速報というよりは、改めて自分の頭の整理のために記しておきたいと思います。
STAP細胞論文発表直後に面白いと思ったことが2つありました。そのうちの1つは「ES細胞では寄与できない胎盤に寄与する」という点です。論文の疑義が出された頃の拙ブログ(3/12付)では、「もしかして初期胚由来の細胞を用いてキメラ形成実験をしたのでは?」という予測をしてみましたが、これははずれ。6月16日の若山会見やCDBからの発表により、それは遺伝子解析の結果、「TS細胞が混入した細胞」である可能性が濃厚になりました。
ES細胞は、胚盤胞と呼ばれる時期の内側の細胞「内部細胞塊」を元にして作製されるため、もはや胎盤へ寄与することはできません。一方、TS細胞(trophoblast stem cells)は胚盤胞の外側の栄養膜(trophoblast)を元にして作製されるため、胎盤には分化できますが、太地の細胞を作ることはできません。遺伝子発現解析によれば、STAP細胞がマウスの脾臓細胞とTS細胞の中間の状態のような性質を示すことがわかりました。また、より胎盤形成に寄与するとされたFI細胞(FGF-induced STAP細胞)は、TS細胞とES細胞の中間の性質を示すことから、両者の混ぜ物である可能性が高いようです。
一方、別のSTAP細胞解析結果からは、染色体異常が見つかり、8番染色体の数が多い「トリソミー」という状態になっていることがわかり、これもES細胞が元になっていたのではないかという可能性が濃厚です。
さらに、若山氏から渡されたマウスから得られたとされるSTAP幹細胞の遺伝子解析結果は、細胞を標識するために人工的に導入したGFP遺伝子の挿入位置が、元のマウスのものと異なることも示されています。この解析された細胞の由来については不明です。
結局、「本当に胎盤になるの?」という疑問については、ES細胞から作られたキメラの場合でも、胎仔由来の血球細胞が胎盤に入り込むために、GFP標識が光って見える可能性がある、ということが真実だったようです。やれやれ......。
より詳しい説明については、下記、日経サイエンス8月号の特集記事が多数の図もあり、概ねわかりやすいものと思います。この記事では、論文のストーリーに合わせて、そのときどきに違う細胞が使われた可能性が指摘されています。
日経サイエンス号外:STAP細胞 元細胞の由来 論文と矛盾(PDF)
日経サイエンス8月号:STAP細胞の正体
ちょうど8月号が手元に届いたので、読んでみて気付いたことがあります。それは「Myc遺伝子は細胞がストレスを受けると高いレベルで発現する」という1文です。不勉強で知らなかったのですが、これはいくつかの知見を繋げるヒントになると思われました。
iPS細胞を作るときに用いられた「山中4因子」はすべて「転写制御因子」という、組み合わせによって細胞の性質を規定する因子ですが、そのうちの1つが「c-Myc」です。もともとはBurkittリンパ腫で同定され、癌細胞において高く発現することが知られる因子だったので、iPS細胞を移植した際の癌化に関係するのではないかと思われ、実際にc-Mycを入れなくてもiPS化できる技術が開発されています。
でも、もし酸などのストレスが細胞に与えられてMyc遺伝子が発現するのであれば、これは生体内での「癌幹細胞 cancer stem cells」の誘導に関係した現象なのではないかと思われます。この点こそが、私自身がNature論文(の上っ面だけ)を読んで面白いと感じたことの2つ目でした。他のストレス(トリプシンなどの酵素処理や機械的ストレスなど)によってもMyc遺伝子が発現するものなのか興味が持たれます(すでに関連する論文は出ていると思いますので、どなたか調べて何かわかったら教えて下さい)。ちなみに、c-Mycは正常な初期発生でも発現がありますが、そのあたりも「細胞ストレス」というという観点から見直すと面白いかもしれません。
その他マウスの購入等の記録から「エア実験」の可能性も疑われており、STAP細胞に関するNature誌の論文2報については、そのストーリーを成り立たせているデータそのものの信頼性が著しく損なわれているように思われます。美しいストーリーに合わせた図を作ることがサイエンスなのではありません。ストーリーに合わなかったら、そこから新しいストーリーを考えだすことこそ、サイエンスの醍醐味だと私は思います。
【参考】
(2014年6月26日「大隅典子の仙台通信」より転載)