市販のゲームで、地頭のいい子を育てるカリキュラム――フューチャーインスティテュート社 シニアコンサルタント・為田 裕行

ボードゲームを使って、自分の頭で考え、自分の考えを言葉にすることができる子どもを育てるプログラムがあるそうです。どういったボードゲームを使い、どのような年齢の子どもたちに提供されているのでしょうか。フューチャーインスティテュート社の為田裕行氏にお話を伺いました。

為田裕行

フューチャーインスティテュート社 シニアコンサルタント。慶應義塾大学卒業後、学習塾を経て、フューチャーインスティテュート社の創業期から参画。子ども向けPCスクール、教育テレビ番組「日本版 セサミストリート」のカリキュラム開発等を経て、イスラエル発祥のボードゲームで自分の頭で考えられる子どもを育てるプログラムMIND LAB (マインドラボ)のカリキュラム開発と普及に従事。

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ボードゲームを使って、自分の頭で考え、自分の考えを言葉にすることができる子どもを育てるプログラムがあるそうです。どういったボードゲームを使い、どのような年齢の子どもたちに提供されているのでしょうか。フューチャーインスティテュート社の為田裕行氏にお話を伺いました。

OYAZINE(以下Oと略記):マインドラボとはそもそも何なのかというところから伺ってもよいでしょうか?

為田さん(以下為田と略記):マインドラボはボードゲームを教具として使って、生きる力を高めていきましょうというプログラムです。よく間違えられるので先にお伝えすると、マインドラボというゲームがあるわけではないです。1年間に8-9種類のボードゲームを使って学ぶ教育カリキュラムをマインドラボと呼んでいます。

O:専用のボードゲームを使うのでしょうか?

為田:専用のボードゲームもありますし、ブロックスや、フランスのゴブレットのような、市販のボードゲームも使います。半分以上は市販のゲームです。よくボードゲームを買えばいいのかと聞かれるのですが、実際にはボードゲームを教具として利用しているので、これを使ってどういう質問をするか、どう考えるかが大事です。ゲームを上手にできるようになってほしいという想いでやっているわけではなく、自分で考えられるようになってほしいと考えています。ゲームを通じて考え方を身につけて、その考え方を日常生活に応用していける子どもたちを育てていきたいと思っています。

O:ゲームで考えたことを日常に応用するというのはたとえばどんなことでしょうか?

為田:ちょうど昨日、小学校で実施したのですが、うっかりすると負けてしまうボードゲームがあるんです。このようなゲームでは、一度立ち止まって考える必要があるということがまず最初に気づくことです。そして次のステップが、立ち止まった後、どうすればうっかりを減らせるかという気づきです。そこから、日常生活でうっかりして失敗してしまうことってなんだろう、と教室全体で一緒に考えます。いろいろな失敗談や、考えたからうまくいった事例なども意見が出るようになれば、うっかりをなくす方法が教室全体でもシェアされるんです。

O:このゲームを通じてこんなことが得られるという項目はノウハウ化されているのでしょうか?

為田:学年ごとにカリキュラムが分かれています。小学校1年生から中学校3年生までをGRADE1からGRADE9 に区切り、さらにその下に2つのプレスクール版があります。各学年、前半と後半に分かれていて、たとえば小学校2年生だと前半の「協力する」というテーマで4つのゲームが用意されています。子どもたちも半年くらい同じテーマでボードゲームを複数体験すると、だんだんゲームごとの違いがわかってきたりして、このゲームとあのゲームはどこが違うか、などポイントを指摘してくれるようになります。他にも「リソースマネジメント」や「優先順位をつける」など、学年に応じたテーマを決めて、それが身につくボードゲームを複数用意しています。大事なんだけど、学校では教えにくいことを、ボードゲームを使って疑似体験してもらっているというイメージです。

O:なるほど、そういった能力をまとめてなんと呼ぶか、非常に難しいですね。Mind Lab が子どもたちに身につけてほしいと思っているものはひとことで言うとどう表現してらっしゃるのでしょうか?

為田:一言で言う場合は「生きる力」と言ってますが、認知スキル、社会スキル、感情スキル、倫理スキルの4つのスキルを標榜しています。認知スキルというのはどういうふうに意思決定するのかとか、問題をどういうふうに探すのかとか、固定概念にとらわれずに自由に考えましょうといったようなことですね。社会的スキルというのは、誰かと協力することや、コミュニケーションをとれることです。感情スキルというのは、負けた時にどう切り替えて次につなげていけるか、失敗で落ち込むだけでなくそこからいかに学ぶかといったことです。倫理的なスキルというのは、ルールをちゃんと守ることだったり、相手のことをリスペクトするという部分も含んでいます。マインドラボには対戦型のゲームも多く、負けると泣き出したり、怒ったりする子どももいます。また、異年齢で対戦して、年下の子どもが、年上の子どもや大人に勝つこともよくあります。そうした時に、負けた方も勝った方も真摯な対応をするということを大切にしています。

O:マインドラボ自体は、そうしたスキルを身につけるためにゲームを使い始めたのか、それともゲームが好きな人達が、ゲームから学べるスキルを体系化していったのか、どちらなのでしょうか?

為田:マインドラボはイスラエル発祥のカリキュラムなのですが、開発したイスラエル人たちはチェスのプレーヤーです。なので、ゲームが好きだというところからスタートしています。ただ、結果的に、チェスがカリキュラムに入っていないんです。チェスの対戦って短い時間では終われないので、カリキュラムに組み込んでしまうと、結果的に、失敗からどうリカバリーするかを学ぶ時間や、いろいろな考え方や戦略を試行錯誤する時間がなくなるためです。試行錯誤をたくさんしてほしいし、できるだけたくさんの対戦をすることで、人と違う考え方をすることに慣れてもらい、多様性を教室の中で生み出したいと考えています。マインドラボのゲームに正解はないんですね。あるゲームの同じ場面でもコマを右に動かしたい人もいれば、左に動かしたい人もいる。自分と違う考え方の相手にも、「どうして右に動かしたいと思ったの?」ときいて、どちらの答えにしてもちゃんとそこまで考えた過程をロジカルに答えられれば、どちらもプロセスとしては合っているとして評価をしています。もし、どちらかが明らかに間違っているのであれば、その間違いの原因がどこかにあるはずです。そうした違いを、言葉で表現するという、なかなか学校の通常科目のなかではやれないことがマインドラボではできると思っています。言葉にして考え方を出させるっていうのも、自分自身のことだったら難しい子もいます。でも、ゲームだったら、「このゲームでは僕はこう思うんだ」ということが言いやすいですね。自分の考えを言葉に出すことがだんだん苦じゃなくなるという効果があるんです。

O:お話をきいていて、これは将棋でも碁でも学べることになるだろうなと感じました。私の中で、将棋や碁は、ありとあらゆる一手を把握している「メタ認知」のようなイメージがあって、一方で、図形的な感覚が必要なゲームもあるような気がしました。年齢による認知の仕方の違い、バランスのようなものはあるのでしょうか?

為田:まさにそのとおりです。AGE APPROPRIATE (年齢適正) という考え方があって、同じゲームでも、学年によってやはりどこまで深く踏み込めるかという違いがあります。

O:たとえば幼稚園から中学校まで全部で11学年あるとして、幼い頃はこういうが得意で、といたような能力のグラデーションみたいなものもあるのでしょうか?

為田:幼稚園の頃は、まずはルールを理解するということ。例えば、ピースを正しく並べることなども、学びになります。斜めに置く、という言葉の意味もわからないこともありますし。小学校低学年くらいになると、ルールは大丈夫ですが、ゲームをやっていても、ただ楽しいという感覚に走ってしまいがちになります。楽しむことはスタートなので、そこから、「その一手をどう考えて打ったのか」などの質問を投げかけ、できるだけ答えを言葉にしてもらうようにします。小学校中学年以降は、どう考えればいいかとロジカルに考えられるようになり、ゲームの勝ち負けよりも、考える過程自体を楽しめるようになります。年齢ステージとしてはそういう違いはあります。当然、把握しなければいけないゲームのルールもだんだん年を経るごとに複雑になっていきます。

O:スポーツでも同じような感覚を感じますね。例えばサッカーだと、小さい時はとにかくゴールに蹴るという感じですが、経験や年齢を重ねて、戦術的になっていったり。でも、マインドラボは同じことを、体のハンディキャップがあっても経験できるのかなと思いました。

為田:おっしゃる通りだと思います。スポーツをしている子どもたちは、おそらく試行錯誤の重要性をすごく認識していると思います。サッカーのシュート練習でも、こういうふうに蹴ったらうまくいかなかったから、次は別の確度から蹴ってみようとか、非常にサイクルがはやく、結果がすぐ出ます。すぐに結果が出ることは試行錯誤において、非常によいと思っています。ただ、スポーツの場合、体力とか、体格とか、個人差がすごく出やすいんですね。ゲームだと、そのあたりが比較的フラットです。スポーツで得られる”試行錯誤力”だったり、失敗してもめげずに次にチャレンジする精神だったりを、スポーツでは得られない人たちがゲームで得ることができるということはあると思います。

O:今、フラットだというお話がありましたが、すごくゲームにむいてるなという子や、あまりゲームは得意じゃないかなぁという子はいますか?

為田:あります。ただ、スポーツほどの個人差は出ないです。マインドラボにかぎらず弊社が提供しているカリキュラムやサービス全体を、今の学校ではなかなか届かない「学びの活動」として提供したいと考えているんです。たとえば、マインドラボである小学校高学年の女の子がゲームをやっていて、非常にゲームが上手い子がいました。彼女は「私、けっこう頭よくない?」ってつぶやいたんです。彼女、日頃は自分のことを頭がよくないと思っているんです。それで、担任の先生にうかがってみると、学業成績はあまりよくない。成績はよくないけど、地頭がいい人って、教室ではあまりスポットライトが当たらなかったりします。向き不向きというのではないですけど、そういう子が、マインドラボを通じて自信を得るといいなと思っています。地頭のいい子って、学校の先生からしたら、教師の意図しない質問をしたり、活発すぎたりしてちょっと大変だなと思われていたりします。そういう発言を、マインドラボでは思ったことを言葉にしましょう、ただし相手に伝わるように心がけましょう、と伝えています。逆に、正解がある問題を解き慣れている子のほうが、マインドラボでは最初よくつまづきます。「先生、これでいい?」「マルつけしないの?」ってすごくよく聞かれます。

O:今おっしゃった、地頭っていうのは、説明ができるということと、先生が意図しないような自由な発送ができるということ、それ以外になにか特徴がありますか?地頭の定義はないと思うので。

為田:僕は地頭のいい子っていうのは、自分の頭で考えている子だと思います。与えられている正解を覚えて、それを早く正確にもう一回アウトプットするような時代ではなく、正解のない問題に向き合わなくてはいけない時代だと思っているんです。誰もがもっともらしい答えを言う社会で、自分なりの正解をチョイスしていかなければいけない。その時に、なんでその答えを選んだのかということを、ちゃんと言葉にして出せないと他の人に伝えられないですよね。自分の頭で考えられるというのが地頭のよさだと思います。ゲームって、自分以外はコマを動かさないので、どう考えたのかを言葉に出すことを通じて、自分はこういうふうに考えているんだとメタ認知ができるようになる。それをベースに、計画性だったり、問題発見能力だったり、っていうのが地頭という言葉の中にぶらさがってくるのかなと思います。

O:ゲームってそう考えると、主体性しかない場所ですね。

為田:そうですね。マインドラボでは、サイコロとか、ルーレットのような、運が関係するものは使わないんです。なので、目の前にある状況は、自分がつくりだした状況なんです。もちろん対戦型ゲームの場合は、相手がどうするかという、不確定要素が入ってきます。それは現実社会でも同じですよね。相手がこう動くだろうと思って、手を打ったけど、そうはならなかった、っていうことは社会でもあることです。マインドラボは1年間を通じて、勝ち負けよりも、思考のプロセス自体に楽しみが移っていく子がクラスのなかでだんだん増えていくんです。

O:為田さんはご自身を振り返って、自分の頭で考える子どもでしたか?

為田:子どもの頃はまったくそんなことなかったです。成績のいい子、マルつけ派でしたし、正解を知りたかったし、満点をとりたかったですね。でも、高校で県立の進学校に入って、自分より頭のいい子にたくさん出会って。で、彼らが勉強しているかというと、そんなにしていない。部活も一生懸命やっているし、行事があれば先頭をきって頑張る、なのに僕より成績がいいんですね(笑)。それでなんか自分は、彼らとはちょっと違うなとプライドを捨てることができました。私の住んでいた神奈川県藤沢市の上空は戦闘機がよく飛んでいました。それが子供心に怖かったので、高校生の頃は、戦争がない世界にしたいなと思うようになりました。

O:大学ではどういった勉強をされていたのでしょうか?

為田:戦争って、今までの学問では解決されないんじゃないかと思っていたんです。経済学も、政治学も戦争を解決はしていないですよね。だから一つの学問だけじゃダメなんじゃないか、もっと幅広く学ばないと社会的な問題って解決しないんじゃないかと思って、なんでも勉強できそうな慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパスに入学しました。自由な大学で、何専攻、とかあまり決まっていなかったんです。1年生の時は政治学を勉強していましたが、政治だけでは戦争ってなくならないなと思いました。2年生の時は戦争の原因は経済的な問題も多いからと思って、経済学を中心に勉強しました。ところが、人間って、損得で考えたら損になるようなことを現実には選択するんですね。経済学では人間は損なことはしない、という前提に成り立っているのですが、人間はもっと複雑なんだなという、当たり前のことに気が付きました。それで、政治や経済ではなく、ニュースを見たり聞いたりした人が、情報を鵜呑みにせずに自分の頭で考えられる思考回路をつくったらいいんじゃないかと思うようになりました。戦争になった時に、歯止めをかけるのは、一人一人の感情だと思ったので、そこにアプローチをしたくて、大学3年生、4年生は教育の分野に入りました。

O:なるほど。大学時代は勉強以外にどんなことをしていらっしゃったんでしょうか?

為田:ボランティアでタイに行ったり、交換留学プログラムでアメリカに行ったりしていました。アメリカで退役軍人の方とお話する機会があり、その方から「こうやってもっとしゃべっていたら戦争とかもなかったかもね」って言われて、あぁそうだなと思ったりしました。

O:社会人になって今の会社に入社されたのでしょうか?

為田:最初は学習塾の企業に入社しました。2年に一回瀬戸内海に世界中の子供達を集めて、一緒に過ごさせる”ジュニアサミットキャンプ”という研修を提供していて、そのプログラムに関わりたいと思って入社しました。ただ、国際交流って、どんどん子どもたち自身でできる環境が整ってきていた時期で、今の会社は当時、子ども向けのPCスクールを設立する計画で、その活動に共感して転職して、フューチャーインスティテュート社の立ち上げから今に至るまでずっと勤めています。弊社がPCスクールをスタートして数年後に、学校でも情報科の学習がスタートしましたので、学校の情報科のカリキュラムを提供したり、先生方向けの研修を設計したりしていました。最近では学校のICT化に向けたコンテンツのコンサル事業も展開していますが、それもあくまで、タブレットは必要があれば導入するべきで、ツールありきではないと思っています。あくまで自分で考えて、考えを言葉にできるためのツールを選んで、提供するというのがフューチャーインスティテュートの事業に共通しています。

O:ということは今、フューチャーインスティテュートではマインドラボと、ICT教育のコンサルティングが主な業務という感じですか?過去にはセサミストリートの日本版の教育監修業務もされていたと伺いました。

為田:そうですね。大きくは今は二本柱です。セサミストリートはもともと、移民の多い米国で、エンターテイメントを通じて算数、英語や対人能力などを学んでもらおうという目的のもと作られたコンテンツです。でも実は、世界各国で放送するときには、その国の課題や、テーマを設定して、それぞれ独自にコンテンツを作っているです。なので、テレビ放送も、マペットも、「教具」なんですね。その日本版の制作チームに入ってお手伝いをしたことはあります。

O:フューチャーインスティテュート社は、そういった、学びたいことの明確なプロジェクトに、必要なツールを提供する事業をしていらっしゃるんですね。マインドラボは基本的には出張型ですか?

為田:自社のスペースを使った教室も開催しています。出張授業もしています。それから、教員向け、大人向けに、研修もしています。

O:本当は出張型というか、学校で広がってほしいといったようなイメージはお持ちなのでしょうか?

為田:そうですね、やはり子どもの頃に考え方を言葉で表現できるようになってほしいという思いがあるので。あと、本当は学校の先生が教えたほうが、ゲームの中で得た学びを、普段の生活の中で活かしやすいと思っているので、学校で広がるといいなと思います。学校の先生は子どもの生活を、週に1回だけいく僕なんかよりずっと見てるので。学校、あるいは学習塾でマインドラボというカリキュラムを教えてもらいたいなと思います。

O:学校や学習塾は、全国出張可能ですか?もし興味がある場合、どうしたらいいでしょうか?

為田:今は関東中心に展開しています。マインドラボって、まだ教育の業界では異端だと思うんです。ゲームばっかりしてないで、勉強しましょう、っていう世界なので。ただ、ご一緒させて頂ける学校は本当に探しています。もし興味を持って頂ける先生がいらっしゃったら、ご連絡をいただいてぜひ一度マインドラボを体験してみていただきたいです。やってみないとわからない部分が結構あるので。ただ、1回だけの授業をお願いされることがよくありますが、それはお断りしています。1回やっただけでなく、ある程度の期間を通じて、子どもたちがどう変わるのかをみていただきたいので、どういうカタチであれ、1年間継続的に子どもたちとご一緒できるようにしたいですね。

O:たとえば、先生が自分で教えられるようなテキストというか、カリキュラムがあるのでしょうか?

為田:まさに私達はその、カリキュラムをもとに運用しているので、このゲームではこういうことを身につける、そのためにこうした問いかけをする、といったことが誰でもできるようにまとめられています。そうしないと、ゲームが得意な先生しか教えられなくなってしまうので、ゲームが不得手な先生でも教えられる仕組みになっています。先生がゲームに負けても、ちゃんと子どもたちが学びになるなら全く問題ないですよね。

O:なるほど。ゲームはあまり得意じゃないので、ぜひ一度、私自身も体験してみたいと思います。今日はありがとうございました。

為田:ありがとうございました。

※この記事は、2014年5月某日に都内でインタビューした内容をもとに構成されています。

(2014年5月18日「OYAZINE」より転載)