美濃加茂市長事件 “最後の書面”を最高裁に提出

我々の闘いは、まだ終わらない。
Jiji

藤井浩人美濃加茂市長 冤罪 日本の刑事司法は‟真っ暗闇"だった!】で述べた美濃加茂市長事件の上告棄却決定、一貫して潔白を訴えてきた受託収賄等の罪の有罪確定が現実のものとなった藤井浩人氏には遥かに及ばないとしても、主任弁護人の私にとっても強烈な打撃だった。

2014年6月、逮捕直後の藤井氏と接見し、潔白を確信して弁護人を受任して以来、全身全霊を挙げて弁護活動に取り組んできた。一審で無罪判決を勝ち取ることができ、それが最終の司法判断となって、若き藤井市長を支持してきた美濃加茂市民の皆さんに、藤井氏の潔白が明らかになったと報告できる日が来ることを確信し、まさに弁護士生命を賭けて闘ってきた。

その間、藤井氏は、市民の圧倒的な支持に支えられ、「現職市長」として収賄の罪で逮捕・起訴されながら、3年半にわたって市長職にとどまって市政を担い続けるという、それ自体一つの"奇跡"が起きていた。

控訴審で"驚愕の逆転有罪判決"を受けたものの、上告審に向けて、主要争点となる「控訴審における事実審理の在り方」の問題の専門家でもある元東京高裁部総括の原田國男弁護士、民事のみならず刑事弁護でも輝かしい実績を挙げて来られた喜田村洋一弁護士を加えた"最強の上告審弁護団"を編成した。今年5月に提出した上告趣意書は、私自身も渾身の執筆を行ったし、両弁護士も重要部分を執筆され、まさに、完璧な内容に仕上げることができたとの自負を持って最高裁に提出した。これを読んでもらえさえすれば、必ず"再逆転無罪"の判決が出されるものと確信していた。

8月からは、ここまでの闘いの全経過を著書にすべく執筆に取かかり、11月中旬に校了。12月8日には、KADOKAWAから【青年市長は"司法の闇"と闘った 美濃加茂市長事件における驚愕の展開】が発売された。

その直後の、12月12日火曜日だった。私の事務所に、最高裁第三小法廷からの「三行半(みくだりはん)」の上告棄却決定書が届いた。それを見たとき、全身の力が抜けた。しばし、何が起きているのか理解できなかった。

すぐに藤井市長本人に連絡しようと思ったが、議会での代表質問の最中ということだったので、あまりに重大なこの知らせが、議会での対応に与える影響を考え、議会が終了した午後3時半頃に伝えた。

電話に出た藤井市長自身も、さすがに落胆しているようだったが、すぐに、今後とり得る手続、有罪判決確定の時期などの話になり、「棄却決定送達の翌日から3日以内に異議申立ができるが、過去に異議で決定が覆ったことはなく、確定を1、2週間先延ばしする意味しかない。」と伝えた。

藤井氏は、「異議申立は是非お願いします。辞職の時期は、これから相談して決めます。」とのことだった。

藤井市長は、結局、13日の市議会本会議終了後に、不在配達となっていた上告棄却決定通知の「送達」を受け、夕方、市議会に対して、上告棄却で有罪が確定する見通しになったことを受けて市長を辞職することを報告、その日の夜、多くの市民も集まった記者会見で、辞職の意向を表明した。

翌日、辞表が市議会で受理され、藤井市長は、「藤井前市長」となった。

辞職の意向を固めたことを聞いたとき、確定を先延ばしするために異議申立をする必要はなくなったと思い、藤井氏に再度確認したところ、「やはり最後まで潔白を訴えたいので、異議申立はお願いします。」とのことだった。

これまで、身柄釈放に向けての各種の申立、公判前整理手続、一審、控訴審、上告審で提出した書面の総数は百通以上、字数にすれば数十万字にも及ぶ。それらの書面はすべて「藤井市長の無罪確定」を目指して書いてきたものだった。今回は既に勝負はついてしまっている。渾身の上告趣意書に対して「三行半の例文」で棄却の判断をした同じ裁判体が、「異議申立」によって決定を見直すことは100%あり得ない。しかも、藤井氏は市長を辞職する。戦で言えば、総大将が討ち取られ、武器・弾薬も尽きた「落ち武者」のようなものだ。藤井氏の意向はあったが、「異議申立書」を書く気力が出なかった。

そんな14日木曜日の午前、事務所にいた私に電話をかけてきたのが、棄却決定が出る前にも上告審の見通し等について再三問い合わせてきていた記者だった。

「異議申立をいつ行うんですか。」「誰が最高裁に書面を届けるんですか。」というようなことを聞いてきた。「異議申立」と言っても、何か書くか考えてすらいない。持っていくのは、それまでと同様に、事務所の事務員に行かせればよいと思っていたので、「今さら、何を言っているのだろう。」と思った。

しかし、彼は、真剣だった

著書を読ませて頂きました。私も今回の決定は本当におかしいと思います。今後も、再審への動きも含め報じていきたいと思います。異議申立のこともしっかり報じたいのです。まず異議申立のことをニュースで報じて、最高裁に申立書を提出する映像もとらせてもらいたいのです。

私には意外だった。最高裁の判断が出て、有罪の司法判断が確定することになっているのだから、世の中からも、マスコミからも「これで美濃加茂市長事件も終った」とされるように思っていた。しかし、無罪の可能性はゼロになっても、まだ、裁判の手続は完全には終わっていない。潔白を主張する藤井氏の最後の訴えを見守ってくれる人がいるのだ。

マラソンで、ゴールにたどり着けず、力尽きて倒れているランナーが、「ガンバレ」と旗を振って応援してくれる人の姿を見たような思いだった。私は立ち上がった。再び走り始め、ゴールまで走り抜こうと思った。

「わかった。これから頑張って申立書を書き、私が最高裁に持っていこう。」

と答えた。

その後、他のマスコミからも、次々と問合せの電話がかかってきた。

異議申立のことは、その日の昼のNHKのニュースのほか、多くのマスコミで報じられた。

翌日の金曜日から、私は意義申立書の起案に集中して取り組んだ。

異議の対象は、

弁護人郷原信郎ほかの上告趣意のうち、判例違反をいう点は、事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない。

という、事件の内容も、判断も、何も書かれていない、単なる「例文」だ。

しかし、その僅か三行半の中に、弁護人として「最後の主張」を行う手掛かりが含まれていた。

刑事訴訟法では、上告理由は、405条で、(1)「憲法違反」、(2)「判例違反」に限定されている。そして、411条で、(3)「上告理由がない場合でも、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、判決で原判決を破棄することができる」とされている(職権破棄)。

藤井氏の事件の上告趣意書では、「判例違反」の主張を二つと、「重大な事実誤認」の職権破棄を求める主張を行っている。弁護団の検討の結果、「判例違反」と「重大な事実誤認」で十分に破棄が期待できる事案なので、敢えて「憲法違反」の主張をする必要はないという結論になり、「憲法違反」の主張はしなかったのである。

ところが、上告棄却決定では、「憲法違反をいう点を含め」と書かれており、主張していない「憲法違反」が主張したことになっている。念のため、他の上告事件で、上告趣意で憲法違反の主張をしていないのに、「憲法違反をいう点」などと決定に記載された例があるか否かを調査してみたが、全く見当たらなかった。上告人らが違憲の主張をしていないのに「憲法違反をいう点」などと判示した本決定は、上告趣意を正しく把握し理解した上で出されたものとは考えられない。

しかも、決定では、「判例違反」の主張について「事案を異にする判例を引用するものであって、本件に適切でなく」としているが、上告趣意で主張する「判例違反」のうち、平成24年の「チョコレート缶事件判決」は、一審の無罪判決が、控訴審判決で破棄自判有罪とされた事件だ。"控訴審における事実誤認の審査の在り方"に関する実務上の指針とされている判例であり、一審無罪判決が控訴審判決で破棄自判有罪とされた本件と「事案を異にする判例」であることは全くあり得ない。

そして、上告趣意書でも特に全力を挙げて主張したのが、「控訴審判決が贈賄供述の信用性を認めたことが事実誤認だ」ということであり、それは、刑訴法405条の上告理由には当たらないが、「著しく正義に反する重大な事実誤認」なので判決に影響を及ぼす、として、刑訴法411条による「職権破棄」を求めたのである。

ところが、決定では「単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法405条の上告理由に当たらない」と述べている。もちろん、職権破棄を求める主張をした場合にも、そのことに何も触れないで、このような例文で棄却されることもあるが、少なくとも重大な事件であれば、職権破棄を求める主張に対して、破棄しない場合には、「所論にかんがみ記録を精査しても、411条を適用すべきものとは認められない」などと記載される場合も多い。少なくとも、人口5万6000人の美濃加茂市の現職市長が逮捕・起訴され、被告人でありながら、今も市長職にあり、有罪が確定すれば失職するのであるから、重大な事件ではないとは決して言えない。職権調査をしたともしないとも言わず「上告理由に当たらない」はないだろう。

結局、この「三行半」の例文の棄却決定は、弁護人の上告趣意の内容に全く対応しないものだった。上告趣意が理解されて十分に検討された上での決定とは思えないのである。

ということは、上告趣意をほとんど検討もせず、最初から結論を決めてかかって、上告趣意の内容とは噛み合わない「三行半」の例文で上告棄却決定を出したとしか思えない。それが、私を「日本の刑事司法は"真っ暗闇"」と絶望させた最高裁の最終の司法判断の中身なのである。

問題は、最高裁が最初から結論を決めてかかったとすると、それはなぜか?である。

今回の事件で無罪判決が出されることを阻む何らかの「力」が働いていたのではないか、ということは、控訴審の"驚愕の逆転有罪判決"の際も言われていた。それが裁判所外からの力だとすると、日本の刑事司法は、まさに「闇」そのものだということになる。しかし、そのような「力」が仮に働いたとしても、それが明らかになることはあり得ない。そういう想定で考えることは我々法律実務家にとって意味のあることではない。

では、美濃加茂市長事件の"真っ暗闇"の結末をもたらした「力」とは一体何なのか。刑事裁判の制度や運用に関する問題は考えられないだろうか。そうだとすると、"真っ暗闇"を今後、是正していく余地もあり得るということになる。

そういう観点から改めて考えてみると、やはり、最大の問題は、贈賄供述者が、既に自らの贈賄と融資詐欺の事実を全面的に認め、早期に有罪判決が確定し、服役までしているという事実が、その賄賂を贈った先とされた藤井氏の収賄事件に与えた影響である。

弁護活動の最中には、私は、決してそのようには考えたくなかったし、それはあり得ないと考えて、これまで弁護活動に取り組んできた。しかし、今回の、上告趣意に全く対応しない「三行半の決定」を見ると、最高裁や高裁レベルでは、そのような「鉄則」が存在している可能性は十分にあると考えざるを得ない。

私は、異議申立書の冒頭に

僅か3行余りの決定には、弁護人らは「憲法違反」を主張していないのに、主張しているかのように判示するなど、全体として弁護人の上告趣意の内容に全く対応しないものであり、弁護人らとしては、本件について上告趣意が十分に理解され、適切に検討された上での決定であるか否かについて疑問を持たざるを得ない

と述べ、それに続いて、上告趣意での弁護人の主張と「3行余りの決定」が全く対応していないことを具体的に指摘した。

本件が単純化され、有罪方向で異論のない事件のように扱われたのだとすれば、贈賄の供述者が、自らの罪を認め、融資詐欺の事実も含め有罪判決が確定し、服役までしていることが影響している可能性がある。もし、贈賄者と収賄者とで事実認定が異なることが、司法判断の統一性を害するとの理由だとすると、贈賄者が事実を全面的に認めている刑事裁判で、贈賄について有罪の認定が行われ有罪判決が確定することは、収賄の被告人やその弁護人にとって、どうにも防ぎようがないことであり、そのような理由で、藤井氏の事件が単純化され、有罪方向で異論のない事件のように扱われたとすれば、全く不当極まりないことだと述べた。

そして、異議申立書の最後を、以下のように締めくくった。

被告人が法廷で言葉を発したのは、言い分を丁寧に聞いてくれた1審裁判所だけである。控訴審でも、上告審でも、裁判所に対して発言する機会は全く与えられることはなかった。直接聞いた1審裁判所が「信用できる」と判断してくれた被告人の公判供述を、直接聞いてもいない控訴審が、記録を読んだだけで「記憶のとおり真摯に供述しているのかという点で疑問」と断罪した。質問されれば、いくらでも説明できたことなのに、説明の機会は与えられなかった。

本件では、中林証言と被告人供述を直接聞いた1審の3人の裁判官の過半数が、中林供述には合理的な疑いがあると判断したのである。それらを直接聞いていない控訴審の3人の裁判官が、仮に、裁判記録を見る限り中林証言は信用できる、被告人供述は信用できないと判断したとしても、中林証言が信用できない、被告人の供述が信用できると判断した裁判官が少なくとも2人いるのに、公訴事実が「合理的な疑いを容れない程度」まで立証されたと言えるのだろうか。

それが、果たして刑事裁判と言えるのだろうか。

そのような不当極まりない控訴審の審理・判断を正してくれるのが最高裁判所なのではないのか。それが、三審制がとられている日本の司法の頂点にあり、「最後の砦」である最高裁の役割なのではないのか。

判例違反の主張は「事案を異にする」というが、それなら、一審で無罪の事実認定が理由もなく控訴審で覆されたような事件に対しては、何ら救済のルールはないというのか。

本件のようなことがまかり通るとすれば、刑事司法の正義など、国民は全く信じられなくなると言わざるを得ない。

本件上告裁判所を構成する5人の裁判官

山﨑敏充判事

岡部喜代子判事

木内道祥判事

戸倉三郎判事

林景一判事

に、改めて問いたい。

本件において、1審無罪判決を破棄し有罪の自判を行った原判決を是認してよいのか、このまま有罪判決を確定させることは著しく正義に反するのではないか。

この異議申立書を、昨日午後、美濃加茂から上京した藤井氏とともに、最高裁判所に提出した。申立書を携え、最高裁の建物に入る南門には、多くの報道陣のカメラが待ち構えていた。裁判所職員に案内され、刑事受付で事件の係属を確認してもらったうえで、異議申立書を提出。その後2時半から東京の司法記者クラブで、藤井氏と私とで記者会見を行い、異議申立書で訴えたことなどについて説明した。

藤井氏は、「潔白の訴えは、今後も決して諦めません。」と述べ、異議申立てが棄却されて有罪が確定した場合には、贈賄供述者に対して虚偽供述の不法行為の責任を問う民事訴訟を提起する方針を明らかにした。

我々の闘いは、まだ終わらない。

(なお、私の法律事務所のHPに【異議申立書全文】を掲載している)

(2017年12月19日「郷原信郎が斬る」より転載)

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