動画配信には世界をひとつにする可能性がある〜Netflix CEOリード・ヘイスティングス氏にインタビューして思ったこと〜

ヘイスティングスCEOはテレビとの関係について「ここから10年〜30年は、固定電話と携帯電話のように共に生きていく」と述べた。

アメリカからやって来た動画配信サービスNetflixをあなたはもう楽しんだだろうか。これからという人には、オリジナルドラマである『センス8』を最初に観てみるといいと思う。この物語はNetflixの存在意義を"感じる"のにふさわしい。

世界8つの都市で何の関係もなく暮らす8人の若者がいる。シカゴの真面目な警官、サンフランシスコの女性ハッカー、ベルリンの金庫破り、ロンドンの女性DJ、ムンバイの結婚直前のお嬢様、メキシコシティの大人気の映画スター、ナイロビでバスドライバー、ソウルの同族経営の財閥の女性CFO。

(C) Netflix. All Rights Reserved.

ある時から彼らは、感覚がつながりあう。シカゴの警官のそばに突然ロンドンのDJが現れ同じ場所にいるように会話する。ベルリンの金庫破りの唄をみんなが同時に聴いて踊り出す。ナイロビの運転手を襲う暴漢を格闘家でもあるソウルの娘がなぎ倒す。ハッカー女性が捕まりそうになったらみんなで力を合わせて彼女を逃がす。

そこにインターネットが介在するわけではないが、ネットでつながっているかのように、彼らは助けあい、言葉を交わし、心を通わせる。言語は違うはずなのに、なぜか互いの言葉が理解できる。別々の場所にいるのに同じ場所にいるかのようだ。インターネットは介在しないが、ネットで深くつながりあっている状態のようなものだ。

『センス8』はインターネットを通して世界中で配信されているドラマだ。そう思って観ていると、不思議な感覚に包まれる。いま自分がこのドラマに熱中しているのと同じように、別の都市で熱中している見知らぬ人がいるのかもしれない。『センス8』の主人公たちのように、私はいまこの瞬間、このドラマを通して世界中の何人かとつながっているのかもしれない。そのことにまだ互いに気づいていないだけで。そんな錯覚に陥ってしまう。

そう考えていて、さらに気づく。このドラマはNetflixそのものの物語なのかもしれない。Netflixを通じて私たちは、世界中の人びとと同じドラマを観て、同じ場面に興奮し、同じギャグで笑い、同じセリフに涙する。『センス8』を観たどこかの誰かと私は、何かを共有するのだろう。もっと現実的なところで言えば、海外を旅して出会った人がもし『センス8』を観ていたら、私たちはそれについて語り合うことができる。

少なくとも『センス8』にウォシャウスキー姉弟は、新しいグローバリズム、名もない市民たちが国や文化を超えてひとつになる可能性を込めているのだと思う。主人公たちの中にはLGBTもいるのだが、それも含めて"新しい普遍性"を問いかけているように思えるのだ。

9月2日、Netflixが日本でサービスを開始した日の朝、私は同社の創業者でCEO、リード・ヘイスティングス氏へのインタビューの時間をもらった。

『センス8』にのめりこんでいた私は、上に書いたようなことを熱苦しく語り、Netflixは世界をひとつにしようとしているのかと意気込んで問いかけたのだが、ヘイスティングス氏には「あなたは想像力ゆたかだねえ」と軽くいなされてしまった。

ヘイスティングス氏:いつの日かインターネットTVがより一般的になったらその時にはまさにあなたの言う通りになるのかもしれない。劇場でみんなで観る共有感とはちがって、ネットで個人的に視聴することは、グローバルにみんなで共有する体験に変わっていくのだろう。5年10年先のことかもしれないが。

境:Netflixはまさにそういうことを実現しようとしている。きっとあなたは、創業時にそう言うイメージを持ってたのではないか?

ヘイスティングス氏:今年の我々の目標はとにかく日本の皆さんに満足してもらうことだ。ネットフリックスを使った方がこのサービスを愛してくれることだ。長期的には7年間で3分の1のネット接続世帯をユーザーにしたい。もしそれが達成できたら、そうだね、あなたの言うような世界が実現するのかもしれないね。ただ、ネットワークを少しずつ広げていかねばならないので数年間かかるだろう。ただ、今日はとてもいいスタートを切れたので進展が楽しみだ。

熱苦しく問いかける私に対し、ヘイスティングス氏はクールに自分たちの戦略目標を示してくれた。日本のブロードバンド世帯は3000万世帯と言われるので、7年間で1000万世帯への普及が彼らの目標だということになる。彼らはいわゆる"数値目標"というものは設定しない。だが、「3分の1」というのは彼らの大きな考え方として持っている数値のようだ。世界中のブロードバンド接続家庭の3分の1への普及を「戦略目標」として掲げている。"世界をひとつにする"ための具体的な数値なのだとも言えるだろう。そしてコンテンツを快適に送り出し十分な利益を出すには、この"3分の1"が必要なのだ。

境:日本ではすでにローカルコンテンツをフジテレビと制作し、配信している。フランスでもドラマを制作中と聞いた。

ヘイスティングス氏:そう、フランスでも、イギリスでも、そしてメキシコでも、ブラジルでも、それぞれの国のドラマ制作が進んでいる。ただ、日本ではサービス開始と同時にドラマ制作もはじめた。これは初めての取組みだ。

Netflixはサービス展開する世界各国で、ローカルコンテンツの制作に取り組む。これはこれまでのメディア企業にはあまりなかった。日本でもアメリカのチャンネルが衛星やケーブルを通して放送されているが、独自のドラマを作る例はなかった。Netflixはこの点がユニークで、新しい。自分たちの国の文化を配信するだけでなく、世界の文化を相互に配信する。ほら、やっぱり『センス8』じゃないか。

ヘイスティングス氏は、テレビやメディアの今後についても海外のメディアでは盛んに発言している。そういったことは私のテーマでもあるので、テレビの今後への意見も聞いてみた。

ヘイスティングス氏:UKでは、BBCがオンラインで人気を博していて多くの人びとがネットで視聴している。USではHBOが、ケーブルテレビだったのに、オンラインでも配信をはじめた。そしてCBSはラジオではじまった伝統的な放送局だが何十年も前にテレビに移行し、いまはネットにも移行している。CBS All Accessというサービスを最近スタートさせた。今日のテレビはインターネットに適応せねばならない。60年前にラジオ局がテレビに適応したように。

境:そうするとテレビ放送は衰退し、配信に置き換わると考えているのか。

ヘイスティングス氏:Co-exist! 共存するのだ。ここから10年〜30年は、固定電話と携帯電話のように共に生きていく。ただし、成長率はインターネット側のほうが大きい。テレビジョンは他のメディアに比べてネットに適用しやすい。だからNetflixだけでなく、他でもたくさんの成功が望める。実際、HBOもhuluも同様に成功している。

境:テレビ局は今後、どうすればいいと思うか。何かアドバイスはないだろうか。マネタイズは広告なのか、課金なのか。

ヘイスティングス氏:まだひとつのやり方に決めるのは早いので、いろいろ試すしかないと思う。Netflixはやらないが、広告も重要なビジネス手法だ。我々もネットで広告展開を行っていて有効だと感じている。ラジオからテレビへの移行は20〜30年もかかっている。そこには世代ごとの習慣も大きい。

境:放送は国単位のメディアだった。配信は国境を越えられる。これは大きな変化で、放送によって国の文化がひとつになったように、配信により多くの国の人びとが文化を共有していくのだろうか。

ヘイスティングス氏:テクノロジーは社会にいろいろな影響を与える。ラジオが最初に国民をひとつにした。テレビ放送はさらに共有感を強くした。だが日本人が同じ文化を共有するようになった分、各地域の人は固有の文化を損なわれたと感じているかもしれない。同じようにグローバルでも日本でフランスの作品を楽しんだりできるが、それぞれの地域で自分たちの物も見られることも大事だ。テクノロジーとはフレキシブルで、多様なグループが文化をそれぞれに楽しむだろう。長期的にどうなっていくかを見定めるのは大変難しい。自動車であれ、電気であれ、インターネットであれ、先はまだ不明解だが、エンタテイメントを楽しむのはとにかく素晴らしい体験だと信じている。

境:「技術」をあなたは大事にしていることがよくわかった。技術は世界を変えうる。それをどう使うかが大事なのか?

ヘイスティングス氏:すべての企業にとって、技術が人びとをより幸せにすることが大事だと思う。例えば除草剤はある意味非常に危険だが、効果的に使えば素晴らしい。ネットも世界や人びとをつながる点は素晴らしいが、子供に時として有害な情報をもたらす心配もある。でも技術は、社会を面白くする。私たちは、これから一年で日本をもっと学び、人びとが何を好み、サービスをどう楽しんで、エンタテイメントとの関係をどう変えていくのか追求していきたい。あなたとも、一年後にその成果をもとに、またぜひお話ししてみたい。

『センス8』についてくどくど聞いたが、それは私の思い込みだったようだ。だが、ヘイスティングス氏は極めて冷静に自分たちがなすべきことを見つめており、メディアの未来への提言も的確だと思った。放送と配信の関係を、ラジオからテレビへの移行や固定電話と携帯電話の関係になぞらえたのはわかりやすい。その変化が10年から30年かけて起こるというのもリアルだと思う。もちろん30年もかかるから安心だというわけではなく、ストレートにうけとめると30年後には放送産業は消えてなくなるかもしれないとも言えるわけだが。

そして、やはり私は、放送から配信への移行が、国単位から市民レベルのグローバリズムへの移行と相似形だとのとらえ方から離れられない。『センス8』はこれから来る未来の姿なのだと思う。ドラマの中で言語を超えて8人の若者たちが通じ合うように、私たちは他の国の言葉を学ばなくても心が通いあう時代が来るのかもしれない。そのための重要なツールがエンタテイメントなのだ。

そう考えると、放送から配信の流れは、映像文化の大いなる進化なのだ。放送という事業もしくは文化の縮小に怯えたり憂えるより、配信の発展の先に見える面白さやエキサイティングさを想像するほうがずっといい。その楽しさは何も、ヘイスティングス氏とNetflixだけのものでもないだろう。私たちみんなが参加し享受できるはずだ。別のプレイヤーにだってできるのだ。大事なのは、この新しい流れに背を向けることではなく、自らも泳ぎ出すことだと思う。

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