フジテレビはもう、視聴率なんか諦めればいいのに

テレビにとっていちばん大事なのは、家族の誰もが安心して視聴できることだったのだ。

1月2日にNHKで「新春TV放談2016」が放送された。2009年以来、この時期に毎年放送されているもので、NHKなのに主に民放の番組についてあけすけに意見を言いあい、ほんとうに"放談"なのが面白い。毎年楽しみに見ている。

そしてここ数年、毎回フジテレビが話題にのぼる。ドラマやバラエティの視聴率ランキングを紹介するのだが、いい順位に入ってこないのだ。今回は人気ドラマのトップ20に一本も入っておらず衝撃だった。フジテレビには頑張ってほしいなあ。いつもみんながそう言う。フジテレビが頑張ってくれないとテレビ全体が元気なくなっちゃうんだ。そんな話になる。確か前々回「テレビ朝日のえらい人もそう言っていた」という話も出た。

それくらいフジテレビのことをみんなが気にしているのは面白い。そう、ある年代以上にとっては、テレビとはフジテレビのことだった。80年代以降、フジテレビが先頭を走っていて、他の局がそれに追いつこうと躍起になるのがテレビ界だったのだ。そうやってフジテレビも、他の局も面白い番組を作っていった。90年代は視聴率では日本テレビのほうが上で94年から02年まで三冠王を奪われていた。にも関わらず、イメージ的にはフジテレビが先頭を行っていた。

そして2003年からはまたフジテレビが三冠王となった。2011年に日本テレビが再び三冠王を奪ったのだが、それ以降、急激にフジテレビは調子を落とした。みんなが言っているのはそのことだ。もう一度、頑張ってよ。また先頭を走ってよ。他局のお偉方までそう思ってるなんて、不思議な現象だと思う。

ところでドラマの視聴率ランキングに一本も入らなかったフジテレビだが、例えば『無痛』は個人的には昨年の連ドラの中で断然良かった。テレビドラマって、まだ新しい面白さが切り開けるんだなあ。見ながらそんなことを思った。もちろん『下町ロケット』も毎週見てほんとうに楽しかったが、どちらが新鮮かといえば間違いなく『無痛』だと私には感じられた。去年は『デート』も新しいと思った。

ここ数年、視聴率がダダ下がる中でも、フジテレビのドラマは面白いものが次々に出てきた。『最後から二番目の恋』『リーガルハイ』『間違われちゃった男』『鍵のかかった部屋』『それでも、生きてゆく』・・・それぞれ面白かったし、新鮮だった。クオリティの高さと新しさを感じた。

中でも『最高の離婚』は本当に最高だと思った。日本のドラマの一種の到達点だと評価している。シナリオも演出も演技もある高みに登り詰めていて、その力が理想的に合算されていると感じた。

80年代後半にトレンディドラマと呼ばれていた頃は正直、フジのドラマを馬鹿にしていた。若かったのでメジャーなものを斜めに見ていたせいもあるが、そんなにクオリティが高いものではなかったと思う。そこからものすごく成長したのではないか。視聴率が良かった頃よりいまのドラマのほうがずっとずーっと、質が高いと私には思える。

だがいま挙げたドラマは視聴率的にそう高かったわけではない。『無痛』に至っては初回以降10%を超えなかった。『下町ロケット』の快進撃の陰で、ひっそり放送されこっそり終わった感じだ。それでも、去年いちばん良かったドラマは私にとっては『無痛』だ。

『無痛』は、だがしかし視聴率は取れない。地味だから仕方ないのもあるがいまのテレビを取り巻く環境から言って、受け止め方が難しいこんなドラマは視聴率を取れやしないのだ。不思議なのは、視聴率的にしんどいのにどうしてこんなに数字が取れそうにないドラマをやるのかということだ。でもそこがフジテレビなのだと思う。視聴率なんかとろうとせずに、私がいいと思うドラマを制作してほしい。

ここ数年で、テレビ放送の結論が出た、と私は考えている。それは要するに、テレビ放送の到達点は、日本テレビなのだ、ということだ。これまでのフジテレビは、「テレビとは日テレなり」の結論にたどり着くための壮大な回り道だったのだ。

例えば日曜夜9時、とくに見たい番組もないなあと、久しぶりに『行列ができる法律相談所』を見てみると、超絶的な面白さだったりする。ゲラゲラ笑いながら、どこかデジャブ感に包まれて気づくのは、その面白さが十年前とほとんど変わらないことだ。これは驚愕だと思う。日テレの日曜夜はテッパン、とよく言われるのだが、ほとんどはずっと続いている番組だ。変わらないから保守的だと批判しているのではなく、十数年間同じ水準の面白さを保ち続けていることに凄みさえ感じる。並大抵の努力ではなかったはずだ。それこそが、最終的にテレビに求められることではないか。

テレビにとっていちばん大事なのは、家族の誰もが安心して視聴できることだったのだ。それが結論だった。60年経ってやっと判明した。テレビは昨日と違う画面を映し出すより、毎日同じ画面を映すほうが愛される。視聴率だってとれる。新しいことなんかやろうとしてはダメだ。

フジテレビの困ったところは、例えそれがわかったとしても、できない会社であることだ。新しいことに取り組まないと気が済まない、生きていけない人たちなのだ。だからフジテレビはこの先も視聴率がとれないだろう。

「新しいこと」はなぜ視聴率を取れなくなったのか。震災で日本人が変わったと亀山社長がコメントしたそうだがそれもあるだろう。その前のリーマンショックもあると思う。だが視聴率のダダ下がりは2005年以降の話だ。そしてキー局の視聴率推移を見ると、フジテレビ以外もダダ下がっていて、日テレだけが下がっていないことがわかる。

テレビは、非日常から日常になったのだと思う。新鮮さ、新しさ、上昇志向の発信源だったのが、その役割はネットに移り、テレビには安心や安定を求めるようになったのだ。

※NHK放送文化研究所2015年3月フォーラム発表スライドより

例えば関西と関東の人気番組を10年前といまと比べたNHKの調査結果がある。10年前は関西と関東でラインナップがほとんど変わらない。言ってみれば10年前は、関西の人も東京の番組を観たがったのだ。非日常を求めたからではないか。いまの関西の人気番組は、関西出身タレントが中心のものだ。日常を求めるようになったからだと言えないか。

もちろんそこには、高齢化によって年配層が視聴率を動かすようになったせいもあるだろう。別のところで書いた「テレビのおばさん化」が視聴率を保守化したとも言える。

だがテレビに非日常を求めなくなった、という解釈は私自身にも実感としてある。刺激はネットに求める。テレビはむしろ、いつも通りでいてくれよ、昨日のままでいてくれよ、と思ってしまう。情報がネットから大量に押し寄せてくるので、テレビで新しいことを探すのが難しくなったり面倒になったりしたのもあるだろう。昔よりザッピングは減っているのではないか。月曜日の深夜になったら「あ、そうだ"夜ふかし"見なきゃ」と『月曜から夜ふかし』を観る。観ずにはおれない。習慣化している。番組名にタイトルが入っていることはこれから重要かもしれない。

ただ、テレビはつまらなくなったのかと言うと、けっこう違うと思う。なぜならば、テレビは昔からつまらなかった。つまらないほとんどの番組の中に面白い番組を発見するのが楽しかった。だからそこでは「新しい面白さ」は大事だった。つまらない思いをしながら、なんだよ今日も面白いのやってないよ、とブツブツ不平を言いつつも、スイッチを消したりはせずつけたままにしていた。

『進め!電波少年』がはじまった時だって、最初から面白い!と思ったわけではない。なんか、変な番組がはじまったなあ。そんなもんだった。松本明子がものすごくテキトーな合成で変な絵に貼り付けられている。きちゃないなあ、これ、何をするんだろう。よくわからないなりに何をはじめるのか気になり時々観ているうちにアポなし取材とかはじめて「こりゃ面白くなってきた!」という流れだった。当時はそういう、新番組の行く末を見守る余裕があった。

いまはもう、見守ったり探したりしない。レコーダーの番組表で今晩何をやってるかチェックし、なんだどれも興味ないなあ、と即座に決めてしまう。じゃあまあ、これ観ておくか、と知ってる番組を選んでつけておき、スマホでFacebookを眺める。観ていない。観ていないと、妻や子どもたちが「観てないなら消したら?」とプツンとやられてしまう。

つまり昔は、テレビなんかつまんないよねと愚痴りながら観ていたのだ。何か面白い番組はないものかと探していた。探すと見つかったり、だんだん面白くなったりするものが出てきた。つまらないものが多いから探したのだ。だって帰宅するとテレビ見るしかなかったのだから。それがいまは、つまらないと思うと、ちゃんと観ない。油断すると家族に消されてしまう。

テレビよりネットのほうが面白い、と言う人もいるが、これもまた違うと思う。ネットにはコンテンツが無限に存在し、その大半がつまらない。つまらないものはほとんど、私の目の前に登場して来ない。ソーシャルで選ばれてシェアされたものが目の前に出てくる。シェアされたから面白いかと言うと、またそうでもなく、目を通すとしょーもなかったりする。ネット上のコンテンツなんてほとんどしょーもない。ただその中で、けっこうな数の"当たり"もあって、あまたのサイトの中を勝ち抜くことができる。

テレビはつまらないわけでもない。なのにどうして見られなくなっているのか。「放送」だからだ。テレビ番組がダメと言うより、「放送」の形態が時代に合わなくなっているのだ。時間通りにテレビ受像機の前にいないと観ることができない「放送」は不自由なのだ。

だからテレビ番組をネットで視聴できるようにすれば、けっこう観る。いまだってYouTubeやDailyMotionでものすごい数の日本の番組が観られている。テレビ局も気づいてようやく見逃し配信をネットではじめた。出せば出すほどいいと思う。「放送」だと観ない人がネット配信だと観てくれる。

ということは、PCやスマホだけでなく、テレビ受像機でも見逃し配信をやったほうがいい。絶対にやったほうがいい。テレビ番組を観るなら、スマホよりテレビ受像機で観るほうがいいに決まっている。「放送」がめんどくさいのであって、テレビ受像機そのものは嫌われていない。というより、好きとか嫌いとか言う対象ではなくて、映像を見るためのものなのだから、大きいほうがいい、それだけの話だ。

フジテレビの話に戻ろう。

FODというサービスがあって、フジテレビオンデマンド、つまりフジテレビが番組をネット配信するサービスだ。FODのデータを分析してみると、かなりの割合で若い人が観ている。『オトナ女子』という、企画としてはアラフォー女性向け、視聴率の区分で言うとF2向けのドラマを、FODではF1が中心になって観ている。FOD視聴者全体も、若い女性が過半を占める。

※FOD資料「2015年10月FOD視聴データ」より

若者のテレビ離れと言われるが、FOD上ではそんなことにはなっていない。むしろ往年と同じように若い女性に好まれる番組なのだと、データを見ればわかる。

もう一度言うけど、テレビの視聴率が下がっているのは、「放送」が不自由だからで、ネットで自由に視聴できるようにすれば観てくれる若者はかなりいるのだ。

フジテレビがこれからどうすればいいのか、はっきりしていると思う。「放送」以外に番組と人びとの接点をできるだけ増やして、そこでの視聴をマネタイズするのだ。誰がどう考えてもそういう結論になる。

テレビ番組の見逃し配信をキー局がこぞってスタートさせ、力を合わせてTVerをやってみたら視聴者がついてCM枠が売れはじめている。そしてFODはとくに若い女性に視聴されている。だったらFODの視聴者を伸ばしてそのCM枠のセールスにグンと力を入れるべきだ。

あるいは、Netflixのように定額の映像配信サービスを自分たちで運営し(FODにはすでにそういう側面もあるが)、どんどん番組を出していけばいい。huluに『笑ってはいけない』の過去作品を置いたら記録的な会員増になったそうだ。だったら『めちゃイケ』や『みなさんのおかげ』などいまもやってる人気番組や、少し前の『トリビアの泉』『笑う犬の生活』などをどんどん見せればいい。月数百円で見放題になれば、どんどん見るだろう。フジテレビってこんなに面白いんだね、と若者たちがスマホを差し出しながら言ってくれるかもしれない。

「放送」が時代に合わなくなっているのなら、「放送」以外の勝負どころをどんどん増やせばいい、ということだ。

すると番組をポートフォリオ的にとらえていくことになる。この番組は放送6割、見逃し4割でリクープできて、その後のVODで利益がぐんぐん上がった」そんな解釈をする。すると「放送」の部分で年配層に合わせる必要もなくなる。「ぼくらの番組は放送はそこそこでも、ネット視聴で若い人にすごく見られるから総合収益クリアできる」そんな感覚になればいい。

このポートフォリオ感覚は、番組単位で具体化しないといけない。ネット配信の部分は別の部署がやるからといって、その成果はプロデューサーの評価にならないようだと何の意味もない。視聴率だけを気にする評価から制作者を解放しないといけないのだ。

そうは言っても現状の視聴率を上げないと。そう思うかもしれないが、視聴率を上げるために企業文化を変えたり番組の作り方を変えたりして、それが実際に効果が出るのに何年もかかる。効果が出はじめたら対他局で勝ってもテレビ全体の視聴率が立ち直れないほど下がっているかもしれない。だからもう、視聴率は諦めたほうが戦略的にトクなのだと思う。視聴率より、番組のネット配信とその先のタッチポイントづくりに人も金も注ぎ込んだほうがいい。経営とは、そういうことを議論して実行することだ。

早くしないと、こういう新しい方向でも日テレにかなわない状態になりかねない。日テレは視聴率競争で勝利している一方で、ちゃんと次のことを"経営レベルで"考えているし、管理職クラスにも浸透・共有ができているように見える。気がつくと、将来のテレビの結論も日テレだということになりかねないのだ。そして相変わらず「フジテレビに元気になってほしいんだけどなあ」と業界内で言われてしまう。もっともそんなことを言う世代はどんどん引退していくだろうが。

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