新国立競技場 愚かな判断で子どもたちにツケを残すな

多くの識者が、新国立競技場をめぐる迷走に、太平洋戦争末期の大本営参謀部の残影を見ています。

ザハ・ハディド氏のデザインは、そもそも神宮の森には似合いません。中東の湾岸地域や砂漠の中では存在感を放つかもしれませんが、奇妙奇天烈な形状で周囲の景観をあざ笑うような新国立競技場計画は、軌道修正なく進もうとしています。これを止めることが出来ないのは、日本の政治と官僚組織の頽廃です。

「競技場を2020年五輪のレガシー(遺産)として、50~70年先も使える名所にしたい」

と意気込む森喜朗元総理(東京五輪・パラリンピック組織委員長)など、限られた人たちが既成事実化を急いでいますが、世論の圧倒的多数は「反対」であり、「計画の見直し」を求めています。さらに新聞各紙の社説も、一斉に計画の再検討を求めています。

「新国立競技場、代償伴う愚かで無責任な決定」(読売新聞)

「新国立競技場、無謀な国家プロジェクト」(毎日新聞)

「新国立競技場、これでは祝福できない」(朝日新聞)

「この新国立競技場を未来に手渡せるか」(日本経済新聞)

7月8日、2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場の総工費は2520億円と報告されて、国立競技場将来構想有識者会議が了承したというニュースが流れました。しかも、開閉式の屋根は五輪大会後の建設となり別途に95億円かかるとされ、電動式可動席103億円を含めて260億円もが追加費用となることが予定されていて、2520億円には含まれていません。こうして、コストはさらに膨らみます。難工事であることから、予算をさらに食いつぶしていく可能性も大です。また、維持経費として50年間で1046億円というべらぼうな金額がかかるといいます。

2500億円と言えば、2年前の世田谷区の一般会計予算とほぼ同額です(平成25年度2497億円、26年度2640億円)。この金額で、保育や子育て支援、若者支援、教育、高齢者・障害者福祉、防災、清掃、産業・文化政策、都市整備等、88万区民の暮らしを支えるすべての区の事業をとりおこなっています。一方で、新国立競技場の総工費は究極のドンブリ勘定で誰も責任を取らない...こんな話がありえるでしょうか。ニュースを見てツイートしました。

工事費が高騰した理由として、建設主体となる文科省管轄の日本スポーツ振興センター(JSC)は、予算の内訳を明らかにしています。消費増税で40億円、建設資材・労務費の高騰で350億円、そして、設計の特徴である約370メートルの弓形のキールアーチに特殊な技術が必要という理由で765億円が増加しているとのことです。この橋脚に使われるようなキールアーチを使うことで、工事費も工事手法も工期も見通せなくなっていると専門家は重ねて指摘しています。

毎日新聞が「特集ワイド・迷走する新国立競技場、聖地が泣いている」(2015年6月10日) で、建築エコノミスト森山高至さんのコメントを紹介しています。

アーチの長さは1本400メートル。「隅田川にかかる永代橋が全長185メートルですから、その倍の長さと考えたらいい」。そもそも橋で使う構造で、大規模建築物には不合理という。

さらに驚くのはアーチの太さ。「断面は縦約8メートル、横約10メートルで地下鉄のトンネルが入るほどです。アーチ1本の重さは、3万トンほどもあり、運搬は難しい。数10メートル程度にカットしたアーチを現場で持ち上げ、ボルトなどでつなぐ。日本の建築技術をもっても5年はかかる難工事です」

また、基礎工事では地下20メートル~30メートルまで土を掘る必要があるという。「巨大な建築物のため残土は180万立法メートル。10トンダンプ36万台分で、毎日100台で運んだら10年かかる計算です」

新国立競技場の敷地は、もともと河川が流れていた軟弱な地盤である上に、地下鉄大江戸線の「国立競技場前駅」に隣接しています。森山氏の指摘を続けて紹介します。

地下鉄都営大江戸線の国立競技場前駅と国立競技場跡地

「コスト高の要因となっている2本のキールアーチは(弓状)なので、地下深く掘り、両端を弦で結ぶようにして足元を留める。ダイバー方式といいますが、地下鉄の国立競技場前駅が60メートルぐらいの距離にあるので、ダイバー方式は難しいという〔構造上の欠陥〕があるのです。競技場に特化したごくオーソドックスな日産スタジアシムでも工事期間が3年9カ月かかっている。難易度の高いキールアーチが加わる新国立はもっと時間がかかるでしょう」(「新国立競技場-造れっこない」(日刊ゲンダイ 2015年7月13日

見えていないのは、工事の見通しだけではありません。今回の2520億円の「見切り発車」は、巨額の整備費用にあてる財源が明確でないことも無責任、無謀のそしりを免れないポイントです。

新国立、2520億円で契約へ 財源1000億円超不足

政府は財源として国費、スポーツ振興くじ「toto」の売り上げの5%、都の負担-を当て込む。国費分は、総工費の枠外の解体費なども含め、計391億円を充当。totoは13年度に関連法が改正され、毎年度の売り上げの5%(年間50数億円)を建設費に投入する。13、14年度分で計109億円で、これらを合わせ、現時点でめどが立っている財源は計約五百億円にすぎない。(東京新聞2015年6月25日)

金額部分が白紙の請求書に署名をするほど怖いことはありません。今後、どこまでも膨張するか判然としないブラックホール=巨大工事費が、何をどのように飲みこんでいくのか...震災復興財源や、文部科学省のスポーツ振興や子どもたちの教育費に影響が出てくることも心配しなければなりません。私は、怒りをこめてツイートしました。

ところが、安倍内閣からは新国立競技場の従来プランに拘泥し、見直すのは「無責任」だとばかりの発言が飛び出しています。また、ザハ氏のデザインで招致活動をしているので、これを全面的に変更するのは「国際公約」にもとるという言い方も耳につきます。

「菅義偉官房長官は10日午後の記者会見で、総工費が2520億円に膨れ上がった新国立競技場について、「現実問題として、工期に間に合わせないといけない。間に合わせなければ無責任だ」と述べ、時間的制約を理由にデザイン見直しを重ねて否定した。(時事通信2015年7月10日

「復興五輪」はどこへ行ったのでしょうか。東京五輪招致が決まってから建築資材が急騰して単価も上昇しています。被災地の復興工事は、大きな影響を受けています。さらに、被災自治体の一部自己負担が言われ、原発事故の影響などで福島県を離れて全国各地に住む(世田谷区にも大勢の方が長期避難しています)「みなし仮設住宅」の無償提供の期限が検討されています。安倍総理が放言した、福島第一原発の「コントロール」、汚染水を「完全にブロック」することなど、出来ていないことは数多いのです。

解体された旧国立競技場跡地は、前身の神宮外苑競技場だった太平洋戦争のさなか1943年(昭和18年)10月に、学徒出陣の壮行会が行なわれたことでも有名です。すでに現場に旧競技場の跡形もなく、整地作業が進んでいます。新国立競技場の迷走劇は、世界に向かって日々発信されています。5年という歳月を生かし、目に見えない不透明な利害関係と既得権にがんじがらめの現体制を断ち切って、しっかりと改めてシンプルな会場とすることが出来なければ、システム破綻は回避できません。

戦後70年の夏に、国会で「安保法制」を強行採決しようとしている姿も、どんなに火山・地震活動が活発化しても原発再稼働にしがみつく姿も、根底でつながっています。多くの識者が、新国立競技場をめぐる迷走に、太平洋戦争末期の大本営参謀部の残影を見ています。私たちが「もう止められない」とあきらめることが、暴走を加速させて引き返せない勢いにしてしまうのです。

ザハ・ハディド氏の当初の案

新国立競技場のデザインたち

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