだが、時間が経過して、そろそろいい頃合いかと思うので、ここにその一文を記録して、本稿を終える。

「なお本書脱稿を目前とした日の昼過ぎ、印刷原稿の最終確認を行っている最中に、大規模地震が発生した。筆者は、今回の地震被害に対しても、生保各社が最大限の誠意ある対応を取るだろうことを確信している。本書の歴史の項や約款解説の項(*4)に書いてあるように、日本の生保業界は、緊急時の顧客対応に誠心誠意対応する業界であった。それはおそらくこれからも変わらない。そうした生保業界の生まじめさ、かわいさといったものが伝われば、本書執筆者としての望外の幸せである。」

(*1) 消費者庁ホームページhttp://www.caa.go.jp/information/index.html#m03の表彰の項を参照。

(*2) なお他の事業者団体が表彰を受けた例として、翌平成25年度に日本損害保険協会が「ベスト消費者サポーター章」を受けた例がある。

(*3) 生保協会の取り組みの全容は、生保協会「東日本大震災における生命保険業界の対応と次の一歩」を参照のこと。

(*4) ニッセイ基礎研究所編「概説 日本の生命保険」日本経済新聞出版社2011年のp323~p324、p94~p98

株式会社ニッセイ基礎研究所

保険研究部 主任研究員

(2014年5月21日「研究員の眼」より転載)

関連レポート