阪急阪神ホテルズ問題、「自爆」を招いた会社側の「無神経」

それを、一般的な食料品の製造・販売をめぐる問題のようにとらえ、「大企業のコンプライアンスの論理」で画一的に取扱い「表示と異なる食材の使用」として事実を公表し、代金を返金する措置をとった。そのような阪急阪神ホテルズという企業のコンプライアンスの「無神経さ」が、危機を拡大させた最大の原因と言えるのではなかろうか。

10月22日、株式会社阪急阪神ホテルズが運営する8ホテルのレストランなどが提供した料理47品目でメニュー表示と異なる食材が使用されていたことを会社側が公表し、利用客に代金を返還することを明らかにした。ニュース、ワイドショー等でも「料理偽装」問題として大々的に取り上げられるなど、大きな波紋を生じている。「料理偽装」と報じられたことで、阪急阪神ホテルのブランドイメージのみならず、高級ホテルのレストランに対する信頼にも重大な影響を与える事態となった。

過去に、多くの企業が「不祥事対応」に失敗し、ダメージを拡大させてきたが、それにしても、今回の阪急阪神ホテルズの対応は、「自爆」と言いたくなるほど、あまりに拙劣だ。危機を拡大させた根本的な原因は、会社側の「無神経なコンプライアンス対応」にあると言うべきだろう。

まず、会社側の「メニュー表示と異なる食材の使用」という事実の公表のやり方に重大な問題がある。

会社側は、「メニュー表示と異なった食材を使用していたことに関するお詫びとお知らせ」と題する公表文の別紙に、「メニュー表示と異なった食材を提供した内容等の一覧」と題して、47件について、「施設名」、「提供場所等」「メニュー名」、「誤表示の内容」、「ご利用人数」「販売期間」の項目を記載した一覧表を添付した。

この公表文と一覧表の記載が独り歩きしたために、「高級ホテルの高級レストランにおける膨大な数の『料理偽装』」のように認識されて、批判・非難が一気に拡大していったのである。

会社側は、今回の問題は「料理の偽装」ではなく、「メニューの誤表示」だと説明している。10月24日に行われた社長の記者会見でも、「誤表示」であることを強調している。

それなら、「実際の食材と異なったメニュー表示」というタイトルにすべきであった。

確かに、メニューが先にできていて、それと異なる食材が使用された場合には、意図的か否かは別として、「食材の使用」の問題と言わざるを得ない、というのも一つの理屈だ。しかし、会社側として、使用した「食材」の方には問題はなく、それと適合するメニュー表示が行われていなかったことが問題だった、と言いたいのであれば、「メニュー表示」の問題をタイトルにすべきだった。

「メニュー表示と異なった食材の使用」というタイトルにしたことが、新聞、テレビなどの見出し、記事で「メニュー表示」ではなく「食材の使用」の問題のように扱われ、食材の方に問題があるように認識される原因になったことは否定できない。

不祥事についての事実の公表に関する措置や表現の一つひとつが、どのようにマスコミに扱われ、どのように使われるのかを考えなければならない、というリスクコミュニケーションの基本的な認識の欠如という「無神経さ」が、危機を拡大させたと言える。

さらに、大きな問題は、47件の「メニュー表示」の問題全体を、一つの「一覧表」で表現したことである。

一覧表には、食材とメニュー表示の違いがあったすべてのケースについて、提供施設名と「誤表示の内容」「利用人数」「販売期間」が単純に並べて記載されている。

しかし、ここに記載された施設の中には、「高級ホテルの高級レストラン」もあれば、競馬場、劇場、病院、学生会館の中のレストランも含まれている。また、料理の提供の方法にしても、レストランの客が、個別にメニューを見て料理を注文するものもあれば、ホテルの宴会場でパーティー料理として提供したもの(大部分はビュッフェ形式だと思われる)も多数含まれている。

高級店では商品・サービスの内容が個別化され、逆に、低価格店では規格化される。メニューについても、高級レストランであれば、接客担当者が、内容を丁寧に説明してくれるが、低価格店では、印刷したメニューがテーブルに置いてあるだけであることがほとんどだ。また、ビュッフェ形式のパーティーであれば、メニューは、パーティーの主催者側に示されるだけで、飲食するパーティー参加者は直接目にしない場合も多い。

このように、提供する料理・食材と表示の関係は、施設の規模、性格や提供の形式によって異なる。その違いによって、使用した食材とメニュー表示の違いが利用者の側にどのように認識されるのかも異なってくる。

しかも、一覧表を見ると、食材とメニュー表示の違いも、当該料理を提供し全期間にわたって生じていたように思えるが、実際には、そうではなく、当初は、メニュー表示通りの食材を使用していたのが、途中から、何らかの事情で他の食材を使用したというのが大部分であろう。そうであれば、違いが生じた期間とその期間の利用人数を可能な限り特定して記載すべきであろう。

しかも、「メニュー表示と異なる食材の使用」の47件が、一覧表で同列に並べられ、会社側がすべてを消費者庁に報告し、同庁が、不当表示(景品表示法違反)の疑いで調査を行っていると報じられたことが、47件全体が景表法の不当表示に該当するかのように受け止められることにつながったが、不当表示となるのは「一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示す表示」であり、多くの件は該当しないと思われる。

「不当表示に当たる違法行為」などという先入観を捨てて、これら47件の中身を、改めて冷静に眺めてみると、多くは、メニュー表示と食材との間に何らかの違いはあっても、それ程重大なものだとは思えない。

今回事実を公表した47件のうち、「冷凍魚」を「鮮魚」と表示したというのが13件あるが、「鮮魚」の「鮮」は、「冷凍保存」という「鮮度維持の方法」をすべて排除する意味なのであろうか。冷凍技術の発達によって、冷凍物でも、生で運搬・保存するもの以上に鮮度が良いものも多いはずだ。冷凍物であっても、シェフが自信を持って選んだ食材で作った料理を、「鮮魚のムニエル」などと表示することが「実際のものよりも著しく優良であると示す表示」になるのだろうか。

「鮮魚の刺身盛合せ」に冷凍まぐろが含まれていた件も問題にされているが、まぐろの刺身は通常は冷凍物であり、生のまぐろの方を「生まぐろ」と区別して呼ぶのが一般的だ。「鮮魚の刺盛り」に冷凍まぐろが含まれていたことに不満を持つ客がいるだろうか。

「自家菜園の野菜」などと表示した野菜に他の野菜が含まれていたなど「野菜」に関する問題が15件あるが、ホテル菜園の品目・収量に限界があるのは当然であり、一部他の野菜が含まれていても、菜園で採れた野菜も使用しているのであれば、利用者の期待を裏切るものとは言えないだろうし、少なくとも、「著しく優良」と誤認させる表示とは言えないことは明らかである。

「レッドキャビア」が「マスの魚卵」ではなくトビウオの魚卵だったという問題も、テレビ等で大々的に取り上げられたが、クラゲの上に「彩り」として微量添えられているものに過ぎない。しかも、「レッドキャビア」が通常「マスの魚卵」を意味するということを知っている人がどれだけいるであろうか。むしろ、食感や魚卵の大きさは、トビウオの魚卵の方がキャビアに近いようにも思える。

このように、47件の大部分は、メニュー表示と食材の違いは、利用者側に誤解を与える程度は低く、実質的に大きな問題になるものとは思えない。

景表法の不当表示という面でも、該当する可能性があるとすれば、産地の異なるポークを「霧島ポーク」と表示、沖縄産でない豚を「沖縄まーさん豚」と表示したなどの豚肉の産地表示の問題、「津軽鶏」を「津軽地鶏」と表示した問題ぐらいだろう。

ビーフステーキに「牛脂注入牛肉」を使用していた件も、もし「霜降り牛肉」と表示したのであれば、「人工的な霜降り」を「天然の霜降り」のように表示したということで、不当表示に該当する可能性が高いが、単に「ビーフステーキ」と表示しただけであれば、加工・調理方法の範囲内の問題とも言えるので、不当表示に当たるとは言えないであろう。消費者庁のHPでは、表示方法として「牛脂注入加工肉使用」と明記する方法を挙げているが、それを行わなければ違反になるというものではない。

個々に見ていくと、利用者に大きな誤解を与えるとは思えない「メニュー表示の誤り」も、47件が同列に並べられ、しかも、会社側が景表法に違反する疑いがあると判断して消費者庁に報告したとなると、最初から、重大な「料理偽装」のようなイメージを与えてしまうことは否定できない。

47件について、販売の全期間の利用客に、一律に代金全額を返金するというのも、あまりに短絡的な措置だ。

「鮮魚のムニエル」の食材が冷凍魚だったこと、「自家菜園の野菜」に他の野菜が含まれていたことが、提供した料理の価値を全て否定するほどのものなのであろうか。その中には、大切な記念日にホテルで楽しんだディナーなどもあるはずだ。その「思い出」すらも、「偽装料理」という言葉で汚されてしまうことになりはしないか。

株式会社阪急阪神ホテルズは、阪急電鉄、阪急交通社、東宝、阪神電鉄などの会社が阪急阪神ホールディングスに経営統合されたことに伴って、各社のホテル部門が合併してできた会社であり、売上高は約630億円、業界4位の大規模ホテル会社である。

大企業として、傘下の多くのレストランを運営することになった同社が、他社における同種の問題が発覚したのを機に社内調査を行った結果、今回の問題が明らかになり、親会社の阪急阪神ホールディングスのコンプライアンス方針に従って判断をした結果が、今回の事実の公表、返金の措置ということだろう。その前提となったのは、「法令遵守」の観点から、景表法に違反する疑いが少しでもあれば、是正措置をとる必要があるという「大企業のコンプライアンスの論理」であろう。

しかし、ホテル、レストランにおける料理の提供は、単なる「食品の販売」ではなく、施設の雰囲気、シェフやソムリエ、給仕接客態度、料理の味・外観なども含めて客に満足を与える総合的な商品・サービスである。同じ阪急阪神ホテルズが経営する施設であっても、一つひとつに個性があり、客との関係、メニューの作り方も異なるはずだ。メニュー表示と食材に関して問題を把握したのであれば、個々の施設ごとに、事例ごとに、事実関係と問題の大きさの程度を調査・確認し、個別の実態に適合した丁寧な措置をとるべきだったのではなかろうか。

それを、一般的な食料品の製造・販売をめぐる問題のようにとらえ、「大企業のコンプライアンスの論理」で画一的に取扱い「表示と異なる食材の使用」として事実を公表し、代金を返金する措置をとった。そのような阪急阪神ホテルズという企業のコンプライアンスの「無神経さ」が、危機を拡大させた最大の原因と言えるのではなかろうか。

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