甘利問題、「政治的向かい風」の中で強制捜査着手を決断した検察

昨夜(4月8日)、東京地検特捜部が、URの千葉業務部と建設会社に家宅捜索に入ったことが大きく報じられている。

都市再生機構(UR)と建設会社との間の補償交渉に介入した甘利元経済財政再生TPP担当大臣の元秘書らが、同社総務担当者から多額の金銭を受領し、甘利氏自身も、大臣室等で現金を受領した問題(以下、「甘利問題」という)に関して、昨夜(4月8日)、東京地検特捜部が、URの千葉業務部と建設会社に家宅捜索に入ったことが大きく報じられている。

私は、最初に週刊文春で報道された時点から、ブログ等で「絵に描いたようなあっせん利得」と評し、衆議院予算委員会公聴会でも、「狭いストライクゾーンのど真ん中のストライクの事案」などと表現して、あっせん利得処罰法違反等による刑事事件の捜査の対象とすべき事件であることを繰り返し訴えてきた。

しかし、今年1月にこの問題が表面化し、その1週間後に甘利氏が大臣を辞任したが、その後も、検察が本格的に捜査を行おうとしている様子はうかがえなかった。「検察は参議院選挙までは捜査に着手しない」というような話も耳にしていた。

だからこそ、昨夜、NHKの「ニュースウォッチ9」の冒頭で、このニュースを聞いた時には、正直驚いた。

この問題での処罰の中心となるべき甘利事務所や秘書の側が対象となっておらず、URや建設会社側だけに捜索が行われたということから、それまで散発的に報じられていた捜査の動きと同様に、告発を受けて捜査をせざるを得ない立場の検察が「ガス抜き」のためにやっているのではないか、という見方もできなくはない。

それにしても、甘利氏が外交交渉を担当したTPP関連法案の国会審議が始まろうとしている時期、しかも、この7月に衆参同時選挙が行われる可能性も取り沙汰されており、その前哨戦として極めて重要な衆議院北海道5区の補欠選挙を直前に控えている時期だ。この時期の「甘利問題」での強制捜査着手というのは、政治的な影響は大きいと言わざるを得ない。

政治的影響を生じさせる事件、とりわけ選挙への影響が大きい強制捜査の着手に対しては、検察に対し、法務省サイドからの抑制が強く働く。まして、絶大な政治権力を握る安倍政権の意向に反する方向での捜査着手に対しては、強い反発が生じることは必至だ。

どの時期に、どのような捜査を行うかは、捜査機関側が判断する問題であり、政治的影響への配慮を優先させるなら、告発されていても、当面は本格的捜査を見合わせるということも考えられる。

それだけに、突然の強制捜査、しかも、夕方に着手し夜を徹して行われているというUR等に対する捜索差押というのは、捜査の方法としてもインパクトが強い。検察の本気度を示しているように思える。

捜索の対象に甘利事務所が含まれていないことも、この事件に関する証拠関係の特殊性と、事件の政治的影響を考えれば、捜査のやり方として考えられないものではない。建設会社の総務担当者は、甘利氏の秘書とのやり取りをすべて録音していると言われており、その点や現金授受について甘利事務所側の証拠隠滅は困難だからだ。

告発されている「あっせん利得処罰法違反事件」について言えば、事件を起訴できるか否かの最大のポイントは、「国会議員の権限に基づく影響力の行使」があったと認められるか否かであり、その点については、「UR」に対する捜索は極めて重要な意味を持つ。甘利事務所側への強制捜査は政治的影響に最大限に配慮する法務省側の意向の下で高検・最高検に了解を得ることは困難なので、まず、告発事件のあっせん利得処罰法違反の捜査に関して、現時点で最も重要といえるUR側への捜査を先行させるというやり方は、あり得る。そのような観点から、UR側への捜査を進めていたところ、UR側の対応から任意捜査では事実解明が困難だと判断して強制捜査着手を決断したのであろう。

もちろん、甘利事務所側を強制捜査の対象としなければ、URへの働きかけへの甘利大臣個人の関与について十分な証拠を得ることが困難であることは否定できない。しかし、まず、現時点で可能な範囲での最大限の積極捜査としてUR側等への捜索を行うなどして、秘書に対するあっせん利得処罰法違反の証拠を固め、その捜査の目途が立った後に、甘利氏自身の関与の解明を行うという方法も、捜査の進め方として十分にあり得る。

大阪地検の不祥事など一連の不祥事以降、旧来の「検察が考えたストーリーどおりの供述調書」をとることを中心とする捜査が行えなくなり、それ以降、目ぼしい成果をほとんど挙げることができなかった特捜検察。しかも、安倍政権への政治権力の一極集中が進み、政権側の意向を忖度せざるを得ない状況の検察にとって、「甘利問題」への本格捜査へのハードルは相当高かったと思われる。「絵に描いたようなあっせん利得」に対する検察の積極的捜査を当然視し、期待する発言を続けてきた私も、内心では、「たぶん今の検察には無理だろう」というあきらめに近い思いが強かった。それだけに、今回の、この時期の強制捜査着手は、意外であった。

「甘利問題」の刑事事件としての評価、捜査のポイント等については、今年1月以降、【甘利大臣、「絵に描いたようなあっせん利得」をどう説明するのか】【甘利大臣をめぐる事件で真価を問われる検察】【甘利問題、検察が捜査着手を躊躇する理由はない】などのブログで繰り返し述べてきた。甘利氏の政治家としての経歴、事件当時のポジション等からして、あっせん利得処罰法違反の要件としての「国会議員の権限に基づく影響力の行使」を立証することは十分に可能だと考えられる。また、補償交渉での要求が不当なものであれば、刑法の「あっせん収賄」に該当する可能性すらある。

今回のUR側等への捜索に関しては、「政治的な強い向かい風」の中での強制捜査に着手にした東京地検特捜部の決断に、まずは敬意を表したい。そして、今後、事件の真相解明に向け、幾多の困難を乗り越えて捜査が遂行されていくことを強く期待したい。

(2016年4月9日 「郷原信郎が斬る」より転載)

注目記事