「浜渦氏偽証告発」"都議会の品格"が問われる

日本は、本当に法治国家なのだろうかと思えるような事象が相次いでいる。

虚偽陳述(偽証)による告発とは

豊洲市場への移転問題に関して東京都議会に設置された地方自治法100条に基づく委員会(「百条委員会」)が喚問した浜渦武生元副知事に関して、「虚偽陳述」で告発する動きが強まっていると報じられている。

地方自治法100条9項は、「議会は、選挙人その他の関係人が、第三項又は第七項の罪を犯したものと認めるときは、告発しなければならない。」と定めている。「第七項の罪」というのが、「虚偽陳述」である。

虚偽陳述とは、「意図的に虚偽の陳述を行うこと」であり、「陳述内容が虚偽であること」に加えて、陳述の際に「虚偽であることの認識があったこと」が必要である。

「(議会は)...告発しなければならない」というのは、公務員の告発義務(刑訴法239条2項)の規定と同様の文言であり、「告発を行うか否かについての合理的な裁量は認められる」というのが一般的な解釈だ。

この権限は、国会での国政調査権に基づく証人喚問と同様に、議会での喚問において意図的な虚偽陳述が行われ、それを放置したのでは委員会設置の目的が達せられないと判断される時に、議会が告発を行うものであり、委員会設置の目的実現のために議会に与えられた手段だ。政治的対立を背景に、関係者をつるし上げることは百条委員会の目的ではない。

百条委員会設置の目的と浜渦氏の陳述内容

東京都の百条委員会における調査の焦点となったのは、第1に、なぜ土壌汚染がわかっていた豊洲市場に移転することが決まったのか、第2に、なぜ2011年の売買契約時に東京ガスの土壌汚染対策費78億円を上限とする「瑕疵担保責任の放棄」が盛り込まれたのかであり、それらの経緯を明らかにするために、当時の東京都幹部職員、東京ガス関係者等、多数の証人の喚問が行われた。

浜渦氏は、2005年まで副知事を務め、市場問題を所管していた上、当時の石原慎太郎知事の命を受けて東京ガスとの交渉に直接関わっていた人物であり、上記第2の目的に関して、浜渦氏が東京ガスとの交渉の中で「瑕疵担保責任の放棄」に関わっている疑いがあるというのが、百条委員会での喚問の目的だったはずだ。

3月19日の百条委員会での喚問で、浜渦氏は以下のような陳述を行った。

①2001年7月の東京ガスとの移転に関する基本合意締結までは、水面下での交渉に関わったが、それ以降は、同社との交渉には一切関わっていない。

②基本合意締結時には、(東京ガスには)「土地はきれいにしてください」と頼んだ。

③その後の交渉は知事本局に任せており、東京ガスに追加の土壌汚染対策を求めない「瑕疵担保責任の免除」が盛り込まれるきっかけとなった「確認書」による合意には関わっていない。

④基本合意締結後は、東京ガスとの交渉は知事本局が担当しており、豊洲市場の問題については、報告を受けておらず、指示もしていない。

浜渦氏は東京ガスとの「水面下の交渉」において、「東京ガス側の土壌汚染対策の免除につながるようなことは一切しておらず、瑕疵担保責任の免除にも全く関わっていない」というのが浜渦氏の陳述の趣旨である。

上記の百条委員会設置の目的と、浜渦氏喚問の目的からすると、浜渦氏の刑事処罰を求めて虚偽陳述で告発するとすれば、「浜渦氏が東京ガスとの交渉に、いつまで、どの程度に関わっていたのか、その交渉の中で東京ガスの土壌汚染対策の責任に関してどのようなやり取りが行われたのか、という点に関して意図的な虚偽の陳述が行われた場合」であろう。

偽証等の刑事処罰の対象

国会での証人喚問に関しても、籠池氏の証言について、自民党議員が偽証告発をめざして調査しているようだが、【籠池氏「告発」をめぐる"二つの重大な謎"】でも述べたように、「郵便局での振込手続を誰が行ったのか」等、自民党調査チームが問題にしている事項が、国会の国政調査権に基づく証人喚問の証言について偽証告発の対象となるものではないことは明らかだ。

国会の喚問でも、百条委員会の喚問でも、偽証等で刑事処罰の対象になり得るのは、「調査目的に関わる重要事項」について「意図的な虚偽証言」が行われた場合である。

東京都の百条委員会であれば、上記の委員会の調査目的に関わる重要な事実に関して意図的な虚偽陳述があれば告発を行って処罰を求める価値があると言えよう。

百条委員会の委員でもある音喜多駿都議会議員が、ブログで述べているように

浜渦副知事は困難な交渉をまとめた「タフネゴシエーター」でもなんでもなく、「汚染土壌が残置されたままでもよい」と大幅な譲歩を行い、交渉を取りまとめただけだった。

ここで東京都が譲歩した内容が、その後に判明した高濃度の汚染物質除去に対応する際の基準になり、結果として瑕疵担保責任を東京ガス側に強く求めることができず、莫大な都税が汚染除去に投じられることになった

というような事実関係だとすれば、浜渦氏には、東京ガスとの交渉で「大幅な譲歩」を行ったことについて重大な責任があるということになり、浜渦氏の「瑕疵担保責任を免除することにつながる交渉や合意には一切関わっていない」という趣旨の陳述は、自己の責任を否定するための虚偽陳述ということになり、虚偽陳述で告発をするのが当然ということになる。

しかし、基本合意の際に都と東京ガスとの間で交わされた「確認書」が、最終的に東京ガスの瑕疵担保責任が免除されたことに関して決定的に重要だというストーリーが、これまでの百条委員会の調査では、明らかになったとは言えない。

「確認書」の作成者の野村氏からは「確認書に関して浜渦氏の指示を受けた」とか、「それについて報告した」との陳述はなく、その上司であった赤星氏も、「確認書は見ていない」と言っている。また、交渉相手の東京ガスの関係者も、「確認書」の内容は二者間合意として認識しているが、「その内容に浜渦氏が関わっていた」とは言っていない。

つまり、百条委員会では、現時点で、浜渦氏と「確認書」を関連づける証拠は何も得られていないのである。

何が虚偽陳述とされているのか

報道されているところによると、浜渦氏の虚偽陳述で告発すべきとされているのは、上記④の中の「基本合意締結後は報告を受けていない」との陳述が、実際には報告を受けていたことが明らかなので、虚偽である疑いが強まったということのようだ。

浜渦氏は、4月10日に記者会見を行い、①について「基本合意後は交渉に関わっていない」と繰り返す一方で、④については、

(担当者部局が)困れば相談に来たかもしれない。聞かれたことは職員に丁寧に答えたが、指示はしていない

と述べて、委員会での陳述と若干異なる説明をした。このことで、百条委員会での浜渦氏の「報告を受けていなかった」との陳述が虚偽である疑いが一層強まったとされ、同氏の偽証告発が行われる見通しだとされている。

確かに、3月19日の証人喚問で、浜渦氏は、「私への報告は一切ありませんでした」と陳述している。しかし、それは「二者間合意は全く知りません」「こういう書類(確認書)があったというのも最近知ったことです」と述べていることからしても、その「報告を受けていない」というのは「二者間合意」や「確認書」のことを言っているようにも思える。

百条委員会の際の質問が、かなり長いものなので、「報告を受けていない」というのが、具体的に何についての報告を意味しているのか、必ずしも明確ではない。

これに対して、記者会見で「困れば相談に来た。聞かれたことは丁寧に答えた」と言っているのも、市場問題を所管する副知事として一般的な報告を受けていたという程度のようにも思えるので、百条委員会での「報告を受けていない」という陳述と相反するのかどうかもよくわからない。

しかも、浜渦氏は、記者会見で、再喚問に応じる意向を示している。だとすると、地方自治法100条9項但し書で「虚偽の陳述をした選挙人その他の関係人が、議会の調査が終了した旨の議決がある前に自白したときは、告発しないことができる。」とされていることとの関係が問題になる。もし、「報告は受けなかった」という陳述が「百条委員会の調査の目的に関わる重要事実」だというのであれば、浜渦氏が記者会見で、再度喚問されれば説明する意向を示している以上、再度喚問して訂正する機会を与えないまま偽証告発を行うことが正当なやり方だとは思えない。

浜渦氏に対して虚偽陳述の告発を行うとすれば、東京ガスとの交渉における浜渦氏の関与の内容に関して重要な事項について虚偽の陳述が行われたことが確認された場合であろう。百条委員会での浜渦氏の偽証告発のためには、浜渦氏が「確認書」の合意に直接関わったことや、基本合意締結後の豊洲市場問題への関与が、所管する副知事としての一般的なものではなく、具体的な指示を行うなどの積極的な関与であったことが、証拠により明らかになることが必要である。

音喜多氏などが、

浜渦副知事に対して報告していた「お手紙」の現物は公的に提出された資料から発見されており、(報告を受けていたことの)動かぬ証拠が存在する

などと述べているが、虚偽陳述(偽証)を立証する証拠というのは、「公的に提出されたか否か」が問題なのではない。それが、虚偽の陳述であることを具体的に立証する証拠価値を有しているか否かが問題なのである。

浜渦氏の虚偽陳述(偽証)については、まだ、漠然とした疑いのレベルにとどまっているように思える。

「法律上の告発」に伴う責任

拙著【告発の正義】(ちくま新書:2015年)参照)でも述べたように、最近、私人にせよ、官公庁にせよ「告発」をめぐる環境が激変している。「告発」は重大な社会事象になっていると言える。しかし、それが、「悪事を暴くこと」という社会的意味で使われるのではなく、法律上の権限として行われる場合には、それ相応の責任を伴うことを忘れてはならない。

官公庁の告発であれば、事前に検察に相談し、起訴の見通しを確認するのが従来の慣例であった。しかし、議会は独立かつ自律性を持った機関なので、議会が虚偽陳述(偽証)による告発を行う場合に、検察官に事前相談することはあまりない。それだけに、告発は、調査の目的に関わる事項についての虚偽陳述(偽証)であり、なおかつ、その嫌疑が相当程度あって、起訴される見通しが高いと議会として判断ができる場合に行われるべきであろう。

【籠池氏「告発」をめぐる"二つの重大な謎"】等でも述べたように、国会の国政調査権に基づく証人喚問に関しても、「告発」に関する基本的な事項も理解されていないのではないかと思えるような動きがあったり、【行政調査権限は、「犯罪捜査」のためのものと解してはならない】で述べたように、大阪府という自治体のトップが、行政調査権限と「告発」の関係を理解していないような発言をしたりというような、日本は、本当に法治国家なのだろうかと思えるような事象が相次いでいる。

東京都という日本最大の、いや世界最大の都市の議会において、都議会が虚偽陳述による告発を行うというのであれば、犯罪の成立と起訴の可能性について十分な検討を行った上で行うべきである。そうでなければ、東京都議会の「品格」が問われることになりかねない。

(2017年4月12日「郷原信郎が斬る」より転載)

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