社会を変えるための実践論【法政大学田中総長と連合古賀会長 特別対談(2)】

連合大学院では、その担い手として、社会での経験を踏まえて体系的に知識を整理し、あるべき社会を構想できる力をつけてほしい。そして一人ひとりの「市民」をつないでいく能力も合わせて身につけてほしい。

法政大学 連合大学院 開講記念 特別対談(2)

人々が支え合う連帯社会へ 社会を変える社会運動を始めよう

「社会を変えるための実践論」

― 若い世代にどう投げかけていけばいいのでしょう。

田中 昨年『そろそろ「社会運動」の話をしよう』という本を出しました。2011年から社会学部で始めた「社会を変えるための実践論」という授業をまとめたものです。学生たちは、すでにブラックバイトなどさまざまな社会・労働問題に直面し、モヤモヤしたものを抱えている。そのモヤモヤは何なのか、できるだけ身近な問題を取り上げて客観的、体系的、あるいは歴史的に考えてみようと始めました。

実は、この実験的な講義が実現したのは、社会学部の教員たちが、自ら困難な問題に直面したとき、それを回避せず、解決の道を探した経験を持っていたからなんです。自立した市民として生きることは、簡単なことでも当たり前のことでもない。その難しさを身をもって知っているからこそ、そのことを伝えたいと...。

ほとんどの学生は「運動」と聞いただけで「怖い」と思う。企業中心主義の考え方が若い世代にも受け継がれていて、ひどい目にあっても「自分のせい」だと思い込む。「運動=反社会的行動」というイメージが強く、「社会運動が必要」だと言うだけでは伝わらない。だから、家族が突然解雇された、子どもが通う保育園が民営化されたといった身近な問題を取り上げ、なぜ運動に関わったのかを教員が自らの経験として話し、その解決策を考えてもらうという手法をとりました。

私は、江戸時代の「百姓一揆」の話をしました。専売制度による農民側の損失などに対して、農民たちは、その取り消しや削減を求める「百姓申状」を書き記し、藩の役人の前で読み上げ手渡した。なぜ、農民が一揆を起こしたのかと言えば、それが有効だったからです。藩が最も恐れていたのは、農民が田畑を放棄する逃散。農民が働いて食糧を生産してくれなければ困ることが分かっているから、農民は団結して交渉し、要求を実現していったのだと...。

どうして運動に関わっていったのか、なぜそれが必要だったのかという話を聞いて、そこで初めて、「運動」とは、自分と無関係のものではない、自分が問題に直面したときはその状況を変えようと声を上げていいんだと思えるようになる。今、そこから始めているんです。

古賀 必要なことだと思います。連合では、法政大学をはじめ全国の大学十数校で寄付講座を行っています。90分×15回の単位講座で、「労働組合とは何か」から始まって、職場や労働組合活動のリアルな話をしているのですが、そうすると、労働組合がある職場の方が働きやすいということが伝わるのか、就職相談窓口で「この会社には労働組合ありますか?」と聞く学生が増えたと言うんです。

田中 おお、それはすごい効果ですね。

古賀 おそらくほとんどの学生は労働組合のことなんてまったく知らなかったと思います。それが講座に参加したことで意識が変わる。だから、どんどん足を運んで、語りかけ、ディスカッションすることが大事だと思います。

■次世代リーダーへの期待 組織をつなぐ、市民をつなぐ

― 社会は変えられる。そのためのリーダー育成ということですが、重視したいポイントは?

田中 法政大学は「市民のための大学」として歩んできました。「市民」とは問題に当事者として直面したとき、その解決に向けて主体的に行動する意欲と方法を持った人であり、その先には社会の仕組みを変えるという行動=社会運動があります。

一人ひとりが、学んだことや得た情報をもとに正誤の判断をして、自分なりの決断をする。他の人と意見が違ってもいい。自分の考えを社会との関係で持ち続けることができる「市民」が必要なんです。社会が「市民」で構成されていれば、困難にぶつかっても乗り越えられる。例えば、人口減少社会における労働力不足にどう対処するのか。難問ですが、市民一人ひとりが、自分の生活にマイナスになることがあっても「これを選ぶ」という決断ができれば、前に進むことができる。

とは言いながら、今、本当に「市民」が日本社会で育っているのかと考えると心もとない。選挙の度に投票率の低さにタメ息が出ます。そういう意味で、市民教育は切迫しています。連合大学院では、何が正義なのか、自分自身が納得できるまで考え抜く力を養ってほしいと思います。

古賀 実は、企業別組合が中心であるからこそ、社会運動を学ぶ連合大学院が必要だと思っているんです。日本の労働組合リーダーのほとんどは、労働運動を志してこの世界に飛び込んだわけではない。たまたま何かのきっかけで職場役員になり、単組の書記長や委員長になり、産別の役員になり、連合へと...。私自身もそうです。体系的に労働運動や社会運動を勉強したことなんてない。だから、連合大学院をつくりたいと切実に思ったんです。

連合は、現在全国260の地域協議会を拠点に、働くことや暮らしをトータルにサポートする「地域に根ざした顔の見える運動」に取り組んでいます。また、今年の春季生活闘争では、経営者団体や研究機関、行政などを含め課題を話し合う「地域フォーラム」を開催しています。「地方創生」のカギは、従来型の企業誘致ではなく、それぞれの地域の強みを生かし、強化していくこと。そのために地域のアクターをつなぎ課題を掘り起こしていく。そういう形で、地域のNPOや協同組合などとネットワークを結び、労働組合の地域組織がそのハブ機能を果たしながら労働運動の社会化を進めていきたいと思っています。

連合大学院では、その担い手として、社会での経験を踏まえて体系的に知識を整理し、あるべき社会を構想できる力をつけてほしい。そして一人ひとりの「市民」をつないでいく能力も合わせて身につけてほしい。連帯社会の構築は、負担を痛みとして捉えるのではなく、全員参加による「助け合い」「支え合い」「お互いさま」といった価値観をいかに共有できるかにかかっていると思うからです。

田中 そうですね。これからの「市民」は、職場だけ地域だけでなく、家庭も社会運動もというバランスも重要になるでしょう。その活動の場として、労働組合、協同組合、NPOという多様な機能を持った組織がつながり合う。まさに連合大学院の話になりましたね。

― きっちりまとめていただきました。本日はありがとうございました。

[進行] 永井 浩 日本労働文化財団理事・連帯社会研究交流センター事務長

■田中優子 法政大学総長

1952年神奈川県生まれ。法政大学文学部卒業。法政大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。法政大学第一教養部教授、同社会学部教授、同社会学部長等を経て、2014年4月より現職。

著書に『江戸の想像力』『グローバリゼーションの中の江戸』、編著に『そろそろ「社会運動」の話をしよう--他人ゴトから自分ゴトへ。社会を変えるための実践論』など多数。

■法政大学院

連帯社会インスティテュート(通称:連合大学院)

法政大学と連合、日本労働文化財団が連携し、2015年4月より法政大学大学院に新たに設置される修士課程プログラム。日本の新しい地域社会や国づくりに貢献する「新しい公共」を担う次世代の社会的リーダー養成を目的に、政治学研究科政治学専攻と公共政策研究科公共政策学専攻公共マネジメントコースが連携して設置。政治学、法学、経済学、経営学、社会学など幅広い分野の概論を専門基礎科目として設置するほか、専門科目として労働組合、NPO、協同組合をテーマに調査分析能力や政策立案能力を身につけるための教育・研究を行う。2014年4月には、連合大学院と連携し、その活動をバックアップしつつ、広く労働運動、社会運動が研究・交流・協同していくためのコミュニティ拠点として「連帯社会研究交流センター」が設立されている。

(「連合ダイジェスト」より転載)

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2015年4月号」記事をWeb用に編集したものです。「月刊連合」の定期購読や電子書籍での購読についてはこちらをご覧ください。

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