「自分の力で未来を切り拓ける人を育てたい。」 ネクスファ副代表 辻 義和

共働きの家庭が増える日本社会で今、小学生の放課後の過ごし方がひとつの社会課題となりつつあります。

辻 義和 ネクスファ 教室長

一般社団法人サステナビリティ・エンパワーメント副代表理事。大学卒業後、システムエンジニア、ソーシャルビジネス・キャリア教育に関わるコンサルタントを経て、2012年より柏市のアフタースクール(学童保育)・学習塾が併設された学び舎「ネクスファ」を教室長として立ち上げ。現在ネクスファ副代表。 http://next-ph.jp/

共働きの家庭が増える日本社会で今、小学生の放課後の過ごし方がひとつの社会課題となりつつあります。英会話ではなく英対話を実践し、国語・算数・理科・社会にとどまらない探究型の学習を「サステナビリティ学習」と名付けて展開する千葉県柏市のネクスファ副代表、辻さんにお話を伺いました。

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OYAZINE(以下、Oと略記):辻さんはもともと教育事業にご興味があって、ネクスファをスタートされたのでしょうか?

辻義和さん(以下、辻と略記):いえ、実は教育ではなく、最初に関心をもったのは、地域活性でした。里山の残る地域にでかけていき、地域の特産品にブランド価値を高めていくような活動に25歳頃から興味を持って、そういった活動をより深く掘り進めていって、茨城県に通いつめていた時期もありました。

O:意外ですね!どこで教育事業に関わるようになったのでしょうか?

辻:その地域活性の活動に携わる中で、活性化のひとつのフレームとして、「地域x教育」というテーマが大事だというプレゼンをしたことがあったんです。実は大学時代に4年間塾講師をガッツリしていた経験があって、教育には関心があったのですが、就職とともに遠ざかってしまっていて。そんなときに、私のプレゼンを聞いて、面白いと言ってくれたのが、今のネクスファの代表である杉浦だったんです。

O:ネクスファに関わることになったきっかけですね。

辻:2012年3月からスタートしました。その前は、私はソーシャルビジネスとキャリア教育のコンサルティング会社にいたのですが、多くの起業家、教育関係者の方々の志に触れるなか、コンサルとしてではなく、実践者として現場でやりたい!という気持ちが強くなって。そんなタイミングで、杉浦から「東京大学と柏市と連携して、ネクスファという学び舎を始めるけど来ない?」と誘われ、今しかないと思って、一緒に立ち上げました。

O:ネクスファはアフタースクールと学習塾を両輪で運営されている学び舎ですが、両方同時にスタートしたのでしょうか?

辻:はい、同時にオープンしました。アフタースクールは、私が放課後NPOアフタースクールのお手伝いをしていた時期があって、そこで学ばせて頂いたことを実践するところからスタートしました。一方、学習塾の方、特に英対話とサステナビリティ学習(以下、サス学)については、当時まだ誰もやったことのないカリキュラムだったので、カリキュラムを作りながら運営をスタートしました。ちなみにネクスファという名前はnextとphilosophyが繋がった造語で、「次世代に向けた哲学的な試み」をするという想いで名づけました。

O:まさにカリキュラムの自転車操業ですね。対象は何年生なのでしょうか?

辻:学習塾は小学校4年生から、中学3年生です。アフタースクールは小学生を対象にしています。柏市は、中学受験をする家庭も多く、学習塾に通っている子どもたちの保護者の方に、サス学のよさを伝えていく日々でした。最近はサス学の価値を理解してくださる方も増えてきているなと感じています。

O:環境のこととか、社会のことについて考えるって、必要だとは思いながらも、そこにお金をかけるとなると躊躇する人も多いのではないかと思うのですが、スタート当初の保護者の方からの反応はいかがでしたか?

辻:塾である以上、数字としての学びの成果を求められることが多かったので、最初は主要4教科と絡めながらサス学を展開していました。3年目に入ってから、サス学だけを学びに来る子どもが増えつつあります。本質的な良さが地域に伝わりつつある手ごたえを感じています。

O:それは大きな感覚の違いですね。サス学というのは、具体的にはどのような活動をしているのでしょうか?

辻:食と農業やエネルギー、生き物の進化と地球温暖化、未来の仕事など多様なテーマについてだいたい3-4ヶ月で子どもたちが探究していきます。インプットよりもアウトプット。子どもたちが自ら学び、社会課題についての自分なりの価値観を育むことにこだわっています。テーマが終わるごとに保護者を招いて発表会をしていますが、その場でのパワーポイントや造形、寸劇などでの発表や、子どもたちが堂々と自分の言葉でプレゼンができるようになっていく姿を見て、サス学の意味というか、メリットをご理解いただけるようになってきていると感じています。

O:アフタースクールでも何かサス学のような特徴的な活動をしていらっしゃったりするのでしょうか?

辻:アフタースクールは、大学生からシニアまで、多世代の地域の大人が集い、子どもたちを見守る場としてスタートしました。地域の大人が生け花や理科実験、食育など、できることを持ち寄って、子どもたちに何かひとつでも、興味関心のきっかけ、"種"を提供しようという取り組みです。

O:それをきくと、ネクスファを展開するにあたっては、地域住民の方のキャラクターがかなり重要になってきますね。

辻:まさに、そこが非常に重要です。子どもも地域の人に出会えるので、街中で会っても「こんにちは!」と言える大人が増えるんです。このアフタースクールを通じて、地域コミュニティが広がっていったらいいなと思っています。

O:どれくらいの規模で運営されていらっしゃるのでしょうか?

辻:アフタースクールは小学1年生から6年生まで合わせてこの春(2015年時点)から50名です。学習塾は小学4年生から中学3年生まで合わせて40名になります。

O:アフタースクールをまだ利用したことがないのですが、月額でどれくらいかかるものなのでしょうか?

辻:だいたい月額25,000円くらいで、おやつから、日々のプログラムまで全てを提供しています。都内だとこれが60,000円くらいまであがるんです。アフタースクールは採算がなかなか合わない事業でもあって、柏市ではまだ民間の学童保育施設がネクスファくらいしかない状況で、まだまだニーズがあります。

O:なるほど。そうすると、学習塾と合わせて運用してくことは理にかなっていますね。学習塾のほうは学費というか、月額どれくらいで通塾されている方が多いのでしょうか?

辻:1教科単位から選択できるので、お子さんやご家庭によってバラバラです。サス学だけの子どももいるし、算数と国語と英対話とサス学、という子どももいます。週1回、1教科45分の授業で、6,000円です。サス学と英対話だと11,000円、というふうに、教科数が増えていくと単価が下がっていく仕組みになっています。

O:小学6年生は、いわゆる中学受験への対応はしていないのでしょうか?

辻:はい、ネクスファの学習塾は、中学受験対応はしていません。なので、受験塾と併用して、ネクスファにサス学だけを学びにきている子どもたちもいます。近年の中学受験の出題傾向として、知識を問うだけでなく、グラフを読み取って意見を記述したり、考え方を問うものが増えてきていて、そのあたりのこともネクスファを選択していただく一つの理由になっていると感じます。

O:そもそも論になってしまうのですが、もともと地域活性と教育を組み合わせるという辻さんの企画が、今のようなネクスファに発展してきたものだと伺っています。現在は地域活性、教育のどちらに軸があるといったようなこともお聞きしてよいでしょうか?

辻:最初に話した通り、はじめは地域活性に興味があったのですが、日々子どもたちと向き合う中、今では自分は教育事業をしている、という意識が強くなっています。アフタースクールにしても塾にしても、子どもたち、そして保護者の方々に「ネクスファに来てよかった」「成長した!」と思ってもらえるような活動をしていきたいと思っています。

O:これまで経験してきたことが生きているなと思うところはありますか?

辻:これまで私が社会に出て得てきたスキルを全力で今の事業に投入しているという実感があります。システムエンジニア時代に培ったもの、コンサルティング事業をしていたときに培ったものが、全て今のネクスファに生きていると感じます。これまでの経験のどれかひとつでも抜けたら、ネクスファを3年も運営できなかったんじゃないかと思うほどです。

O:ネクスファに来ている子どもたちに対して「こんな子に育って欲しい」というような、辻さんの想いはありますか?

辻:「自分の力で未来を切り拓ける人」になってほしいと思っています。そのために、"相手のことを考えて行動すること"、"自分で決めたこと、行動に責任を持つこと"。この2つを身につけてもらいたいと考えています。

O:自分の未来を切り拓ける人というのは、具体的にはどういうきっかけで辻さんが大事だと思うようになったのでしょうか?

辻:そもそも、自分自身がずっと流されてきた時期が長かったことが原体験としてあります。大学の進路も、就職先も「なんとなく」流れに身を任せて決めてきた、ということがあって。20代半ばになって初めて「このままではマズイ」ということに気がついたというか。今思えば、進路にしても仕事にしてもすごく相手に求めてばかりいたんです。

O:求めるというのはどういう意味ですか?

辻:たとえば、自分のことを評価されたいとか、感謝されたいとか、何かしてもらいたいという意識で行動したり、また何かあったときに原因を相手に求めることも多かった。でも、ネクスファに入って、教室長になった自分の後ろには誰も居ないという状況を経験し、だんだん自分で考えて動けるようになってきました。

O:なるほど。

辻:そして、様々な教育者や事業者の方々との出会いや、何より目の前にいる子どもたち、そして保護者の方々との関わりを通じて、真剣に彼らの未来の姿を想像して、そのためにできることを考えるようになりました。子どもたちの可能性は本当に無限大です。自分のやりたいことや好きなことを見つけて、ワクワクと探究して、そして僕なんか軽々と越えていく人間になってほしい。今、僕が彼らに伝えている言葉や想いはすぐには届かないかもしれない。でも、ネクスファに関わったことがきっかけとなって、自分の人生を歩める人、未来を切り開ける人になってくれたら。20歳になったときに、成長した彼らとお酒を飲めたら最高ですし、それが今の僕のモチベーションになっています。そんなわけで最近は、自分のひとつひとつの声掛けや振舞いがその子にとってどういう影響をもたらすのか、考えながら、超本気で関わっています。

O:20代半ばの頃の、地域活性に興味を持っていた辻さんが、今の辻さんに出会ったら、びっくりするでしょうね。

辻:びっくりすると思います。これまで本当に素晴らしい活動や、素晴らしい人たちに出会うことができて、仕事の上でも、様々な経験をさせていただいて、不思議なものでそれが全て、今のネクスファにつながってきています。

O:ネクスファは今後、教室数を増やしたり、活動の幅を広げたりといった将来の目標みたいなものを掲げているのでしょうか?

辻:教室の数を増やすというよりも、まずは今ある2つの教室の質をしっかり整えて土台をつくりたいと思っています。一方で、これまで3年間培ってきたノウハウをもとに、積極的に外に展開していきたいと思っています。たとえばサス学は、実はこれまでも、企業と連携して教室の外に飛び出して提供してきた実績があります。昨年は、三井物産と「サス学」アカデミーという、夏休みに未来の仕事を考える5日間のワークショップを企画運営したり、寺子屋ブッダというお寺のコミュニティで、お坊さんに向けてサス学講師養成の研修を実施したりしました。また、ネクスファと同様、探究の学びを学習塾で展開するa.schoolの岩田さんや、探究学舎の宝槻さんなどと今年の1月に「探究派」というチームをつくり、サス学の普及やカスタマイズにも取り組んでいます。オンラインで学ぶサス学のサービスも今夏スタート予定です。アフタースクールでのノウハウも、積極的に他の地域や、やりたいという方々にもお伝えしていきたいと考えています。サス学もですが、ゆくゆくは学校と協働する機会も持ちたいですね。

O:コンテンツの普及や、外部連携も、ネクスファという学び舎があって初めて生きてくるものですね。辻さん個人が今興味を持っている、ネクスファとはまた違う活動もあったりするのでしょうか?

辻:実は、私はいま柏ではなく逗子に家族で住んでいます。一昨年、娘が生まれたのを機に東京から移住しました。柏にはこれからも関わっていきますが、その一方で逗子にも「子どもの居場所・学び舎」をつくりたいと考えています。地域の多世代が集い、子どもたちが育つ場所。逗子ならではの"場づくり"にチャレンジしていきます。一緒につくり、運営する仲間を募集中です!

O:私も逗子在住なので、楽しみにしています。今日はありがとうございました!

辻:ありがとうございました。

(この記事は、2015年3月のインタビューをもとに構成しています。)

聞き手/ライター/撮影 川辺 洋平