「リニア談合」告発、検察の“下僕”になった公取委

独禁法運用を担ってきた公取委の歴史に重大な汚点を残したと言わざるを得ない。
Toshiyuki Aizawa / Reuters

3月23日、東京地検特捜部は、リニア中央新幹線の工事をめぐる談合事件で、大林組、鹿島、清水建設、大成建設のゼネコン4社と、逮捕された大成建設、鹿島両社の担当者2人を独占禁止法違反(不当な取引制限)で起訴した。

大成建設、鹿島2社の担当者については、逮捕した以上、起訴しないことは考えられず、不当に起訴されるであろうとは思っていたが、驚いたのは、大林組、清水建設の2社の担当者が起訴されず、法人だけの起訴になったことだ。

しかも、起訴事実は、逮捕事実と実質的に変わっておらず、品川駅・名古屋駅の合計3工区の工事に関する合意だとのこと。それらの工事を受注したのは、担当者が起訴されなかった大林組と清水建設であり、逮捕・起訴された大成と鹿島の2社は、全く受注もしていない。

大林組、清水建設の2社の担当者の不起訴の理由については、「公正取引委員会に談合を自主申告し、捜査に協力したことなどを考慮したとみられる」などとされている。

逆らう者は逮捕する「権力ヤクザ」の特捜部】でも述べたように、検察は、そもそも、独禁法違反の事実を否認している2社の担当者だけを逮捕するという「権力ヤクザ」のようなことをしているのだから、その流れで、検察が、2社を不起訴にするのは想定できないわけではない。問題は、公正取引委員会(公取委)までもが、その検察の方針に沿う形で告発を行ったことだ。

公取委は、独禁法違反の犯罪について「専属告発権」を有しており、公取委の告発がなければ、検察は起訴することができない(96条1項)。そして、公取委が告発した事件について不起訴処分を行った場合、検察官は、法務大臣を通して内閣総理大臣に不起訴理由を報告しなければならない(74条3項)。独禁法違反の犯罪について、他の犯罪とは比較にならないほど、公取委に強い権限が与えられているのである。ところが、今回、公取委は、4社と2者の告発をすることで、検察捜査に刃向かう会社とその担当者を徹底して不利に取り扱うという検察の極めて不当なやり方を、丸ごと追認した。

もし4社間で「競争を制限する合意」があったとしても、それによって工事を受注して利益を得た会社の担当者と、受注せず協力しただけの会社の担当者と、どちらが独禁法違反として悪質・重大かは、明らかなはずだ。検察の取調べに対して犯罪事実を否認している2社の担当者だけを起訴し、認めている2社は起訴しないというのは、検察の都合による、検察の方針であり、公取委にとって、担当者の告発に差を設ける理由は全くないはずである。公取委は、記者会見でその理由について質問され「調査の内容に関わる」などと意味不明の理由で説明を拒んだようだ。

しかも、昨年12月の時点で当ブログ【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】で詳細に述べたように、リニア工事は、JR東海という民間企業の発注であり、極めて高度な技術が要求される大規模工事で、発注方式も、受注者選定の方式も、そのような工事の特性に応じたものとなっているのだから、そもそも、今回のリニア工事をめぐる問題は、独禁法違反の犯罪で処罰すべき問題ではない。

日経Bizgate「郷原弁護士のコンプライアンス指南塾」【「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス】でも述べたように、「独禁法違反の犯罪」の成否以前の問題として、独禁法コンプライアンスの基本的視点から考えれば、そもそも独禁法で問題にすべき案件ではないことは明らかだ。

ところが、公取委は、「『4社の法人に対する告発状』と『2社担当者だけの告発状』を持ってこい」という検察の「御用命」に、 "下僕"のように従った。

そのような告発に至るまでの経過は、産経ネット記事【大成・鹿島「最高裁まで争う」 検察主導、司法取引"先取り"...異例ずくめの捜査】によれば、

特捜部は昨年12月8、9日、リニアの非常口新設工事の入札で不正があったとして偽計業務妨害容疑で大林組を家宅捜索。同18、19日には独禁法違反容疑で公取委とともに4社を捜索したが、別の公取委幹部は「事件のスタートからして異例だった」と振り返る。

談合事件は、公取委が数カ月かけて調査を進めた上で特捜部が本格捜査に乗り出すのが一般的だが、今回は当初から特捜部が主導し、家宅捜索からわずか2カ月余りで大成と鹿島の幹部を逮捕。起訴に至るまで3カ月という"スピード捜査"だった。「市場の番人」といわれる公取委がゼネコン側の聴取にもあまり携わっておらず、最後まで"置き去り"にされた。

ということのようだ。「本来は公正取引委員会の調査が先行する談合事件で、特捜部が終始捜査を主導する、異例ずくめの捜査」だった。

ゼネコン談合に対する独禁法の適用、それを悪質・重大として告発することの是非というのは、独禁法の運用強化が図られてきた90年代以降、公取委にとっても重要なテーマであった。私が公取委出向時1992年に関わった埼玉土曜会事件以降、公取委と検察との間には様々な確執があった。(埼玉土曜会事件は、大手ゼネコンによる談合事件の告発をめざして、公取委として可能な限りの調査を行ったが、検察の幹部や現場からの強烈な消極的対応のため、告発断念に追い込まれた事件。その経過については、【告発の正義】(ちくま新書:2015年)第3章で詳しく述べている。)告発見送りを正式に決定した公取委と検察との協議の場で、当時の最高検財政経済係検事が述べた次のような言葉(同書97頁)が、当時の検察側の考え方を象徴するものだった。

そもそも66社もの談合の事件を告発などしようと考えるのがおかしい。そんな事件を告発されたら、検察がどれだけの検事を動員してやらなければならなくなるか。公取委には、排除勧告とか課徴金とか、自分でやれることがあるんだから、それでやっていればよい。

このような独禁法の問題に対する検察の基本的なスタンスは、当時から全く変わっていない。「独禁法という法律が、経済社会にとって極めて重要な法律であり、その法律の実効性を高めていくためには、課徴金等の行政処分に加えて、悪質・重大な事案には刑事罰を科す必要がある」というのが、独禁法的視点からの刑事罰適用の理由だが、検察には、そのような視点は全くない。「検察の捜査は検察のためにやるのであり、特捜部としてリソースを投入して行う捜査は、特捜部として社会的注目を集め、評価される事件をやるためのもの」ということなのだ。

今回は、逆に、「公共調達をめぐる競争政策」という、独禁法運用においても極めて重要なテーマに、検察が、検察の都合で土足で踏み込んできて、ほとんど公取委に独自に判断させることもなく、勝手に捜査をして、独禁法の解釈についても、告発の要否についても、検察の方針を公取委に押し付け、公取委は、それに唯々諾々と従ったのである。

今回の「リニア談合事件」での公取委の告発は、独禁法運用を担ってきた公取委の歴史に重大な汚点を残したと言わざるを得ない。

(2018年3月25日郷原信郎が斬るより転載)

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